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水称探偵  作者: 式ノ似嬢
4/6

白詞

 被写体は完璧な表情を崩さずに佇み、それを真似した絵は人を模していく。

 湾曲した線を描く度に、完璧なまでのモデルと稚拙な絵描きの差がハッキリと分かる。

 モデルと背景は確かに一級品だ。

 彼女は全ての背景に同化し、その自然体は被写体として最高級品だろう。


 彼女は、天才であり。

 自分は、紛れも無い凡人だ。


 乱雑でも不格好な絵という訳でもないが、天才の所業と比べると比例して異なる。

 快晴の名を受け継いだ俺には分かる。

 天才と凡人には、明確な差がある。


 それを、俺は他人を通して知った。

 目の前の、天才との出会いで。


「浅日山の山道に、石碑があるのは知っていますか?」

「石碑?……いや、知らないな」

「ええ。文は知らないでしょうが、私は知っています」


 七日高校の裏手。


 背に聳え立つ二千メートル級の山々の一つとして、其処はある。

 名を、浅日山。

 真冬時、日を浅くする場所として銘打たれた浅日山は、日照の問題で昔から忌み嫌われた山であり、この街の象徴でもある。

 其れに連なる浅日山連邦は登山家の中でも有名な部類であるらしく、そう言った観光客や登山客でにぎわうのもこの街の特徴だ。

 意味ありげに笑みを浮かべながら、彼女は続ける。


 美術部の部室。隣りにあるは、準備室と銘打ったガラクタ置き場で、内緒話でもないが二人きりの空間が続いていた。西やらが何かをほざきながら泣き真似をしていたが、そんな羨ましい空間でもないだろう。

 確かに彼女は、この学校のスターには間違いはない。

 だが、女性としては明らかに難癖が強い。

 話題をこうして綴るならともかく、それとこれとは話が違う。


 そういう所も歯がゆい。

 いわば、このように。


「マウントを取ろうとするな」


 その反応を楽しむかのように、彼女は笑う。

 筆を動かし、素体を纏めていく。


「知っている事を公言しただけですよ?」

「……それで?その石碑がどうしたんだ?」


 腕が止まっていると彼女が急かすので、仕方がなしに腕を動かす。


「とある登山部の方が、山道から離れた石碑を見つけたのはつい先日の事です」


 九月の折には、七日高校の生徒が参加をする山岳遠征という行事で使用される。運動部の連中はともかく、文科系の部活に属する暇人共に苦言を呈される山としても有名だ。

 その浅日山と、それに連なる浅日山連邦をこよなく愛し活動を続けるのが登山部。夏や秋のシーズンにはその他にも様々な山へと入り、珍妙な事件に出会う事が多い。

 今回はその最たる例だという事だろう。


「山道の中腹辺りに分かれ道を発見したその部員は、ふとその方へと足を延ばしました。それは一本道の緑葉生い茂る細い林道の様で。_そして、其処にそれはありました」


 知人の顔が浮かぶ。

 ああ、多分此奴だろうと決めつけるように。


「比較的新しかったその石碑には、条文などが一切掘られておらず。唯、日付だけが彫られていたそうです。その傍には、真新しい花束が添えられていました」

「花束?」

「ええ。面白いと思いませんか?」


 何も記述がない__ね。

 石碑はその場所で起きた出来事や事件を記し、後世に伝えるものだろう。

 それは特定の誰かに向けられた説明ではなく、無尽蔵な誰かに知ってもらうための手段だ。分かりにくい石碑など意味を成さない。看板や案内板とは違う。その出来事を、記した思いを知ってもらうための手段だ。

 書き記せないというのに、石碑にする意味はない。


「何も記さず、日付だけが描かれた石碑には、一体何を残したかったのでしょう?」

「何故それが石碑だと言える?唯の悪戯という線が濃厚じゃないか?」

「文君は、明らかに加工された石に彫られた”真新しく小奇麗な文体”で書かれたている物を悪戯で片づけますか?」

「__その日付は、明らかに誰かが彫ったものであり、加工されたそれは確かに石碑として見える……と?」

「ええ。その石碑は、その上で日付だけがあるのです」


 意味ありげに。_と彼女は付け足した。


「石碑というのは何を成したか、何があったか、何を伝えたいのか。それが無くては機能しません。石碑は、メモではなく記述なんです。赤の他人に伝えるための手段です。

 なのに。彼、もしくは彼女が伝えたいのは日付のみだった。内容がある訳ではない。理由がある訳ではない。これって」


 メッセージが無い。日付だけの其れは。


「十分に、怪奇だな」

「ええ、私も思います。まるで怪談話にありそうですね」




 ミステリーもサスペンスも変わらん。__らしい。

 


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