すき焼き 2
ちょっと口籠った後、リカは話し始めた。
「私ね、9月までアメリカに行ってたんだ」
「そうなの?アメリカのどこにいってたの?」
「ニューヨークにある大学に留学してたの」
リカの話に皆興味を持った。
「アメリカかぁ。すごいね。何を勉強してたの?」
「環境学っていう分野」
「どんなことをやるの?」
「う〜ん…、一言では言い表しにくいんだけど、自然保護とかエコロジー、公害とかを含めた環境問題を考えて未来を予測しようっていうジャンル。学問的には全然まだ歴史も浅いんだけどね」
「地球温暖化とかそういう感じ?」
「うん。イメージとしてはそんな感じ」
感心するアキの横で、マサムネが椎茸を食べながら尋ねた。
「へえ、なんかすごいじゃん。どのくらい行ってたんだ?」
「1年とちょっと。本当は2年は行っているつもりだったんだけどね」
葵は異国に思いを馳せた。
「ニューヨークかあ。格好良いなあ。すっごいお洒落なイメージ!どんな感じだった?」
「あ、ごめんね。私の行っていた大学はニューヨーク州のウェストチェスター郡って場所なの。マンハッタンから見るとずっと北の方」
「ブロードウェイとか行かなかったの?」
「何回かは友達とシティにも行ったよ。タイムズスクエアのあたりとかは綺麗だったけど、結構ゴミとか多くて汚いところもあったなぁ」
「学校が忙しかったの?」
「そうね。私の英語もあまり上手じゃないから授業が大変だった。いっつもレポートに追われてた気がする」
「そっかぁ……」
「あ、でも向こうで出来た友達とは仲良くなって楽しかったわ」
葵が残念そうにすると、リカは慌てて取り繕った。
「俺はニューヨークって物価が高いイメージがあるな」
「うん。アメリカの中でも特に高いわ」
「特に今は円安だから、きっついよな」
「ねね!ニューヨークで美味しかったものって何?」
「うーん……。なんだろ。ホットドッグとか、ニューヨークピザ、とか?」
「えー、そんなのばっかりだったの?」
リカが苦笑した。
「外食すると結構お金がかかるから、なるべく自炊してたの」
「そっか〜。じゃあ仕方ないね〜」
「マサムネ。鍋、俺がやるよ」
手が止まっているマサムネを見かねて、アキが鍋奉行になったようだ。
煮えた野菜をとんすいに取り分けてやり、お肉を鍋に入れた。
先ほどの店員を真似てお肉を仕上げると、リカのとんすいに入れてやる。
リカが微笑んだ。
「ありがとう。だからこんなご馳走久しぶりなの」
「そりゃ良かった。教授の奢りだから、たんと食ってくれ。」
アキの言葉に、マサムネも葵も吹き出した。
「でも、本当、アメリカだと特に夕食を外で食べるなんてほとんどなかった」
「いくらぐらいしたんだ?」
マサムネが尋ねた。
「たとえば、そうね……。マクドナルドでビッグマックセットを頼んだら、10ドルくらいかしら。ランチに和食店で唐揚げ定食を食べるとしたら、35ドルね」
「マックが1.5倍くらいなのは良いけど、唐揚げ定食で35ドルって5000円くらいってこと?」
「ランチの平均は15ドルくらいなんていうけどね。サンドイッチとスープだけ頼んでも、チップも合わせたら30ドル近くなったりするの」
「うわー今の状況じゃ絶対無理だわー」
マサムネが項垂れた。
「もちろん有名なハンバーガーショップにも行ったよ。友達と二人で5 NAPKIN BURGERとか。たまーに、だけど」
「なんかお洒落〜」
「本場のハンバーガーとかメッチャ良いじゃん」
「日本でもアメリカと変わらない味のバーガー出す店も増えてきたな。高いけど」
「でも、値段だけの話じゃなくてね。たとえば、このお店は表通りから一本入った路地の、その奥のビルじゃない?」
「そうだね」
「日本だから全然問題ないけど、アメリカの場合、土地勘がない場所で路地裏なんて入らない」
「路地って言っても表通りからすぐだよ」
「それでも、かな。もちろん場所にはよるんだけど、アメリカは銃社会だから、下手に路地に入っていったりすると犯罪に巻き込まれる可能性があるの。特に夜、女性の一人歩きなんて絶対ダメ」
「何か事件とか、危険な目にあったりしたの?」
葵は届いた地酒を皆のお猪口についであげている。
少し辛口の日本酒は、すっきりとした口当たりで何処か爽やかな印象がする。
「銃犯罪じゃないんだけどね…」
アキは残った野菜を鍋に投入した。
鍋を菜箸で軽く混ぜ合わせて、火の通り方を調整していく。
最後のお肉はこれを食べ終えたら調理しよう。
「別に無理して話さなくても良いよ?」
葵が少し心配そうにリカを見つめた。
リカはお猪口の地酒を少し口にした後しばらく黙っていたが、少しずつ話し始めた。
「あまり、楽しい話じゃないんだけど、聞いてもらっても良い?」




