7
裏風嵐の磯の高みに立って、大狼は海に目をはせていた。
あいかわらず雲の多い空だったが、その隙間から今日はめずらしく太陽が顔をのぞかせている。薄日が雲間から射し込んで、凪いだ海を白くかがやかせている。
静かな冬の海。
この海上をいま、異人の軍船が波を切って進んでいるとは。
大狼はまだ信じられない思いだった。
だが、我にかえって見まわせば、風嵐のまわりにもひしめく船と武人の群れ。これは、まぎれもない現実なのだ。
異人を本土に上陸させまいと、大那の軍船はみな風嵐に集中している。岸近くに停泊している帆船は約三百隻。三、四人乗りの小さな漕ぎ舟は五百を少し超し、兵は五万。これが今日までにかき集められたすべてだった。
大那軍の中に稀於の姿はなかった。
どうしても戦いに加わると言い張ったらしいが、〈蛇〉の惣領の命令には勝てなかったとみえる。彼は、戦は男のものであると頑固に思い込んでいる者の一人なのだ。
大那の戦力は彼女が加わらなかったことでほんの少し衰えたことになるけれど、大狼は蛇の惣領の頑固さを心ひそかに感謝した。
異人は千隻中、ほぼ五百隻の船をこちらに向かわせているという。
「大那は甘く見られているようですな」
報せを聞いた火葦が、ぼそりと言ったものだ。
異人は半分の軍船で大那に上陸できると踏んだらしい。一晩でやすやすと伊槻を攻略した経験もある。今回もたやすく征服の足がかりをつけるつもりでいるのだろう。
「なあに、すぐに後悔させてくれるわ」
笑い飛ばしたのは、大王の名代で来た〈獅子〉の久宮だった。顎髭を恐ろしげにはやした、筋骨たくましい大男である。豪胆さを絵に描いたような人物で、(頭は少々軽そうだったが)戦いの将としての効果は充分だった。
大那に必要なのは、この強気なのだと大狼は思う。彼を派遣した大王も同じ思いだったのだろう。
確かに異人の軍船は大那の帆船の二三倍はある。船数はこちらの方が多いが、兵力にすれば同じくらいにちがいない。大那では昔からほとんど海戦がなかったので、戦い方も不利かもしれない。
しかし、異人をもう少し食い止めていられれば、遠方の国からも援軍はやってくる。
大那は広い。時間を味方につけさえすれば、異人の傲慢を久宮の言うように後悔させることもできるはずだ。
帆船が、大狼の眼下で次々と帆を上げはじめていた。冷たい潮風が帆をばさつかせる。
大那を守るために、戦わなければならない。
人々は、みながみな決死の思いで戦いを迎えようとしているのだ。むろん、大狼も。
こんな抜き差しならない場面に遭遇するとは、想像さえしたことがなかった。
誰かを殺すくらいなら、自分が死んだ方がましだと大狼はずっと考えていた。
だが、いまはまだ死ぬわけにはいかない。
大狼は大きく深呼吸し、着慣れない鉄の甲冑をがちゃがちゃいわせながら浜辺へと駆け下りた。
久宮の船を先頭に、大那の船団は沖へと進んだ。
大狼も風嵐の帆船の一隻に乗り込んでいる。甲板に立つと、風は頬を斬るように冷たかった。船々のたてる波が、青みを帯びた鉛色の海にいくつもの線を描いている。
昼を少し過ぎたころ、帆柱に登っていた物見が叫んだ。
異人の船が見えたのだ。
先日、その一隻を見た大狼は覚悟していたつもりだった。だが、その覚悟をゆるがす威容で異人の船は近づいて来る。
横に長く隊を組んだ船団は、水平線のほとんどを占めているようにも見えた。
高い船体のぐるりには、それぞれ違う幾何学模様が鮮やかに彩色されていた。どの船にも共通なのは船首に描いた巨大な眼だ。会うものすべてを射竦めるような鋭く見開いた眼。
船側から出た幾本もの長い櫓が、少しの狂いもなく正確に調子をそろえて動いていた。風をあてにするよりも、船の速度はずっと速いものになる。
大那軍は、はじめて異人の船を目にする者が大部分だ。彼らの驚愕が、大狼は手にとるようにわかった。
とにかく、大きいのだ。大那の船と比べれば、ほとんど猫と鼠の差。
だが、ここで弱気になってはいられない。
小回りのきく漕ぎ舟で異人の船をとりかこみ、錯乱させ、船内に斬り込みをかけるというのが大那軍のたてた戦法だ。
見上げるばかりの船団を前に、大那軍は果敢に戦闘の雄叫びを上げた。
敵船の甲板には、弓を構えた異人がずらりと並んでいた。金色の長髪が燃え立つように海風になびいている。船首の上には、投石器のようなものが置いてあり、そばに三四人の異人がついている。
あれが鉄玉か。
大狼がはっと悟ると同時に、その船首から黒いものが勢いよく投げ出された。さほど大きくはないと思えたそれは、大狼の船の先を行っていた帆船の甲板に命中した。
とたんに、聞いたことのないような轟音がとどろいた。大波が立ち、大狼の船もぐらりと揺れる。思わず目と耳をふさぎ、再び目を開いた時には炎上しながら傾いていく帆船が見えた。
驚いている暇も与えず、敵船は次々と鉄玉を放ってきた。轟音はそこかしこで起こり、船体を粉々に吹き飛ばされながら、早くも何隻かが沈みかけていた。
大那のどの船にも、凄まじい恐慌が走った。大狼の家人の中にも、弓を構えることさえ忘れている者もいる。
「作戦は変わらないぞ!」
大狼は船頭に叫んだ。
「敵船の懐にもぐりこむんだ! 近くに寄れば鉄玉は使えない」
他の将たちも、大狼と同じことを命じているらしい。異人の攻撃にひるんだのは最初ばかりだ。あとは覚悟を決めて敵船に近づいて行く。漕ぎ舟は帆船よりも早く敵船の下に回り込み、火矢を射かけた。
鉄玉はそうしている間にも炸裂し、味方の船に犠牲が出た。敵船の上からも矢が降って来る。
だがやがて、大那の船が敵船と接触するにつれて鉄玉の轟音は間遠になった。
鉄玉は恐るべきものだが、敵味方が入り交じった時には威力が強すぎて使えない。まかりまちがえば、味方を傷つけることになるのだから。
作戦の的中は大那人たちを力づけた。戦いのただ中で大狼は家人たちを鼓舞し、次々に矢を射かけた。矢は数倍にもなって反って来た。
敵味方の叫びかわす声、弦のうなり。波を叩く櫓の音、船同士がぶつかりあう不気味なきしみ。悲鳴とともに人が海に落ち、重い水音をたてた。
それらいっさいを、大狼は遠いところで聞いているような気がした。
自分が上げている声ですら、他人のもののようにしか感じられない。意識ばかりは妙に冴えていて、これが戦いなのだろうと、しきりに自分に言い聞かせているようだった。
敵の矢の一本が、大狼の甲に当たって跳ね返った。大狼は弾みをくってよろめいた。彼をささえた家人の顔も、矢がかすめたのだろう。血と波しぶきとでくしゃくしゃになっていた。
めずらしく鉄玉が放たれ、それはすぐ脇にいた舟に命中した。
舟は水煙を上げて木っ端微塵に吹き飛んだ。大狼の船もそのあおりで大きくかしぎ、乗っている者みなが甲板に叩きつけられた。
横波が甲板にかぶさってきた。大狼はしたたかに海水をのんで咳き込んだ。
しかし、沈没はまぬがれたようだ。船はゆっくりと水平にもどろうとしている。
甲が脱げ落ちた。びっしょりと濡れた髪をぶるっとふって立ち上がりかけた時、大狼ははっと息を呑んだ。
舳先の向こうの波の上に、白っぽい人影が浮いている。
大狼は自分の目を疑った。
だが、まさしく浮いているのだった。くりひろげられている戦いをものともせず、超然と身体を伸ばして。
戦いの混乱で気づかなかったが、海上にはだいぶ風が出てきていた。風は彼の白っぽい衣をはためかせた。腰より長い黒髪は、空にむかってひるがえった。
髪の間から、彼の顔が見えた。その瞳の色も。
大狼が手白香で会った少年だ。
敵味方ともに、少年の存在を気づいたようだ。あちこちで、驚きの声が上がっていたから。
異人の矢が、次々と放たれた。少年がちらと目をくれただけで、それらは途中で力なく波間へと落ちていった。
幻ではない。大狼はごくりと唾を呑んだ。戦のただ中に、こともなげに空に浮かんで立っている彼は、まぎれもなく実態だ。
風はますます強くなっていた。
空は暗く、波が白く泡立って船を弄ぶように上下させた。船縁に掴まらなければ立っていられないほどだ。
少年の長い髪は、別の美しい生きもののように風にひろがり、なびいていた。
大狼は、息を殺して少年を見守った。
少年は海に向かって片手を一振りした。
一瞬、風が静まった。
とたんに、
海の上が、薄い布かなにかのように大きくたわんだ。
海面が、みるみる陥没していく。船は、おそろしい速度で下へ下へと落ち込んだ。
はいつくばって船から振り落とされないようにするのが精一杯だった。
敵味方の船は、波が作った巨大な斜面をどこまでも滑り落ち、と思う間に、海の底から凄まじい力がつき上がってきた。身体全体をゆるがすようなとどろき。そして、海が盛り上がった。
大狼は、自分の船が大きく空に投げ出されるのを感じた。再度の目眩むような下降感とともに、高波がおおいかぶさってくるのを見た。
船は横にかしぎ、人間たちは絶望的な悲鳴をあげながら甲板をころがった。
大狼とて、どうすることもできない。渦巻く波は船を弄ぶ。大狼がなんとか身体をささえようと身を起こしかけた時、船が再び大きく傾いた。
大狼はよろめき、帆柱におもいきり頭を打ちつけた。
憶えているのはそこまでだ。幸か不幸か、気を失ってしまったから。
寒かった。
濡れそぼった身体に、北風がようしゃなく吹きつけてくる。
しかし、動くのもおっくうだ。また眠ってしまえば、寒さなどすぐに忘れてしまうにちがいない。
大狼は、いま開いたばかりの目蓋を閉じかけ、はっと正気にもどった。
寝てしまえばなにもかも終わりだ。おそらく、衰弱死が待っているだけ。
大狼は、そろそろと身を起こした。身体が自分のものでないかのように重く強ばっている。
傾いた甲板の上だった。大狼は、船縁に身体を押しつけるようにして倒れていた。
近くにかたまり合うようにして、三人の家人がうつぶせに横たわっている。
大狼は、彼らに這い寄った。だが、確かめるまでもなかった。彼らの顔には、すでに生白い死相が現われていた。
大狼は、歯を食い縛った。
助かったのは自分だけか?。
両目をこすり、よろりと立ち上がる。身体ががたがたと震えだしていた。寒さと、自分たちに起こったことのために。
昇りはじめた太陽が、ようやく空を明るませている。船に揺れはなかった。ここは地面の上なのだ。
大狼は、地面にめりこむように傾いていた甲板から飛び下りた。凍えた足は感覚もなく、そのまま転んでしまう。
がちがち言い続けている歯をおさえるために、顎にぐっと力を入れてあたりを見まわす。
船が大破したまま打ち上げられていたのは、山の斜面の段々畑だった。畑はずっと下の松林までつづき、あとは海が見えている。
早朝の海は暗い鈍色、昨日のことなど嘘のように静まりかえっていた。
眼下の光景えさえなかったら。
畑は木屑や海藻まじりの泥に覆われ、林の松や雑木はもののみごとに薙ぎ倒されている。折れた松にひっかかるようにして、船の帆や、船首の一部らしきものもあった。
波はこの高い斜面までも上ってきたのだ。恐ろしい大津波となったにちがいない。大狼の船は波に乗ってここまで打ち上げられ、大狼ばかりが奇跡的に助かった。
しかし、ここはどこだろう。
厚い雲に遮られながらも、空がいくらか明るさを増してくるにつれ、水平線と遠い島影が見えた。あれは伊槻島だ。ということは、ここは裏風嵐。
そういえば、見覚えのある場所だった。津波の爪痕のために面変わりしたとはいえ、あの松林の下に村があり、父はじめ留守部隊のあらかたがいたはずだ。
大狼は愕然とした。
父たちは、あの大津波にまっこうから襲われたのだ。
身体の震えはいっそう増して、立っていられないほどになった。大狼は這うようにして段々畑の上の雑木林に上り、湿っていない枯れ枝を二本折って擦り合わせた。
しばらく格闘した結果、火種が生まれた。身体を動かしたことで、いくらか手先も自由になった。
大狼はようやく焚き火を作り出した。枯れ枝をどんどんくべ、燃え上がる炎をむさぼった。
身体が暖まってくるにつれ、涙が溶けだすように目からあふれた。
昨日自分を見送った時の、父の深みのあるまなざしが思い浮かんだ。
何も言わず、ただぐっと大狼の腕を握り締めた。おそらく、あの時父は、この戦で息子を失うことになるかもしれないと覚悟を決めていたのだろう。いま生きているのは、大狼の方だというのに。
いったいあの時、何が起こったというのだろう。
大狼は両手でごしごしと顔を擦り、昨日のことを思い返した。
大津波を起こしたあの少年は呪力者なのか。とてつもない呪力を持った〈龍〉。
どこから現れたのか、大那を異人から救ってくれた?
いや、昨日のことを考えれば、叩き潰されたのは異人以上に大那の方だ。異人の船も惨憺たるありさまになったにちがいないが、大那の方は海岸部まで大津波に見舞われたのだ。
おそらく、香嶋や舞波の浜々もひどい被害を受けているにちがいない。
稀於は無事だろうか。
大狼はのろのろと立ち上がった。
ここであれこれ思いめぐらしていたところではじまらない。
まずこの目で被害の様子を確かめなければ。
かつて、小さいなりにも村を形づくっていた家々は、波が根こそぎ持っていったと見える。影も形もなくなっていた。
かわりに、岩の多い磯浜にひろがっていたのは目をそむけたくなるような光景だった。
岩と岩との間に挟まるようにして、磯一面に数知れない水死体が打ち上げられていたのだ。
金髪の異人の死体もあれば、大那の武人の死体もある。それらにまじって家の屋根や船の残骸。異人の船に描かれた眼の一部らしい木片、主を失った壊れた甲冑。みながみな寄せる波に洗われ、恐ろしく静かに青ざめている。
大狼は、その場に膝をついた。
両手で顔をおおい、やがてその場所が、つい昨日自分が出陣前に海を見はるかしたところだと気がついた。
あまりにも、ひどすぎる。
大狼は歯を喰い縛った。
なぜこんなことが起こったのか。
大狼は肩を震わせた。神官たちは、こういうありさまを見たくがないために命を絶ったのだろうか。
大狼はしばらくの間、同じ格好で座り込んでいた。と、背後に人影を感じてはっと顔を上げた。
驚いたようにこちらを見ているのは、大狼も知っている男だった。
大狼の館の家人。父に館の留守居を言いつかっていた入鍬という老人である。
「若殿……」
彼は、まだ自分の目が信じられないとばかり、喰い入るように大狼の顔を見つた。
「ああ、だいじょうぶだ」
大狼はささやいた。
「おれはまだ、生きているぜ、入鍬」
「若殿……」
入鍬は、大狼の前にひざまずいてはらはらと涙を流した。
大狼は、彼に昨日のことを話してやった。ここに大津波をもたらした波が、異人軍と大那軍の両方の船団を呑み込んでしまったこと。自分は奇跡的に助かったことなど。
「異人にとっては、不利になりましょうな」
入鍬は、やがてぽつりと口を開いた。
「大那の兵はまだまだ集められるでしょう。じゃが、異人はこれで半分近くの船を失ったことになる」
自分自信に言い聞かせているような口調だった。そうでなければ、自分の主人や身内の死が無駄になるとでも言いたげな。
「ああ」
大狼は、うなずくことしかできなかった。
残された者には、悲しみに浸っている暇などなかった。もっと現実的な仕事が待っていたのだ。
風嵐で無事だったのは、館に残っていた老人たちと、出陣するには若すぎた少年たちだった。
大狼は彼らと手分けして、打ち上げられた骸を荼毘にした。陸に引き上げられた死体の中には見知った顔もあり、そのたびに大狼はやりきれない思いを感じた。
父のものがなかったことだけが、せめてもの幸いだった。まだ生きているのではないかという期待にすがりつくことができる。
父の死に顔など見たくはなかった。
二日がかりで辛い仕事を終え、大狼は三日目の朝にひとまず館に戻った。
香嶋の海岸や舞波の近くにも、青みをおびた灰色の煙のたなびきが見えた。暗い灰色の空に、それは幾本も立ち昇っていた。
津木に渡った者の話では、被害は香嶋の北海岸と舞波周辺に集中していたという。津波は風嵐にぶつかって二つに分かれ、外側から舐めるように浜々を呑み込んだのだ。
向かいにある風嵐のために、津木の被害が一番少なかった。大那の騎馬軍は、いまぞくぞくと津木に集まっている。
そういった報告を聞き、大狼は仮眠をとるために自室に入った。ぐったり横たわると、我ながらくたびれた雑巾のようだと思った。
悲しみよりも、睡魔が勝っていたのは幸いだった。大狼はたちまち眠りの淵に落ち込んだ。
「若殿!」
室に駆け込んで来た家人の声で目がさめた。まだ十三四の少年だ。
「どうした?」
重たい頭を振りながら大狼は身を起こした。髪の毛をくしゃくしゃと掻きまわす。
「異人です! 若殿」
少年は大狼にすがりつくようにして叫んだ。
「異人の船が風嵐に近づいてが来ます。伊槻にいる残りがありったけ」
「なんだって!」
大狼は、がばりと立ち上がった。
伊槻に残った異人の船だって、かなりの被害を受けているはずだ。異人はそれをものともせず、すぐさま戦をしかけてきたのだ。
確かに、大津波後の混乱で異人の大那上陸はたやすくなった。いまのところ大那には、もう海軍と呼べるものはないのだから。
だからといって。
大狼は身ぶるいを覚えた。
なんという連中なのだろう。仲間の死を悼む時間すら惜しみ、むしろ好機と押し寄せてきた。
大那の人間には理解できない行動だ。大那人は死者の霊鎮めを最優先する。敵味方関係なく、むしろ敵の方を念入りに。
「狼煙を上げて津木に報せるんだ」
大狼は、室を出ながらめぐるましく考えた。
「それから、裏風嵐にいる連中をすぐに呼び集めろ。風嵐を出る」
「逃げるのですか? 若殿」
驚いたように少年が言った。
「そうとも言うな」
大狼は手を伸ばして、少年のまだ子供っぽい頬を軽くつまんだ。
「だが、よく考えてみろ。いま風嵐にいるのは何人だ? ここで異人を迎え討っても、ひとっかけらも勝ち目はないぜ」
「でも……」
少年の大きな目は涙でうるんでいる。大狼は急いで顔をそむけた。
「無駄死にの必要はない。津木に渡るんだ」
きっぱりと大狼は言った。
「だが、必ず戻って来るぞ」