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【中編】ただ、一緒におでんが食べたかっただけなのに【現代恋愛】  作者: 紺青


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10/17

【幕間】送別会 side悠真

美羽や達也と同期で、美羽と同じシステム部所属の悠真の視点。

一話完結。

時系列は離婚後(妻視点の終了後)です。

 今度は間違えなかった。

 カッコよくはなかったけど。むしろ、すごく情けなかったけど。


 でも、いいんだ。

 美羽は悠真とつきあうことを了承してくれた。

 悠真の地元に付いて来てくれるという。


 あの海に行った日以来、美羽とは会えていない。

 メッセージアプリで他愛無いやりとりをしたり、電話はしてる。

 下手に都心で悠真と会っているところを達也に見られたら、美羽も浮気していたのかと疑われそうだからだ。美羽との関係性は地元に帰ってから、じっくり深めていこう。


 五年前は自分の消極的な性格のせいで出遅れた。


 同期の女子は4人で、みんな整った顔立ちをしていたけど、悠真は初めから美羽に好意を持っていた。透明感があって清楚な雰囲気は、悠真の好みのど真ん中だった。


 美羽は綺麗で可愛いだけではなくて、人を良く見ていて、気遣ってくれる優しい人だった。頭の中で色々と考えすぎて、ゆっくりしか話せない悠真の話をちゃんと聞いてくれた。研修中も同期の大半が我も我もと前に出るタイプが多かったせいで、美羽が皆の間を取り持ち、支える姿が余計に目についた。


 ふわりと笑いかけてくれる度に、悠真の中に甘い想いが募っていく。

研修中は残業もなく毎日のように同期で飲んでいたが、学生時代と違って色恋沙汰を匂わせる雰囲気はなかった。

 だから、悠真は油断していた。


 同期入社は11人。

 悠真の会社は、採用の時に職種も確定している。システム部に配属されるのは悠真と美羽だけだ。だから、同じ部署で働いて、ゆっくり関係性を縮めていこうと思ったのだ。


 なのに、営業の斎藤が告白して、いつのまにか美羽とつきあっていた。

 派手でリーダータイプの斎藤は美羽とタイプが正反対だが、彼に寄り添う美羽は幸せそうだった。他の同期の男子も悔しがっていたので、美羽をいいと思っているのは悠真だけじゃなかったようだ。


 勤めて三年が経ち、順当につきあいを続けていたニ人は結婚した。

 辞めた奴も含めて同期の全員が結婚式に呼ばれた。幸せそうな美羽の花嫁姿に、悠真は完全に自分の恋を断ち切った。美羽は結婚退職をするので、顔を合わさずに済むようになることだけが救いだった。


 それなのに、結婚後半年が経った同期の男子だけの飲み会で、斎藤は浮気していると堂々と公言した。

「いや、なんかアイツ、結婚したら地味になっちゃてさ。大丈夫、全然バレてないし。遊びだよ遊び」

 悠真は腹の底からフツフツと怒りが湧いてきたけど、それをなんとか抑え込んだ。美羽の友人でもなんでもない、ただの同期である悠真には夫である達也に何も言う権利はなかった。


 回数は減ってきたけど、年に数回同期の飲み会は開催されていた。毎回ではないけど、会社を辞めた美羽も参加している。悠真も何回も行こうとしたけど、毎回出席で出しておきながら、店に美羽の姿を見ると踵を返してしまう。

 「残業で行けなくなった」とメッセージを入れれば、ドタキャンも特に不審がられることもなかった。

斎藤が浮気している、その事実を知って美羽の姿を直視することはできなくなった。


 ドロドロと煮えるような自分の心を持て余して、悠真は探偵に依頼した。斎藤の素行調査を。

 その結果はひどいものだった。

 なぜ、手に入れておきながら大事にしない?

 なぜ、悠真が焦がれた人にこんなひどいことをできるのか理解できなかった。


 その調査結果を握りしめても、それを美羽に渡すことも事実を告げることもできなかった。


 あの日の同期の飲み会も、足がのろのろと進まなかった。店の前に着いたのに、なかなか店内へ踏み込めない。

 俺はいつまでこんな前にも後ろにも進めない状況で立ち止まっているんだろう……。


 そうしてぐずぐずしていて、ふと顔を上げると、店から顔色の悪い美羽がふらふら出てきた。

駅とは反対方向へと足を進めている

 しばらく呆然として見ていたが、美羽に声をかけようとしている派手ななりをした二人組を見て、慌てて走って声をかけた。


 あの時も必死だった。

 近くに自分が落ち込んだ時に行く隠れ家的な喫茶店があった。なにか少しでも美羽の気持ちを慰めたくて、必死だった。


 斎藤の浮気を知ったのか? それとも別のなにかショックな出来事があったのか?

 わからないけど、怖くて聞けない。

 でも、きっと美羽も気に入ってくれるだろうと思ったコーヒーを飲んで美羽はふわりとした笑みを見せてくれた。


 それからニヵ月後に、メッセージアプリの同期のグループに美羽から「離婚した」とメッセージが入った。

 もう、後手にはまわらない。

 一週間後に、意を決して電話した。


 そして一緒に海に日帰りで遊びに行って、たくさん話をして、つきあうことを了承してもらったのだ。美羽は達也に気持ちを残していないけど、悠真を好きなわけではない。友達からではあるけど、関係が繋がったことにほっとした。


 自分でも笑えるぐらい必死だったけど、驚くくらいふっきれた様子の美羽は、縋り付く悠真を受け入れてくれた。俺は斎藤みたいに美羽をないがしろにしないし、大事に大事にする。

 ようやくつかんだチャンスなのだから。


 悠真の退職まで一ヵ月を切っていた。有休を消化しながら、地元への引越しをして、新居を整える予定だった。


 悠真の引越しと、美羽が仕事を再開したこともあり次に会えたのは、悠真の引越し当日だった。

 離婚してから一ヵ月ほどだが、美羽は少しふっくらして元気そうだった。引越しを手伝ってくれて、一緒に引越しそばを食べた。


 本当においしそうに食べるんだよなぁ……。

 美羽の揚げてくれた天ぷらもおいしかった。そんなことを思い出して、頬がゆるむ。


 今日は通勤にニ時間かけて地元のマンションから出勤した。

 最後の出勤日なのであいさつまわりをして、事務的な処理をして、簡単に私物を整理する。かさばるものはすでに片付けてあったので、細々としたものだけだ。


 帰りも二時間かけて帰る悠真のために、定時後すぐの時間に同期が送別会を開いてくれた。忙しい中、仕事で抜けられない二人以外は全員集まってくれた。ありがたいと思いつつ、悠真はもう同期と今後連絡をとることはないと心に決めている。


 今日の会に美羽は参加していない。

 というか、美羽は離婚後一ヵ月して、メッセージアプリのIDやメアド、番号まで全て変えてしまって、同期との縁を完全に切った。美羽の新しい連絡先を知る同期はいない。


 いつもの大衆的な居酒屋で始まった送別会で、悠真はこれまでのことに感謝しつつ杯を重ねた。


 二次会は悠真の希望でカラオケにしてもらい、部屋を二つ取り、悠真が作ったくじ引きアプリで部屋割りをした。もちろん工作したものだ。意図的な部屋割りになるように。


 悠真の同室は、達也、律花、友加里の三人。

 飲み物の注文だとか、歌う曲だとか、歌う順番で盛り上がる三人の前のテーブルに悠真は無造作にホチキスで止められた書類を放り投げる。

 達也がそれを手に取り、達也を挟むように座った律花と友加里が左右から覗き込む。その親し気な距離感に気持ち悪くなる。


 「は? 今更なんだ?」

 額に皺寄せて睨みつけてくる達也。


 「美羽の復讐のつもり?」

 せせら笑う律花。敏い律花は、悠真の美羽への気持ちを知っていたに違いない。


 「斎藤君、君の浮気相手って二人だけじゃなかったんだな」

 それは達也が結婚後に浮気を公言した後に、興信所に依頼した調査結果だった。当時の達也は律花と友加里だけでなく、他に三人も関係を持っている女がいた。

 しょっちゅう会うのは律花で、友加里とは少ないけど定期的に。

 他の三人は、夜の仕事をする人や合コンで会った人など、その場限りの関係だったようだ。悠真が調査を依頼した一ヵ月間だけで、この結果だ。


 この男は美羽と結婚している間どれだけの不貞を働いたのだろうか?

 離婚した後、いくぶんくたびれた様子の達也にまだ腹の底に怒りが残っているのを感じる。


 「なんだよ、今更。とっくに離婚は成立してんだよ」

 「藤井さんはこの書類を見もしなかった」

 そう。海に誘った日も結局渡すことはできなかった。

 引越しをした日に、美羽に勝手に達也の素行調査をしたことを告げて謝った。そして、必要なら使ってほしいと言った。でも、美羽はその書類に目もくれなかった。「ありがたく頂いておくね。必要になる事があったら、使わせてもらうね」と言って、受け取ってはくれたが。


 「慰謝料請求しないぐらいだからな。美羽はケナゲに俺のこと思って身を引いてくれたんだよ。ごめんなー、俺、愛されてて」

 達也も美羽を思って、悠真が調査を依頼したことがわかっているのだろう。優越感に浸って、悠真の愚かな行為をせせら笑う。


 「ウケる。お金かけて調査して、ゴミになったってわけね。でも、達也、友加里以外に一体何人と寝てるのよ!」

 律花にも悠真が滑稽に見えるのだろう。横恋慕して、高額な調査をして、不要だといわれて無駄になっている。それなのに、こうして憤怒にかられて、断罪しようとしている。

 しかし、達也が自分と友加里以外とも寝ているとは知らなかったのか、達也につっかかっている。


 「片思い? そこまでいくと気持ち悪い。慰めてあげようか童貞くん」

 友加里が艶やかにグロスの光る唇に指を添えて、悠真を馬鹿にしながら流し目を送った。なぜ美羽と結婚しながら、こんな気持ち悪く媚を売る女と浮気するのか達也の気がしれない。


 「一つだけ。藤井さんはお前らを思って慰謝料請求しなかったんじゃない。そうすると逆恨みされたり、離婚を渋られたり、慰謝料を踏み倒されたりして、めんどくさいことになりそうだったからだ」


 「お前の妄想か?」


 「藤井さんに今後、一切かかかわるなよ。お前らにはバチが当たればいいと思ってる。窮地に追い込まれた時に絶対、藤井さんに縋るなよ」

 この三人になにを言っても無駄だとわかっている。反省もしないし、どんな言葉も響かないだろう。でも、それでも悠真は釘を刺しておきたかった。


 「は? お前、本当に何様だよ?」


 「クズな奴ってのはさ、追い込まれると優しくしてくれた人とか美しい過去に縋るもんなんだよ。彼女のことはきれいサッパリ忘れろ」


 「なに熱くなってんの? 元々、美羽のことなんてどーでもいいし」


 「どのみち、あの子メッセージアプリのIDもメアドも番号も変えちゃったし、連絡取りようもないんですけどー」


 「お前は新しい連絡先知ってるっていうのかよ?」

 悠真は俯いて無言で首を横に振った。キャハハと女子二人の姦しい笑い声が響いた。


 「藤井さんの連絡先は知らない。でもお前らが不倫してた証拠はずっと持ってるし、もしこの調査結果が必要になったら連絡するように言った。今はどこにも出す気はない。でも、藤井さんになにかあったら会社に提出するから」

 悠真の真剣な顔に三人はさすがに顔色を悪くする。いくら男尊女卑の雰囲気がある会社でも、さすがに社内不倫は批判されるとわかっているんだろう。


 「ほんと、お前なにマジになってんだよ……。どんだけこじらせてるんだ?」

 達也が虚勢をはる。その顔を睨みつけて、吐き捨てるように「じゃぁ、元気で」と別れの言葉を告げた。カラオケボックスの扉を閉めると、手元でボイスレコーダーを止めた。


 やっぱり美羽の判断は間違っていなかった。

 あの三人は同じ人間だと思えないくらい話が通じないし、反省もしない。こちらが慰謝料請求したり、会社に密告して社会的に抹殺したら、匿名だったとしても逆恨みして突撃してきそうだ。

 速やかに縁を切るのが最良の選択だろう。


 せめてこれからは美羽を煩わせるものが少ないといいなと思う。

 人のいい美羽は、これで終わったと思っているけど、ああいう手合いは自分が追い込まれると突然、執着を見せたりする。身を守るための武器である情報はあればあるほどいいだろう。


 強張っていた頬を解して、もう一部屋の方に顔を出し、「終電がなくなるから。今日はありがとう。みんな元気で」と暇を告げた。


 部署の人にも、同期にも誰にも悠真の次の就職先も暮らす先も告げていない。

 そもそも奥手な悠真が美羽と繋がっているなんて思いもしないだろう。

 これで美羽の過去とは綺麗に縁が切れる。


 美羽が連絡先を変えてしまう前に、勇気を出して電話をして良かった。悠真もしばらくしたら、美羽のように同期の誰にも知らせずに、連絡先を一新する予定だ。


 悠真は地元へと向かう電車に乗って、ほっと一息ついた。


 メッセージアプリを開くと

 『退職おめでとう! 祝ブラック脱出!!』と美羽からのメッセージ。

 それを何度も眺めて頬を緩める。


 地元に戻ったら美羽をどこに案内しようか?

 車窓に流れる都心のネオンを眺めながら、悠真は美羽とのこれからの未来に思いを馳せた。

次から、ざまあを含む夫視点の物語へと続きます。

よかったら、そちらもどうぞ。

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