タエさん
「ムネ、こっちのカメラ、そろそろカード替えないとまずいかも…」
「ん。わかった。……すんません。一度メモリーカード交換しても良いですか?」
話が途切れタエさんがお茶を飲んだタイミングで、葵と何か相談していたマサムネが教授に小声で尋ねた。
「ああ、そうだね。ちょっと休憩しようか。タエさん、ありがとうございます」
「なあんも。話し下手でわかりづらいだろうに、ようも聞いてくれるもんだ」
「タエさんのお話はとても興味深いですよ」
「本当に先生は聞き上手だあ」
タエさんの話は時折違う話や地名が混ざってきたり、そちらにずれて飛んでしまうことなども少なくなかった。
それでも教授が軌道修正していくと、一つの噺としてちゃんと理解することができた。
本人は記憶力が衰えたと度々こぼしているが、九十を超えると言うのにしっかりとしている。
マサムネは、葵のカメラのメモリーカードを入れ替えると、自分のカメラのカードもチェックした。
こちらも交換しておくようだ。
「その…さっきの毛むくじゃらって、今でも目撃例とかってあるんですか?」
葵の質問にはおばさまが答えてくれた。
「大婆ちゃんの毛むくじゃらは、一時期有名になったみたい。クマが出たって。大勢で山狩りっていうのかしら、猟師さんが銃持って探したみたいよ。その時は見つからなかったらしいけど、そうよね?」
「ああ、あたしらが見たのはクマじゃないがね。だんども、丸山のところの健三と武雄のヤツが見たって騒いだっけ。ありゃ40年くらい前か」
「あん人たちは酔っ払ってたって話でねえか。酒飲んで運転したまま、車で警察さ駆け込んでえらい目におうたって」
「どっちか食われれば証拠になったのになあ。惜しいことをした」
「なんてこと言うのよ。全く!……すいませんねえ。大婆ちゃんは偶に口が悪くなるもんでねえ」
ノートに何か書き込みをしていた教授が顔を上げた。
「今年は街にもクマが降りてきたって話に事欠かないですからねえ。気をつけないといけませんね。まあキリも良いところですし、今日はこの辺でお暇しましょうか。……明日は9時ごろお伺いしても大丈夫ですかね?」
気づくと18時を過ぎて、窓の外はすでに真っ暗になっていた。
「あら、もうこんな時間でしたか。ええ。9時でしたら大丈夫ですよ。大婆ちゃんも良いわよね?」
「ああ。先生、明日は違うのを話せるようにしとくけな」
「すいません。色々お話していただいてありがとうございます。また明日、よろしくお願いします」
タエさんが少し疲れたと言うので、おばさまが自室へと連れて行った。
タエさんが話している間ずっと傍にいた猫も、ソファを飛び降り後をついていった。
学生3人で機材を片付けたが、すぐに終わった。
荷物をまとめ、おばさまに挨拶してから帰ろうと待っているとき、マサムネがポツリとこぼした。
「先生、もう少しお話を聞けたんじゃないですか?」
「うん?いや、いいのさ。タエさんの集中力が切れてしまったからね。それにそろそろ引き上げないと、君たちに約束した温泉に行けなくなってしまう」
「え?温泉って時間決まってるんですか?」
「共同浴場で9時までなんだよ」
「早くホテルに行きましょう!」
葵の目の色が変わった。
その後戻ってきたおばさまにお礼を言って、木梨家を後にした。




