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古い校舎の噂~入学初日に迷子になった私を助けてくれた“先輩”の正体~

作者: 寛 忠

 今年、私は憧れていた第一希望の女子校に合格しました。入学の日を迎え、真新しい制服に身を通し、期待と不安が入り交じる中、学校の門をくぐります。


(さぁ、今日から三年間、頑張るぞぉ!)


 と、意気込み、自分が一年間お世話になるクラス、一年二組を確認し、その教室へ向かいます。しかし……。


「あれっ?私の教室、どこかなぁ……」


 私は迷ってしまいました。校内は広い敷地なので、地図で場所を確認して行こうにもなかなか見当たらず、廊下を右往左往するばかりで時間だけが過ぎていきます。私はひたすら、廊下を走り回ることしかできませんでした。


「どうしよう。初日から遅刻だなんて、変なイメージ付いちゃうわ……キャアッ!」


 すると突然、何かにぶつかった感覚がして、目の前が真っ暗になりました。ゆっくりと下がると、そこに一人の女子生徒の姿があったのです。


「こらこら、廊下は走っちゃだめだよ」

「ご、ごめんなさい」


 その女子生徒は、私よりも“身長が高く、見下ろす感じ”になっていました。どことなく怖い感じがします。


「あなた。見ない顔だけど、ひょっとして新入生かしら?」

「そ、そうなんですぅ。今、一年二組を探してるんですけど、どこか分からなくて……あっ……!」

「どのクラスなの?私が案内してあげるわ。付いてきて」

「えっ?は、はい……」


 女子生徒は笑顔を見せ、私の手を繋ぎました。少し速足で歩き、無事に教室へたどり着きました。私はその間、心臓の鼓動が高まり、女子生徒の顔を見ることができずにいました。


「着いたわよ。これから三年間、頑張ってね」

「はい!ありがとうございます。先輩……あれっ?」


 私はお礼を言おうとしましたが、周囲を見回すと、既に女子生徒の姿はどこにもありませんでした。呆然としながらも、女子生徒と繋いでいた手を頬に当てました。


「さっきまで一緒だったのに、どこへ行っちゃったのかなぁ……でも、先輩の手、柔らかくて暖かかったなぁ……」

藤崎(ふじさき)桃香(ももか)君だね。そんなところで何をしてるんだ?君はこのクラスだから、早く入りなさい!」

「あ、すみません。先生……」


 教室から担任となる先生が顔を出し、私を呼びました。慌てて教室に入り、席に座ります。どうやら私が最後だったようです。でも、私はあの女子生徒……いや、先輩のおかげで集合時間ギリギリに着いたのです。


(いつかは、先輩にお礼しなくちゃ……)


 移動した体育館で入学式が終わると、続いて始業式となるので、二年生と三年生が入ってきます。その際に私は周囲を見回し、私を教室まで案内してくれた先輩を探しました。


(先輩、どこかなぁ……。あれっ?いない……)


 私を救ってくれた先輩の姿はどこにもありませんでした。女子にしてはかなり身長が高く、すぐに見付かると思っていたので、がっかりしました。


 始業式を終えて教室に戻り、次は担任の先生と一緒に校内を歩きました。広い敷地なので、覚えるのが大変です。すると奥に古い校舎が見え、担任が生徒に向かって強い口調でこう言ってきたのです。


「ここは学校創立時からの校舎だ。今はもう使っていない。“訳あって残してある”が、今にも崩れる危険があるから、ここへ通じる廊下から先には絶対立ち入らないように!分かったね?」


 古い校舎に繋がる廊下には“立ち入り禁止”の立て札が掲げられていました。今回は紹介として特別に入り口まで近付いたのです。しかし……。


(あれっ?せ、先輩だ!でも、どうしてここに?)


 古い校舎の中に、迷子になった私を助けてくれた先輩の姿を見付けてしまいました。しかし、そこは立ち入り禁止になっており、しかも在校生は教室に戻っているはずです。生徒は次の場所へ歩き出しましたが、私は足が動かずにいました。


「こらっ!藤崎君。何止まってるんだ。行くぞ」

「えっ?あ、すみません」


 危うく置いていかれそうになり、急いで列に戻りました。その他の校内の施設を巡回し、教室に戻って今後の話を聞いて初日を終え、帰宅しました。制服から普段着に着替えてリビングに向かうと、お母さんが今日のことを聞いてきます。


「桃香、学校はどう?お友達できそうかしら?」

「ううん、まだ誰とも話せてない。あ……今日ね、教室の場所が分からなくてさ迷ってたら、先輩が助けてくれたんだよ。でも、どの学年の誰かは分からなかったんだ……」

「そうなの。まぁ、良かったわね。今度会ったら、ちゃんとお礼しなきゃダメよ」

「分かってるって、もう……」


 自分の部屋に入った後も、どうしてもあの先輩のことが気になってしまい、繋いだ手の温もりが未だに忘れられずにいます。もしかしたら、私はあの先輩に恋心を抱いてしまったのかもしれません。


(先輩は、どのクラスにいるのかなぁ……。でもどうしてあの後、あの古い校舎にいたんだろう)


 翌日から授業の合間や昼休み、放課後を使って先輩の姿を探します。しかし、あれだけ身長が高いのになかなか見つかりません。


(ここまでして会えないなんて、もしかして、先輩って“オバケ”?い、いや、そんなことないか……)


 しかし、いつまでも先輩のことを気にしている訳にはいきません。偶然の再会を期待し、まずは授業に慣れることに専念しました。しかし、やはり名門の女子校だけあってレベルが高く、付いていくのに必死でした。家に帰ると、私はいつもベッドに倒れます。


「えぇ~ん。これじゃあテストが絶対に赤点どころか、単位不足で留年になっちゃうよぉ。助けてぇ、先輩!あれっ?そういえば、先輩……ずっと姿を見ないけど、どうしちゃったんだろう」


 私はふと、初登校の日に迷子になった私を助けてくれた先輩がどんな人か考えてみました。今の時点で分かっているのは、身長が高く、まるでボーイッシュな感じがすることだけです。


「先輩はあれだけ身長が高いんだから、一緒だったら私を守ってくれそうだわ。フフッ!もし、先輩と一緒になれたらなぁ……」


 私は目を閉じて、先輩と二人きりになる様子を想像しました。先輩を見付けた私は先輩に声を掛けますが、突然走り出してしまい、後ろ姿を追います。


「桃ちゃぁん。こっちだよぉ!」

「先輩ぁい。待ってぇ……」


 先輩が走る先は、なんとあの古い校舎でした。それも躊躇うことなく、中に入っていくのです。勝手に立ち入ってはいけないと言われていたので、私も行くべきか悩みましたが、意を決して先に進みます。

すると、先輩は私を背後から抱き締めてきました。


「先輩……どこですかぁ?」

「桃ちゃん。捕まえたぁ」

「やんっ!先輩……。こんなの、だめですってばぁ。もう、先輩ったら、がっつきすぎですぅ。私は、逃げないですからね……」


 先輩は私に“あんなこと”や“こんなこと”をしようとします。しかし、その時に妄想が解けて一気に現実に引き戻されていました。


「はっ……やだ。私ったら何してるんだろう……」


 私は呆れながらも、先輩への思いはますます強くなるばかりです。それでも、学校の中や行きと帰りの中で先輩の姿を見ることはありません。


(先輩、どこなんだろう……)


 先輩の姿を見なくなってから数ヶ月後、私は入部した部活の先輩部員からこんな話を聞きました。もちろん、この話に私たち後輩部員が食いつかない訳がありません。


「ねぇねぇ、あんたたち。うちの古い校舎がなんで立ち入り禁止になってるか知りたい?」

「えっ?な、何ですか?それ」

「すっごく知りたいですぅ」

「実はね、あそこ、“幽霊”が出るらしいのよぉ」

「ええっ、幽霊?キャア~ッ!怖いよぉ」

「そこで驚くのはまだ早いわよ。実はその幽霊、“女装した男”ですって!信じられる?」

「うわっ!マジキモぉ~い!」


 私たちは幽霊と言う単語が出てきたことに驚いてしまいましたが、それが女装した男の幽霊であると知ると、同級生たちは気味悪がっていました。しかし、私だけはその話に愕然としていました。


「これは聞いた話なんだけど、うちの高校は女子校なのに、なぜか女子と偽って入学した男がいたらしいのよ。それで、男だってことがバレて、あの校舎へ逃げ込んで首吊って死んだらしいわ。だから、その霊だったりして」

「うわっ!何か自業自得でかわいそうって思えないわね」

「まず、どうして男なのに女装して入学したの?って感じだしね……」


 先輩部員の話が本当ならば、私を助けてくれた先輩は、女装した男の幽霊なのでしょうか。しかし、私はその話を信じたくありません。


「嘘よ……そんなの絶対、嘘よぉ!」

「ど、どうしたの?桃香ちゃん。急に……」

「えっ?いや、その……。幽霊だなんて、嘘よって思ったのよ。ねっ?」

「そ、そうだよね。それも女装してたなんて……考えたくないわねぇ。アハ、アハハハ……」


 私は無意識に大声を上げてしまいました。部員の顔が一斉に私を見ます。その後、部室の中は幽霊の存在を否定するかのように笑い声を響かせていました。


(そうよ。先輩が幽霊な訳がないわ!女装した男かどうかは別として……)


 私はそう自分に言い聞かせ、無理に先輩を探し出さず、いつの日か自然に会えることを期待しました。


 ある日、私は授業を終えて帰宅しようと廊下を歩きました。すると、私の視線に、背の高い女子高生の姿が移りました。


「はぁ……今日も疲れたなぁ……あっ!も、もしかして……」


 間違いありません。私は遂に、入学初日に校内で迷子になった私を助けてくれた先輩を発見したのです。先輩は足早に廊下を歩いていくので、その後を追いますが、あまりにも速いので、私の足では到底追いつきません。すると、先輩は廊下の角を曲がりました。


「先輩、先輩。待ってぇ…………えっ?」


 しかし、その先にあるのは、先生から絶対に入らないようにと言われていた古い校舎です。私は先輩を止めようと大きな声を出しました。


「先輩、そこから先には行っちゃだめぇ!」


 先輩は私の声に耳を貸さず、立ち入り禁止の看板が掲げられているにも関わらず、古い校舎の中に何のためらいもなく入ってしまったのです。私は古い校舎へ通じる廊下の前で動けずにいました。


「ど、どうしよう。勝手に入ったら怒られちゃうし、入らなかったら先輩に会えないし……これで先輩に会えるなら……えいっ!やっちゃった。でも、もういいもん。この先には先輩がいるんだから、怖くないわ!えいっ!!」


 私は意を決して立ち入り禁止の先の廊下を進み、古い校舎のドアを手にして引きました。ゆっくりと開くと、校舎の内部が見えます。人の出入りがなかったからか、蜘蛛の巣が所々に張り、顔や制服に貼り付いていきます。


「うわっ!ボロいなぁ……。どれくらい使ってないんだろう。それにしても、先輩はよくこんな所に入ろうと思ったわね。先輩……どこですか?私、入学式で迷子になった所をあなたに助けられた者です。いるなら返事してくれますか?」


 私は先輩の姿を探しに、古い校舎の奥にどんどん進んでいきました。老朽化が進んでおり、周りからギシギシと木が軋む音が響いています。私はビクビクしながらも奥へと進みましたが、先輩と思しき人影はありません。廊下に沿って幾つもの引き戸があり、その中を覗き込みます。引き戸の先にある教室と思しき狭くて薄暗い部屋には古い机や椅子、本棚などが乱雑に置かれていました。中に入って先輩を探しますが、やはり姿はありません。私が部屋の中を歩き回る度に床に溜まっていた埃が空に舞い、息苦しくなってしまいます。


「ケホッ……こ、こんなところにいたら窒息するわ……先輩もどこにいるか知らないし……私ったら何やってるんだろう」


 私は先輩を探すのを諦め、引き返すことも考えました。しかし、この時は入り口からかなり先にすすんでおり、ここで引き返したら何の為に入ってきたか分からなくなってしまいます。それに、もう二度と先輩に会えなくなるかもしれません。やはり、今日会って話をしたい。私を助けてくれたお礼がしたいと、更に先に進むことを決めました。引き続き、廊下を歩いて引き戸から中を覗き込み、鍵が掛かっていなければ開けて中を見回していきます。


「先輩、どこですか……。ここにもいない……。先輩、どこですか……。やっぱりいない……」


 しかし、校舎の中を隅から隅までいくら探しても先輩の姿はなく、絶望感が漂います。そして遂に、最後の部屋に辿り着きました。先輩がいるとするならここ以外は考えられません。私は意を決して引き戸を軋ませながら開け、中に入ります。これでやっと先輩に会える!と期待を膨らませましたが、ここでも今にも崩れ落ちそうな古い教卓や椅子が無造作に置かれていました。中を見回しても、どこにも先輩が隠れそうな場所はありません。

 ここを以って、この校舎にある部屋は全て見回りました。ここまでしても見付からないとなれば、やはり、入学初日で迷子になった私を助けてくれた先輩は、部活の先輩部員から聞いた”女装した男の幽霊”だったのでしょうか。そう思うと、何だか自分がしてきたことが馬鹿らしくなってきました。


「仕方がない、諦めるか」

「あなたが探してる先輩って、もしかして……私かな?」

「えっ?」


 踵を返して帰ろうとしたその時、聞き覚えがある声を耳にしました。その声がした方を向くと、入学当日に校内で迷子になった私を助けてくれた先輩の姿があったのです。


「あっ……」

「お久し振り。入学式以来だけど、元気にしてた?」

「う、うう……せ、先輩……会いたかったですぅ……うえぇぇぇぇぇ~」


 先輩は満面の笑みを見せていました。私は先輩に会えたことが嬉しくなり、思わず抱き着いてしまいました。


「あらあら。ひょっとして、私をずっと探してたの?ほら、やっと見付かったんだから、そんなに泣かないでよ」


 笑顔で、私の頭を撫でてくれたおかげで、私は落ち着きを取り戻しました。それから、教室の一角に並んで腰を下ろします。


「あ、ご挨拶が遅れました。私、一年二組の藤崎桃香って言います。初めまして」

「かわいい名前してるんだね。初めまして。私は芦田(あしだ)理央(りお)。桃ちゃん、よろしくね」

「いやん、桃ちゃんだなんて……私、理央先輩にまたお会いできて、嬉しいですぅ。それにしても、先輩。こんなとこ、堂々と入って来れましたね」

「えっ、どうして?」

「だってここ、立ち入り禁止だし、幽霊が出るって噂されてるんですよ。先輩は怖くないんですか?」


 何故、先輩が古い校舎に入れたのかを訪ねると、先輩は突然、笑い出しました。


「フフフッ。桃ちゃん、私だって本当に幽霊が出たら、びっくりして逃げちゃうわよ」

「そうですよね。何を見て幽霊だって……」


 私は部活の先輩部員の話を思い出しました。それが正しかったらと思うと、何も言えなくなってしまいました。


(もしかして、先輩が……)


「どうしたの?桃ちゃん」

「えっ?い、いや、何でもないです……」 

「あ、ひょっとして、私が幽霊だって思ってたの?」

「そ、そんな……ご、ごめんなさい」


 もしかしたら先輩に嫌われてしまうのではないかと思い、必死になって先輩に頭を下げていました。しかし、先輩はそれに対し、怒るどころか、笑ってきたのです。


「アハハ……私が幽霊だと思われても、おかしくないわね」

「ど、どうしてですか?」

「私、まともに授業を受けてないの。女子校に入学したけど、どうも女子ばかりの雰囲気に馴染めなくて、落ち着かないの。だから、普段はこの校舎で時間を潰してる訳。あなたとぶつかった時は、トイレに行ってた後だったのよ。ここは水道も電気も止まってるからね」

「そんな、だめじゃないですか。せっかく苦労して受験勉強して入学したのに……。私だって、中学の偏差値は足りなかったけど、自分の意志で必死に勉強したから、ここに入学できたんですからね」


 すると、先輩は先輩は顔を俯かせて、悲しそうな顔をしました。もしかしたら聞かれたくないことを聞かれたのでしょうか。


「自分の意思で……絶対そう言うと思ったわ。桃ちゃん。私はね、自分から進んでここを受けた訳じゃないの。本当は私の偏差値で行ける高校なんてなかった。でも、担任の先生が私の為に見付けてくれたのが、この学校だったの。本当は共学に行きたかったから、最初は女子校であることに戸惑ったけど、願書提出の期限も迫って考えてる時間もなかったし、中学浪人なんて嫌だったから、受けることにしたわ。無事に合格して、こうして高校生でいられるのよ」

「だったら尚更、真面目に授業に出るべきですよ。中学までと違って、一年経ったら進級して、卒業できるものじゃないんです。先生たちに迷惑を掛けるだけじゃなくて、先輩のお父さんもお母さんも……この学校を薦めてくれた中学校の先生も悲しませてると思ったことないですか?」


 私は更に強い口調で先輩を叱るように言いました。すると、先輩はため息をついて、目に涙を浮かべたのです。


「私が悪かったのよ。中学の時に真面目に勉強していれば、行ける高校の選択肢が増えてただろうし、こんな馬鹿なことをしなくて済んだのに………うっうう……」

 私は今にも泣きそうな先輩の顔を見ると、これ以上は何も聞けなくなってしまいました。

「ああ……先輩、泣かないでください。遅いかどうかは別として、今から真面目に授業を受けてみたらどうですか?」


 先輩は私の肩に手を回し、引き寄せました。これには一気に心臓の鼓動が高まります。


“グッ……”


「あ……」

「そうよね。桃ちゃんのおかげで目が覚めたわ。ありがとう、桃ちゃん」


 私は先輩が改心してくれたことが嬉しくなりました。すると、先輩は鼻を鳴らして、私の体の匂いを嗅いできたのです。


「クンクン………これは、桃の香りかな?」

「分かりますか?桃の香りがするシャンプー使ってるんですよ」

「そうなんだね。私もこの香りが大好きなの」

「喜んでくれて、嬉しいですぅ」


 先輩に私が普段使っているシャンプーの種類を当てられ、ますます嬉しくなってしまいます。ここで私は、内に秘めた思いを先輩に告げることにしました。


「あの……先輩」

「何?どうしたの?桃ちゃん」

「これからも、こうして二人きりの時間を作ってくれませんか?私の話を聞いて欲しいんです。それに、私以外の人には言えない相談にも乗ってほしいですし……。私、もっと先輩と一緒にいたいんです。私のお姉ちゃんのような存在でいてくれませんか?」


 私は顔を赤くしながら、先輩に思いを伝えました。これで断られたらどうしようと不安でしたが、先輩は満面の笑みで喜んでくれたのです。しかし……。


「桃ちゃん。気持ちは嬉しいけど、それには答えられないわ」

「えっ?どうしてですか?」

「あなた、部活の先輩から聞いたんでしょ?”この古い校舎の噂”をね」

「じゃ、じゃあ。やっぱりあなたは……」

「そう……私がその噂の、女装した幽霊よ」

「う、噓……そんな……嘘でしょ?」

「嘘じゃないわ。ほら……」

「うっ、これって……」

「ねっ!これで分かったでしょ?」


 先輩は私の手を取り、”下の部分”に触れさせました。私の手に”明らかに女性にはないもの”がはっきりと感じられます。つまり、私が耳にした噂は本当だったのです。確かに身長が高く、見た感じが男っぽいなとは思いましたが、まさか先輩が女装した幽霊だったとは信じられません。幽霊と言うからには、先輩は既にこの世には存在していないことになります。


「先輩、男なのに、どうしてここに入学したんですか?ここ、女子高でしょ?」

「誤解しないでよ。私は普通に女の子が好きだし、ここにも、ちゃんと男として通うつもりでいたのよ。変なこと言わないでよ」

「ご、ごめんなさい……」

「実はこの学校、私が受験する年に男女共学になる話が出てたの。私が他に行ける高校がなかったから、もう一か八かで受けるしかなかったの。もう、藁にも縋る思いだったわよ」


 この時、先輩の表情が曇っていくのが分かりました。しかし、私は疑問に思っていました。現在もこの学校は今でも女子校であることに変わりはありません。私がこの学校を見付けた時も、男女共学になる話は聞いていません。


「でもまさか、あんなことになるなんて……私がこんな恰好をしてる時点で分かるわよね」

「あんなことって……何があったんですか?」

「男女共学が……中止になったのよ。男子の合格者が私を除いて全員辞退したんですって。中学の校長室に呼ばれたから、何を言われるかと思ったら、そこにこの学校の教頭が来てて、私に頭を下げて謝罪したわ。それに、私がここ以外に受けた所がなかったのも問題だったの。学校からは、受験結果は合格だから、責任をもって私が通えるようにするって言ったの。でも、それには条件があって、最初は戸惑ったのよ」

「それって、先輩が女子として通うってことですか?」

「だって、共学が中止になったんだから、それ以外にないじゃない。仕方ないから、女子高生として通うことになったわ」

「そ、そうだったんですか……」

「ただ女の子の恰好をすればいいだけじゃないわ。完全に女の子に成り切らないといけないから、話し方やら動き方を徹底的に叩き込まれたの。普段のしゃべり方も、こんな感じで完全に女の子っぽくなっちゃったのよ。こうなったら、女の子として生きていくのも悪くないかなって思えるようになったわ」

「でも……それなのにどうして、死んじゃったんですか?」


 私は先輩が死んだ理由を知りたくなりました。すると、先輩は寂しそうな顔をしました。恐らく、この学校で何か嫌なことがあって、精神的に病んでしまったのかもしれません。


「私が男だってことがバレちゃったのよ。二年生になった時に、私と同じ中学校に通ってた生徒が私に気付いて、”なんで男がいるの?”と大騒ぎになったの。それまで私を疑わなかった生徒たちから一斉に問い詰められて、急いでこの古い教室に駆け込んだのよ。もう生きていけないと思った私は、偶然あったロープで首を吊って自分から命を絶ったの。大人しく事情を説明すれば分かってもらえたかもしれないのに、あの時の私にはそんな考えは湧かなかったわ……」

「そんな……」


 先輩は涙を流しました。もし、先輩を知る生徒が入学しなかったら、誰にも知られずに卒業できていたかもしれないのに……。私は先輩が自殺した原因を聞いて、胸が痛くなります。すると突然、先輩は私の体を抱き締めてきました。


「あっ……」

「ごめんね、桃ちゃん。入学式の時にあなたを助けた先輩が、こんな女装した幽霊で……。でも、あなたに出会えて嬉しかったわ。ありがとう……」

「そ、そんな、先輩……」

「あなたは絶対、卒業するまで通うのよ。分かったわね?」

「えっ?は、はい……。私も、先輩に会えて嬉しかったです……」


 それから、私と先輩は別れを惜しむかのように、お互いの体を強く抱き締め続けました。だんだんと瞼が重たくなっていくのを感じます……。

_______________


「はっ……!あ、あれっ?」

「あっ、桃香ぁ!良かったぁ……」


 気が付くと、私は保健室のベッドで眠っていました。私が目覚めた途端、傍にいたお母さんに抱き締められました。あの古い校舎からはかなり離れているので、どうやって移動してきたのでしょうか。


「私、どうして……」

「あなた、ここの古い校舎で倒れてたそうじゃないの。学校から連絡があってビックリしちゃったわよ」

「えっ?」


 どうやら、私は先輩と抱き締め合ったまま眠ってしまったようです。それからあの古い校舎のドアが開いているのを不審に思った教師が中に入り、奥の部屋で倒れている私を発見して、ここまで運んできたのだと、担任の先生が話しました。


「本当は何故、あの校舎に勝手に立ち入ったのかを聞きたいところだが、もう遅いから明日話を聞かせてもらうことにしよう。今日はもう帰りなさい」

「は、はい……」


 私はお母さんと共に家へ帰りました。その間、突然のことで迷惑を掛けてしまったことへの申し訳なさでいっぱいになってしまいました。


「お母さん、ごめんなさい……」

「いいのよ。最初は何のことかと驚いちゃったけど、あなたが無事だって分かっただけでも安心したわ。明日、詳しく話を聞かせてね」


 翌日。授業が終わると、駆け付けたお母さんと共に校長室の席に腰を下ろしました。そこに担任の先生や学年主任、更には校長先生が向かいに座ります。


「藤崎君。旧校舎には近付くなと言ったはずなのに、どうして君は中に入っていったんだね?」

「ご、ごめんなさい……」


 私はまず、先輩を追って古い校舎に近付いて鍵が掛かっていないのをいいことに、中にまで入ってしまったことを詫びしました。禁止されていたことを破ったのだから、それぐらいは当然です。


「私、人を探していたんです。その人の姿を追ってたら、あの古い校舎に入っていったから、私も付いていっちゃいました。本当にごめんなさい!」


 私は席を立ち上がり、深々と一礼しました。母は慌てたように私の体を押さえます。


「桃香、落ち着きなさい!みっともないわよ」

「まず、君が探していたその人とは誰なんだ?」

「はい、芦田理央と言うこの学校の生徒です。私、入学した時に自分のクラスがどこにあるか分からず、校内をさ迷っていた所を、先輩に声を掛けられて、クラスの前まで案内してくれたんです」

「芦田理央……そんな名前の奴、一年だけじゃなくて全学年でも聞いたことないなぁ」

「藤崎君、嘘を言って我々を困らせようとするなよ」

「嘘じゃ……嘘じゃないですぅ」


 担任と学年主任の先生は首をかしげました。このまま信じてもらえないとなると、話が進まなくなってしまいます。私が困っていると、校長先生は何か思い出したかのように一冊のファイルを取り出し、私の前に置きました。


「ちょっと待ちたまえ。“芦田理央”か。聞いたことがあるぞ……まさか、あいつが……。この中に、今までに在校していた生徒の情報が卒業・中退問わず載っている。在学していれば必ず載っているはずだ……。あったぞ。君が会ったのは、この生徒かね?」


 校長先生はファイルをめくり、芦田理央の名前を探しました。そして、私のファイルを見せます。私はそこに載っている写真に目を見開いてしまいました。そのファイルにあった写真は、正に私が入学時に会った理央先輩だったのです。


「あっ!この人……です。私、入学当初に自分のクラスが分からなくて、校内をさ迷っていたら、この人が……先輩が案内してくれたんです」

「芦田理央。こいつは本当は男子だ。実は、私はこいつが一・二年の時のクラス担任で、秘密を言わないようにするのが大変だったよ。そうか……。まだ成仏できずにおったようだな」

「先輩は、本当に男だったんですね……。でも、ここは女子校なのに、どうして入学できたんですか?」

「藤崎君。今からその話をしてあげよう」


 校長先生は鼻から息を吐き、先輩が入学した時の話をし始めました。


「あれは今から三十年ほど前だ。我が校は開校以来の女子校だったんだが、方針を転換して男女共学になることが決まった。各中学にも男女共学化は伝えてあったから、男子の応募も多数あった。その中の一件が彼、芦田理央だったんだ。受験結果は良好だった。彼からは合格となったら入学する意思も聞いている。だが、問題が起こってしまった。ほとんどの男子受験生が我が校を滑り止めとして受けていたようで、本命の高校に合格したからと一人を除いて全員、入学を辞退しまったのだ。これは男女共学を中止にせねばならないと大問題になった。だが、更なる問題が起こってしまった。その残った一人、彼は……芦田君は、我が校しか受験していなかったのだ。もし、我が校の都合で合格取り消しとしてしまっては、彼が受験の為に費やした時間と労力を無駄にさせてしまう。かと言って、男子一人を女子校に通わせるのも問題があった。そこで長時間の会議の末、我々が思い付いたのは、彼を“女子”として入学してもらうことだった。そうなれば彼にはいろいろ制約が発生するから、同意してくれるか不安だったが、彼は両親に相談して“女子”として入学すると言ったんだ」

「そうだったんですか……」

「我々としても、彼が男子であることは教師の間だけの秘密とするように約束させた。もちろん、ここは女子校であるから入学にあたっては、彼には女子高生として遜色なく過ごせるよう、身だしなみや仕草、作法、言葉遣いを入学までの間に特別に学ばせた。そのおかげで彼は我が校に馴染んでいき、女子として生きることの喜びを感じていたかのように思えた。私と二人の時は男に戻っていいと言ったが、彼は私との会話ですら女言葉になっていた。危うく惚れそうになってしまったよ……。おっと失礼。それだけ、彼は女子高生になりきろうと頑張っていたってことだ」


 私は、校長先生の話に愕然としていました。先輩が私に話していたことは、嘘ではなかったのです。校長先生は鼻から息を吐き、顔をうつむかせました。


「しかし、まさかあんなことになるだなんてなぁ……。彼が二年生に進級した時、入学してきたばかりの一年生の間で“校内に制服を着た男がいる”との噂が広まった。それを言い出した本人が分かったから聞き出すと、“中学の時に見た男子生徒と同じ顔をしていた”と話した。その女子生徒が卒業した中学校は芦田君と同じだったんだ。これはマズいと思った我々は、芦田君にそのことを話して、出会ったとしても冷静を保つようにさせたよ。我々も何とかして事態の収拾を図ろうとしたんだが、既に手遅れだった。数日後、芦田君はあの古い校舎の中で首を吊って死んでいたんだ。二年生にも芦田君の噂が広まって、通学してきた芦田君は学年中から問い詰められた。居場所がなくなった芦田君は、無我夢中であの古い校舎へと逃げたのだろう。まさかこんなことになるだなんて、思ってもいなかったよ」


 学校側は先輩のことを知る女子生徒が入学してきた場合のことを想定しておらず、学校は先輩の自殺を止めることはできませんでした。その上、男子だったことが分かってしまった時の対応も考えていなかったのです。


「そんな……まるでこの学校が、先輩を殺したようなものじゃないですかぁ!」

「当然、我々も芦田君の両親からも同じことを言われて責められた。それに対して、何も返す言葉が出て来なかったよ。私が芦田君と話をしている時は笑顔を見せて“女子として生きるのも悪くないかな”って話していたんだが、本当は身も心も男子なのに、女子生徒として女子に囲まれて過ごさなければならなかったのが辛かったんだろう。我々はどうして、彼の心境に気付いてあげられなかったんだ。芦田君を男子として入学させていれれば、こんなことにはならなかっただろうに……」


 校長先生は話をする間、体を震わせていました。私は一気に悲しくなり、顔を手で覆って泣きわめきました。


「そんな……先輩……うっうう……うえぇぇぇぇぇ……」


 この件があった後、開校以来残っていた古い校舎が解体されることになりました。その前にお祓いが行われ、ここで亡くなった芦田先輩の霊が天に召されて新たな命として生まれ変われるようにと願いました。その為か、それ以来、先輩の霊の姿を見ることはなくなりましたが、何故だか寂しさを感じていたのです。


 翌年。新入生が入学し、部活動にも入部してきました。私は先輩として後輩たちに接します。


「ねぇねぇ、あんたたち。この学校の噂、知りたくない?」

「えっ?な、何ですか?それ」

「すっごく知りたいですぅ」

「実はね、この学校の北側に古い校舎があった場所に、“幽霊”が出るらしいのよぉ」

「ええっ、幽霊?キャア~ッ!怖いよぉ」

「そこで驚くのはまだ早いわよ。実はその幽霊、女装した男ですって!信じられる?」

「うわっ!マジキモぉ~い!」


 後輩部員は幽霊と言う単語が出てきたことに怖がっていましたが、女装した男子の霊と聞いて気味悪がっていました。


「これは聞いた話なんだけど、うちの高校は女子校なのに、なぜか女子と偽って入学した男がいたらしいのよ。それで、男だってことがバレて、この学校にあった古い校舎で首吊って死んだらしいわ。だから、その霊だったりして。でも、どうして男なのに女装して入学したの?って感じじゃない?」

「先輩、そんなの嘘に決まってるじゃないですか」


 後輩たちは私の話に呆れていました。もちろん、誰も私の話を信じようとはしません。


「それよりも、先輩は幽霊なんていると思うんですか?」


 私はその後輩部員の質問に、こう答えました。


「私は幽霊を信じるわよ。だって、“その幽霊に助けてもらっちゃった”んだもん……」


(終)

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