湯上がり
この温泉は酸性が高いせいか、あまり長湯をするものでは無いようだ。
客は多いが長時間入浴している人は少ないように思える。
さて、教授はどうしたのかと見てみると、先ほどとは別の壮年の男性と話をしている。
「教授、自分達はそろそろ上がりますよ」
「先生も時計みた方が良いっすよ」
「ああ、すまんね。こちらの御仁の話が実に興味深くてね」
壮年の男性が教授に話しかけた。
「やはり学者さんでしたか!どちらにお泊まりで?」
「あそこのビジネスホテルですが」
「わたしたちは隣の旅館なんですよ!どうですか?よければ一杯?」
「それはありがたいのですが、彼らと約束がありましてな…。予約も4名で取っていまして…」
「あー教授、自分達は大丈夫ですよ」
「せっかくの機会ですから、俺たちのことは気にしないでください!」
教授には申し訳ないが、今日は別行動の方が都合が良い。
「そうかね?それじゃあ食事代は、かとうく、いや、鳴海くんに預けるから」
「先生〜、普通ゼミ生に渡すところじゃないっすか!」
「君はなぁ……」
何はともあれ、夕食は教授と別行動となったアキとマサムネは温泉から上がった。
着替えを済ませ髪を乾かしロビーに出た。
ミニバスの時間まではもう少し空いている。
ソファに座りスマホでネットを見ていると、二人の女性が話しながらロビーに出てきた。
一人はメガネを掛けた見慣れた可愛らしい女性で、もう一人は目鼻立ちのはっきりしたショートヘアの美人だ。
二人とも湯上がりで頬がピンクに染まり、どことなく艶やかに見える。
一人は葵だがもう一人は知らない顔だ。
「秋人くん、もう出てたんだ。あれ?ムネと先生は?」
「マサムネは手洗いに行ってる。教授はもうすぐ出てくるよ。えっと、そちらの方は?」
「六花ちゃん。お風呂で一緒になって仲良くなったの。可愛いでしょー。同じホテルなんだって」
「こんばんは〜。六つの花で、りっかです」
「あ、ご丁寧に。えっと、秋の人で、あきとです」
「葵、出てきたん?教授が晩飯、別行動にするって〜」
マサムネが出てきた。
「あれ?どちらさん?」
「え?何それ?あ、六花ちゃん。この筋肉がマサムネだよ」
「そうなんだ。うん。こんばんは〜」
「んん?あ、こんばんは?」
マサムネが混乱しているので、アキが説明する。
「マサムネ、こちらの方は向井さんが温泉入ってる時に親しくなった六花さん。で、夕食の件だけど教授はここで知り合った人と飲みにいくらしいよ。メシ代は俺が預かったから大丈夫。ただ、店を4名で予約してたから、3名に変更するところなんだけど、当日変更だとキャンセル料がかかるかもしれないな……」
「そうなの?……ね、六花ちゃん、良かったら一緒に晩御飯食べに行かない?」
「え?でも、悪いよ」
急に葵に話を振られた六花は戸惑っている。
「向井さん…、流石に六花さんも予定あるだろうし……」
「六花ちゃん、一緒に来る予定だった友達が急用で来れなくなっちゃって、一人だって言ってたから…」
「俺たちは全然OKっすよ!飯はみんなで食ったほうが美味いし!」
「マサムネ…。えっと、六花さんさえ良ければ、キャンセルもしなくて良いし助かります。あ、食事代は気にしないでください」
「……じゃ、じゃあお言葉に甘えさせてもらいますね〜」
話がまとまったところで、教授と男性が出てきた。
「斎藤さんは実によくご存知だ!」
「いや、小松原さんにそう言っていただけると光栄ですな!どうでしょう、この辺りの地酒の良いものを出す店がありまして…」
「おお、いける口ですな!いやあ、楽しみですなあ」
教授がアキたちに気づいた。
「君たち、私はこちらの御仁のバスで旅館へご一緒することになったから、ここで解散しよう。明日は8時半に出発するから、遅れんように頼むよ」
アキは教授に、偶然葵の友人に会ったので教授の代わりに食事に行くと報告した。
「ああ、それならその方が店にも迷惑をかけんから助かるな。その封筒の分なら気にせんで良い。領収証だけ『小松原』でもらってくれ」
ミニバスの運転手が迎えにきたので、他の利用客と乗り込んでホテルに戻った。
雪は降り続いていたが、運転手の走行には何も問題なさそうだった。
教授が予約した店はホテルから少しだけ離れている。
晴れていれば歩いても10分くらいだが、やめた方が良いだろう。
アキは荷物を自室に置いてくると、ホテルのスタッフにタクシーを呼んでもらい、4人で店へと向かった。
年内更新はこれで最後です。
良いお年を〜




