【夫視点①】チョロい女
ここからは夫視点の話です。
美羽や悠真が思っている以上に、達也はクズです。
反省もないし、夫の脳内の謎理論が垂れ流されているので、胸糞注意。
時間軸は美羽と達也が出会った頃です。
※不妊や流血などの表現があります。苦手な方はお気をつけて。
『チョロい女』
それが達也の美羽への評価だ。それは出会った頃から、交際を経て結婚しても変わらない。
社会人になるまでつきあうのは所謂、一軍女子と言われる女だった。顔もスタイルもよくて、派手で言いたいことをハッキリと主張する。要するに達也と同類だった。
ただ、そういう女は連れていて自慢になるが、疲れることも多かった。だから、交際期間は長くて半年というところだった。それでも、達也に寄って来る女は絶えることはなかったので、問題はなかった。
新卒で入社した会社の同期の中で女子は四人。皆、それなりに可愛い。
美羽への第一印象は可愛いけど、地味。透き通るほど白い肌に、すっきりとした顔立ち。よくよく見ると整っているのに、化粧のせいか性格のせいか、イマイチぱっとしない。
こういった地味なキャラほど、恋愛すると面倒くさいんだよな。高校時代、委員会が一緒になった地味な女にちょっと優しくしたら、勘違いしてつきまとわれたことがある。やっぱりつきあうなら、気の強い美人のがいい。
同期の中でつきあうなら、達也と同じく営業の枠で採用された律花だろう。メリハリのある体型でスーツを着ると、張りのある胸元や形のいい尻が強調されている。モデルのように華のある顔立ちと滲み出る自信。自分の意見をしっかり持っている律花は話をしていて楽しかった。
律花の次点なら、事務の枠で採用された友加里。営業部に営業事務として配属される予定らしい。友加里は自分のプロデュースが上手い。付けまつげにカラコン、作りこまれたメイクも派手には見せないよう自分のパーツの魅力を最大限に引き出している。
意図してやっているとわかっても、身長差を利用して大きな瞳で見上げたり、自分の豊かな胸を強調するような服装やしぐさに、クラっとくる瞬間があった。一部の男には敬遠されるタイプだけど、達也は貪欲に男に媚びを売るタイプが嫌いではない。
だから、同期の女の中で美羽は恋愛対象から一番、ほど遠い位置にいた。むしろ惚れられたら面倒くさいから、研修中や同期で飲みに行く時など近寄らないようにしていた。
しかし、学生時代と違って、社会人になると少し人を見る観点が変わる。グループでディスカッションをしたり、模擬プレゼンをする時に、律花は自分の主張をするばかりで引かない。逆に友加里は他人に同調しすぎて、意見をコロコロ変える。
美羽は自分の意見も主張するけど、人の意見を聞いて折衷案を出すのが上手かった。美羽と同じグループになると、課題がスムーズに終わる。仕事の能力という意味では、美羽が抜きん出ていた。
美羽は達也や他の同期の男に頬を染めることもなく、淡々と同期との仲を深めている。同期の中では、同じSEの枠で採用された悠真と仲がいいようでよく話している姿を見かけた。
笑顔はいいんだよな、と達也は思った。一見地味な美羽だけど、気を許した相手に見せるふわっとした笑顔は、ちょっとくるものがある。それでも、その時は手を出そうなんて思っていなかった。せっかく社会人になったのに、狭い世界で恋愛する必要はない。達也はいい女が揃っているなと思いつつ、同期に手を出すつもりはなかった。
気が変わったのは六人いる同期の男どもが揃いに揃って、美羽を狙っていることを知ってからだ。ニ週間ある新人研修が終わりに差し掛かると、男どもがそわそわしはじめた。特に悠真なんかは美羽に気があるのがバレバレで、話す時には頬を染めている。
それを見て、衝動的に動いた。美羽が好きだったわけではない。本能的に群れで一番優れているのは俺だと証明したかった。その頃には、人の良さそうな美羽は飽きて捨てても、追い縋ったり、付きまとったりしないと確信していたからだ。
『とりあえずキープしとくか』そんな軽い気持ちで美羽にアプローチした。人生で初めての告白だというのに、美羽は顔を赤らめることもせずに断った。それにムカついて、何度も押して交際を了承させた。
藤井美羽は、チョロい女だ。
新人研修の打ち上げで同期で飲んだ時に美羽との交際を宣言すると、あからさまに男共のテンションが下がったのは見ものだった。特に悠真は顔を真っ白にして、震えている。
残念だったな、童貞君。
その顔を見られただけでも、美羽とつきあうことにして良かったと思った。
美羽は想像していた通りのキャラクターで、地味で真面目できちんとしている。公園に弁当持ちでピクニックに行くなんて、おままごとみたいなデートを好んだ。今までしたことのないデートだったけど、意外と新鮮で楽しかった。
俺の好きな洒落たバーとかレストランなんかに連れて行くと、珍しいのか目を輝かせて喜んでいた。本当にチョロい。
意外だったのは、美羽の側にいると居心地がいいことだった。特に美羽が暮らすワンルームの貧乏くさい部屋や料理は実家や母親の料理を思い出させる、懐かしい感覚に包まれる。新人で仕事に慣れないうちは、美羽の包容力に癒されていた。
でも、そんな生ぬるい温かさだけで満足できるわけもなくて、さすがに社内では手を出せないけど、色々とつまみ食いをした。元カノとかコンパで出会った女とか、自分から誘わなくても来るものは拒まなかった。
飽きたら捨てるつもりだったし、いつでも別れることはできる、そう思ってつきあっていたけど案外快適だった。美羽とのつきあいが半年以上経つと、この生活を手放せなくなった。
美羽は俺に従順だし、奢ったり、プレゼントした時にきちんとお礼を言うところもいい。いつまでたっても体を開くとき恥じらうのもいいし、華奢な体をすっぽり覆うと自分が強くなったような気がする。
それに今まで付き合った女と違って美羽は外見や金じゃなくて、俺自身に惚れ込んでいる気がした。美羽は高額なプレゼントよりも、わかりやすい態度や言葉に弱かった。抱きしめて、「落ち着く」「可愛い」「好きだ」なんて言えば、簡単に喜ぶ。悪い気はしない。
美羽に安らぎとあたたかさを求めて、刺激や楽しさは外で補充する。美羽は俺が遊んでいることも、浮気していることも、気づいていないし疑ってもいない。それに甘んじて、充実した生活を送っていた。
そうこうしているうちに、美羽とつきあって二年が経過していた。会社の上司や実家の親から結婚しないのかと圧がかかってきた。勘弁してくれよ、まだ24歳だぞ。世間一般では、早すぎるだろう。
でも、達也の務める会社は昔ながらの社風なせいか男女共に結婚するのが早かった。営業の先輩も、取引先も古風で高齢の方が多いから、結婚指輪があると契約が取りやすいぞと言っていた。
でも、なぁ……。
一生、この女といるの?
他の女よりはマシだけど、俺に比べるとやっぱり色々と見劣りする。
悩みに悩んで、結婚することに決めた。美羽の外見も性格も体もそれなりに気に入っていたし、なにより面倒が少ない。
達也に寄ってくる女はなにかとうるさかった。
あそこに行きたい、あれが欲しい。他の女と話すな。
美羽と違って、他の女と遊んだり浮気したりするとすぐにそれを嗅ぎつけて、怒る。
もっと美羽より美人でスタイルがよくて稼げる女のがいいけど、絶対に浮気は許さないだろう。それなら、美羽ととりあえず結婚して社会的な信用も築いて、外で好きに遊べたほうがいい。
内心で思う邪な気持ちは隠して、夜景の見えるホテルでプロポーズした。その先は某結婚雑誌のスケジュール通りに進んでいった。
面倒くさいことは全て美羽が手配してくれる。なんなら、達也の実家の母親とも仲良くなってそちらの連絡もまめにしてくれる。ウェディングドレスの試着しに行くのに着いていかなくても、打ち合わせをドタキャンしても文句を言われない。
やっぱり、この女、便利だわ。
それでも、時折マリッジブルーになる。
トップの営業マンがこの程度の女で妥協していいのか?
他にもっといい女が現れるかもしれない。
達也は営業に向いていた。新規の営業先で罵倒されて名刺を靴で踏まれても、上司や取引先に怒鳴られても、深夜まで接待につきあわなければいけなくても、達也は平気だった。たぶん人のことや人の感情などどうでもいいと思っているからだろう。
精神を病んで休職したり、退職する社員がいる中で入社して以来、順調に営業成績を伸ばしていた。入社三年目にして営業成績は、常にトップに近い位置にいた。
そんな達也の憂鬱な気持ちに気づいたのは同期で同じ営業の律花だった。新人研修時代、一番仲が良かった。美羽とつきあうと同期に宣言した時は、こいつもショックを受けた顔をしていたっけ。それから一線引かれた気はする。社内の女はさすがにまずいだろうと、手を出す気はなかったので好都合だった。
同じ営業部に配属されて、グループは違ったけど毎日顔は合わせている。時折、焦がれるように達也を見つめているのには気づいていた。こいつもチョロい女だ。
手をつけるつもりはないけど、自分に好意を持っている女がいるのは悪い気分じゃない。なにも気づいてないふりして、挨拶して笑顔を振りまき、顔を合わせると雑談したりした。仕事で落ち込んでいる時に、フォローしたり、ちょっと優しくしたりする。
その日は営業部の飲み会だった。二次会に行くぞと盛り上がっているのを前に、律花は達也のスーツの袖をひく。「二人で飲まない?」結婚前で鬱々としていた俺はその言葉にうなずいた。
いつもは強気な律花がしおらしくしているのが新鮮だった。
「結婚決めたこと、後悔してるんじゃないの? 今なら辞められるんじゃない? 美羽の事、愛してるわけじゃないんでしょ?」
意外なことに、律花は俺のことをよく見ていた。それに俺は無言で首を横に振る。
「結婚をやめなくてもいい。私、達也が好きなの。一度だけでいいから抱いて」
瞳を潤ませた律花がいじらしくて、たまらなくなった。
「結婚はやめないし、一度限りだ」
「それでもいいの」
一応、釘は刺しておく。
美羽とは違って、快楽に流されやすくて、奔放な律花はささくれていた気持ちを満たしてくれた。体の相性はいいけど、同じ会社の同じ部署で同期なのはさすがにマズイ。律花との関係はそれきりにすることにした。
律花が美羽に密告するとか、招待した結婚式でなにかするのではないかと多少はハラハラしたが、律花は俺とも今までと同じ距離感でいたし、特になにもすることはなくて内心ほっとしていた。
俺の周りの女は本当にチョロい。




