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水称探偵  作者: 式ノ似嬢
2/6

理科室の探偵

 七月の折。

 静寂を吹き飛ばす程、様々な音に溢れた廊下を渡り例の場所へと向かう。

 そこは幽霊沙汰で著名になり、七不思議の一角に属した理科室。

 茹だれるような暑さに嫌みを垂れながら、その扉に手をかけた。


 その扉は予想通り鍵がなく、大した手ごたえも無く其れは開く。

 スケッチブックに力を籠め、その場所へと足を踏み入れた。


 第二理科室内は空調が利いていないにもかかわらず、夏の暑さとしつこさを感じさせなかった。

 左端に寄せたように纏められた水槽には、理学部の研究材料でもあるピラニアが数匹。一つの水槽にまとめられたそれ以外の水槽には、特に何がいる訳でもない。

 時刻は七時を回り、薄暗い周囲が雰囲気を醸す。

 静まり返った教室に、扉の開閉音だけが反響した。

 外側から掛けられるはずのカギは無く、中にはカバンの一つも見えない。鍵をかけたの追忘れたにしては、その教室の整備は行き届いている。元々、第二理科室を使用している部活は無い。ここを管理する教員は生真面目な男で、環境整備に余念がない。

 待ち人は居た。

 同じ七日高校の制服で着飾った彼女は、此方を見定めると声を掛ける。


「やあ、文の上。奇遇だね」


 彼女は、水称探偵。

 水称探偵は、いわゆる名称だ。

 名前として個を示さないその名前は、五年前から続いている。

 彼女自身が五年前から水称探偵なのか。それとも別な誰かから受け継いだものか。それを知る事は出来ないが、少なくとも彼女が水称探偵である事は間違いない。

 理科室の幽霊として名を馳せている探偵は、紛れも無い彼女だ。

 理科室の探偵は意気揚々とスケッチブックを受け取る。それを横目に、自由となった腕で首元を緩めた。だらしないと笑う彼女が、続けて言葉を選ぶ。


「夏の暑さってのは、どうしてこうも変わらないんだろうね。陰湿で怠惰って言うか」

「どんな季節でも文句は途切れんだろ。お前は特にな」


 水称探偵はその依頼料として、気に入った作品を所望する。

 それが報酬であり対価だ。大抵の場合それは著名な作品ではない。彼女は依頼人の作品を所望する。彼女にとって価値は重要ではない。

 だがそれは俺には当てはまらないらしい。

 手渡したスケッチブックには十九番目の文字と、達筆に書かれた晴天の二文字。

 

「”青天”が作成した作品だ。資料集みたいなものだがな」

「あ、ありがとう。でも君、依頼をしに来たように見えないけど?」


 そう吐くと、彼女は大層にそれを抱きしめる。

 晴天は六年前から活動している、この学校出身の画家だ。名を朝霧(あさぎり) (まり)と言い、五年前に自殺した理科室の亡霊だ。彼女が何を以て自殺をした有名と広がり、絵師ではなく探偵として秘色待ったのかは知らないが、少なくとも当時朝霧(あさぎり) (まり)が絵師として著名だったのは郊外構内含めての事だった。

 その上で、水晶探偵という尾ひれがついたのかは何時かは知らない。

 それは最近の事にも思えるし、遠い話とも思える。

 少なくとも、幽霊という看板を背負ったのは水称探偵である事に変わりはない。


 幽霊であり探偵である。

 名前を失った彼女は、その性質で存在している。

 そして、水晶探偵はその推理の対価として絵を所望する。


「この前の報酬だ、御遠慮せずに受け取り給え」


 水称探偵は、机を椅子に見立てて腰を下ろす。


「これは義務で別に払わなくてもいいのだが……。君は嫌に律儀だな」


 律儀であるはずがない。

 支払うべきものの話とは関係がない。


「まぁ、私の義務は変わらないのだが__」


 その時だ。

 空気の読めスマホが手元を揺らした。舌打ち交じりに取り出すと件名は友人。碌でもない件名を連ねて早く来るように伝える。


「おい。__大人しく待て。駄犬」


 直前に毒を吐きながら、彼女の方へと振り返った。


「今日は予定が込んでてな。お前と違って暇じゃないんだ」

「そうかな?私は、君が暇で暇でしょうがないと思っていたけど」

「幽霊であり続けるお前とは違うんだよ。探偵」

「ああ、そういえば人嫌いで有名だったね。今度からは気を付けるよ。文の上」


 理科室から出ると、薄暗い中庭で手を振る友人の姿が見えた。

 暇な男はスマホ片手に何かをほざいている。それを横目に、スマホの着信拒否を押す。連ねられた駄文に対しては、流行りの煽り文句を連ねる事で対処した。

 これで大人しくなるだろうと、楽観的に息を吐く。


 肌寒くなった廊下を歩きながら、うるさいスマホの電源を落とした。

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