到着
「あらあら、まあ、小松原先生。お久しぶりです〜。学生の皆さんもこんな遠いところまでねえ。天気も良くないし大変だったでしょう。さあ、どうぞ上がってくださいな」
到着したのは、広い敷地に建つお洒落な一軒家だった。
レンガを思わせるオレンジと白の外壁を組み合わせた外観で、モダンスタイルには少し珍しい暖色を取り入れた温かみのある家が建てられている。
庭の一角に車を停めて、教授のスーツケースと手土産を持ち込ませてもらう。
「いやあ、ご無沙汰しております。木梨さん。皆さんお変わりはありませんか?」
「ええ。お陰様で。大婆ちゃんも元気ですよ。今呼んできますからリビングでお待ちください」
「それじゃあ、その間にちょっとカメラなんぞをセッティングさせてもらいますね」
「はいはい。大丈夫ですよ〜。さあ皆さんも遠慮なく」
60代くらいのおばさまが招き入れてくれたので、言葉に甘えて上がらせてもらう。
「「「お邪魔します」」」
広いリビングはとても暖かかった。
マサムネはスーツケースからハンディカメラと三脚、ICレコーダーなどを取り出すと、きびきびと動いて撮影機材をセッティングしはじめた。
カメラの充電ケーブルをコンセントに差し込んでいる。
電気を使うことも予め了承してもらっているようだ。
葵はどの角度にカメラを据えて撮影するかを教授と相談している。
少し手持ち無沙汰になったアキは室内を見渡した。
「今回の取材先のお宅って、なんかイメージと違いました」
「だな!先生の取材先だから、こう、なんつーか、古民家!みたいな」
「私もちょっと昭和レトロ感があるお宅とか、勝手に想像してました」
勝手なことを喋っていると、家人が戻ってきた。
小柄な老婆を連れている。
おばさまが笑って言った。
「昔は古いおうちもあったんだけど、結構前に立て替えてしまったのよ。イメージと違ってがっかりしたかしら」
「いや、これはウチの学生がとんだ失礼を。申し訳ない。ほら、君たちも」
「すいません。そんなつもりじゃなかったんですが、新しくて素敵な家だったので」
「俺も、すいませんでした」
「ごめんなさい。ヨーロッパ調なのはオバ様のご趣味ですか?」
「そうなのよ。古いお家も好きだったんだけどねえ。大婆ちゃんも歳だからね〜。バリアフリーじゃないと躓いて転んだりするから危ないのよ」
「お婆さまはお幾つになられたのですか?」
「あたしゃ九十二になったよ」
葵の問いかけに老婆が答えた。
しっかりとした口調で声も大きい。
「わあ!お元気ですね!本日はよろしくお願いします!」
「随分と元気だね。耳はハッキリ聞こえとるよ。補聴器もつけとるんだ。普通に喋りなさいな」
大きな声で呼びかける葵に老婆は顔を顰め、リビングのソファに腰を下ろす。
慌てた葵が頬を赤く染めて謝っている。
どこからか一匹の猫が現れて、ソファに座る老婆の隣に飛び乗った。
黒地に白のハチワレと呼ばれる柄で、白足袋を履いたような模様だ。
老婆に頭を擦り付け、ゴロゴロと喉を鳴らしている。
座る老婆の前に腰を落とした教授が話しかけた。
「タエさん。お久しぶりです。ご無沙汰してしまいましたね」
「先生かい。前はすまなかったねぇ。ちょっと風邪を引いただけで、みんな大騒ぎするから」
「いえいえ。お元気でしたら何よりですよ。今日はお時間いただいてありがとうございます」
「こんなばばの話がお偉い学者先生の役に立つのかね。まあお座りなさいな」
「いつも貴重なお話を聞かせていただけて、大変参考になっています。では失礼しますね」
教授が向かいのソファに腰を下ろした。
懐から福砂に包んだ封筒を取り出した。
洋菓子の詰め合わせに乗せて、おばさまに差し出す。
「本日はお忙しい中時間をいただき、ありがとうございます。些少ですが御礼と、こちらはお口に合うかわかりませんが、どうぞ皆さんで召し上がってください」
「いつもすいません。気になされないで結構ですのに」
おばさまが暖かい緑茶を出してくれたので、ありがたくいただく。
テーブルに幾つかの資料やノート、ICレコーダーを置く。
おばさまが丸椅子を出してくれたので、撮影の邪魔にならない場所でアキは座った。
マサムネと葵はカメラの後ろに着いているようだ。
セッティングした三脚の後ろに丸椅子を置いている。
「まだ畑仕事はやられているんですか?」
「動けなくなるまではねえ。この子も畑に畑に着いて来てくれるし。何も心配ないさ」
教授は猫を撫でるタエの言葉にうんうん頷いている。
「じゃあ、加藤くん、向井くん、カメラをよろしく頼むよ」
教授は三脚の後ろに立つマサムネと葵に指示を出すと、ICレコーダーのスイッチを入れた。




