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私も十夜も、連日忙しく過ごしていた。


屋敷には寝に帰るだけというありさまで、それこそ余計な事を考える物理的な時間がなかった。


そうして一週間が過ぎた頃、団体のお客様の訪れが、やっと落ち着きをみせはじめた。


カラカラ、カラ。


入口の引き戸が、少し遠慮がちに開かれた。


「いらっしゃい……!」


私は振り返って、目を剥いた。暖簾越し、お客様の顔はまだ見えない。


けれど私の視線は、お客様の足元に釘付けになっていた。


お客様はまさかの、ペット同伴だった! い、犬!?


初めての事態に少し、動揺した。それというのも、三途の川に暮らして二十年、ペットという存在を初めて見たからだ。


「あぁ、いえいえ。私は客ではありません。今、十夜はおりますか?」


わ!

暖簾が割れ、お客様の全貌が顕わになる。そうすればその色彩で、一目でその人は天界からの訪問者と知れた。


赤銅色の濃い肌に、灰色の短髪。整った目鼻立ちの青年は、十夜によく似た長衣を纏っていた。けれどその人は着崩さずに、キチンと襟元まで留めて着ていた。十夜はいつも、インナーの上にザックリと羽織っている。


「あ、十夜なら船の修繕に行っています」


リードで繋がれた足元の犬も、落ち着いて二度見をすれば、普通の犬ではあり得なかった。


……あれ、狛犬ってやつだよね? その犬のもくもくと渦巻く側頭部や尾は透き通り、有機物であるのかすら怪しかった。


「昨晩の豪雨で川が荒れていて、流木か何かが出航前の船を傷つけたようなんです。運航は代替えの船を呼び寄せて、事なきを得たんですが、十夜は今日中に直すって意気込んでました。だから少し、時間が掛かると思います」


十夜に用事ならば、直接行ってしまった方が早い。


「そうですか、雨の被害もありましたか。それから、三途の川は連日忙しかったと思いますが、状況はいかがですか?」


「はい、一昨日くらいまでは団体のお客様で本当に大変な盛況だったんですが、昨日はほとんどいらっしゃいませんでした。大分、落ち着いてきたようです」


「そうでしたか、それはお疲れ様でした。……今は、店内にお客はいないようですね」


その人は十夜の元に向かおうとはせず、店内を見渡していた。


「あ、そうですね。通常の営業だと、わりと開店直後はこんな感じです。団体のお客様は昨日で一区切りかもしれません」


そうして一通り店内を見回した後、ゆっくりと私に向き直る。


「ご挨拶が遅くなって申し訳ありません。私は十夜と同じ七天神で、各所の管理者の統括役もしております、仁王と申します。あの、もしよかったら店内で待たせていただいてもよろしいでしょうか?」


「十夜がお世話になっています!」


なんと、この人が、お酒好きの統括役。実際に会うのは初めてだけれど、話には聞き及んでいる。


「私は幸子と言います。仁王さん、どうぞお掛けになって下さい。お茶を淹れます」


「ありがとうございます。あ……、コマも店内に入れて、構わないでしょうか?」


席に着こうと、店内に進みかけた仁王さんが立ち止まり、遠慮がちに尋ねた。


「はいもちろん! コマちゃんって言うんですね。とっても静かでお利口さんですから、どうぞ一緒に入って下さい」


そもそも『ほほえみ茶屋』は、何人だろうと入店制限は設けていない。ならば狛犬も、またしかり。


私はしゃがみ込み、コマちゃんの頭をそっと撫でた。


「わ、ふわふわ」


コマちゃんは、私の手に頭を摺り寄せるようにして甘えてきた。やはり側頭部のもくもくの渦巻きは、触れているのにその感触がなかった。ただ、ほこほことした温もりだけがあった。


「きゅーん、きゅーん」


「ふふふっ、可愛い」


コマちゃんは、そのガタイからは結び付かない甘えた声で鳴き、物凄く懐っこかった。


けれど何故か、仁王さんは岩のように固まって、私とコマちゃんを見つめていた。


「すいません。ついつい可愛くって。すぐにお茶、お持ちします」


一通りコマちゃんを撫で回したところで、私はやっと手を引いて、足早に厨房に向かった。




厨房から戻ると、コマちゃんが仁王さんの膝抱っこで喉を鳴らしていた。


小型犬ならさもありなん。けれどコマちゃんは大型犬。大型犬のコマちゃんを満面の笑みで膝抱っこする仁王さんの姿は、ちょっと衝撃だった。


「きゅーん!」


私に気付いたコマちゃんが一声嘶く。


立ち尽くしていた私はハッとして、テーブルに煎茶と団子を置いた。


「すいません、お待たせしました。どうぞお上がり下さい」


するとコマちゃんはすぐに、きな粉の団子に鼻先を寄せた。


「きゅんっ、きゅんっ」

「コマ、ちょっと待って下さいね? 幸子さん、さっそくいただきます」

「はいどうぞ」


他にお客様もいなかったので、私も仁王さんの向かいに腰掛ける。


仁王さんはコマちゃんの頭を撫でると、きな粉の団子に手を伸ばした。団子を皿に置くと菓子箸を使って、器用に団子を串から外す。


そうして外した団子の一玉を菓子箸に刺すと、コマちゃんの口元に寄せた。


「ほら、コマ」

「きゅーんっ!」


団子はパクッと、コマちゃんの口内に消えた。


「コマ、美味しいですか?」

「きゅーんっ」


コマちゃんはご満悦に嘶いた。


「そうですか。では私もいただきます」


えっ!?

仁王さんはコマちゃんにあげたのと同じ菓子箸で外した団子の一玉を頬張った。


「本当だ、とても美味しいです」

「お、お口に合ったようでよかったです」


私は内心、仁王さんの愛犬家っぷりに驚嘆していた。


「きゅーん」


仁王さんの袖を引き、コマちゃんが強請るように鳴いた。


「もっとですか? はい、どうぞ」


どうやら仁王さんは、愛犬のコマちゃんと同じ箸で食べる事に、まるで抵抗がないらしい。


仁王さんは再び、同じ菓子箸でコマちゃんに団子をあーんした。


そうして仁王さんとコマちゃんは仲睦まじく、同じ菓子箸で全部の団子を分け合った。


「よかったらおかわりをお持ちしましょうか?」


「いえいえ、とんでもない。もう十分いただきました」


仁王さんは一呼吸置くと、私にこれまでとは打って変わって真剣な眼差しを向けた。同時に仁王さんの膝にのっていたコマちゃんが床に降りた。


「幸子さんはもう、二十年になりますね。こちらの暮らしに不自由はありませんか?」

「はい。十夜にいつも、助けられています」


若干の違和感を感じつつも、私は仁王さんの問い掛けに素直に頷いた。


答えた通りで、ここの暮らしに不自由を感じた事は一度もない。日々の暮らしの必需品は潤沢に整えられている。


だけど十夜は、物質的なところ以上に私の思いを尊重し、居心地のよい日々の暮らしを与えてくれる。


「十夜がね。正直、アレがそんなふうに気が回る奴だとは思いもしませんでした」


意外だというように、仁王さんは首を捻っていた。


十夜という人は、気遣いの人だ。私の心の機微を敏感に察して、いつだって私に寄り添う。


私にそれと気付かせぬように、私の感情を先取って、立ち回る。


「単刀直入に聞かせていただくのですが、幸子さんと十夜は夫婦の関係ではないのですか?」 

「……はい、私達は夫婦ではありません」


夫婦どころか、私と十夜の関係にはなんの縛りも約束もない。


「幸子さんは、この地にずっと十夜と暮らすのではないのですか?」


三十年と、ゴールの決まった始まりなのだ。だからそもそも、私と十夜に未来を語らう余地などあろうはずもない。


当初、しきりに乗船を勧められていた頃は、脅しみたいに三十年の時の長さを説かれた事もあった。


けれどいつからか、十夜は語る事を避けるようになった。


今はもう、残りの年月にも、十夜は言及をしない。


「ずっと、というのはどうでしょう。ただし、あと十年は必ずいます」


悟志さんと会って、その時私はどうするのだろう? どう、したいのだろう?


……いや。そもそも私は、このあとの十年をどう過ごすのか……。


今はもう、胸に育つ十夜への愛から目を逸らそうとは思わない。そう思えたのは、思わせてくれたのは、先の男性に聞かされた言葉だ。


けれどその先に関しては、忙しさを言い訳にするわけではないが、なんら決断出来ていないのが実情だった。


「あと十年、ですか……。ところで、幸子さんは閻魔帳の存在を知っていますか?」

「え? はい」


唐突な話題の転換に首を傾げつつ、頷いた。


仁王さんの纏う空気が、緊張感を増した気がした。


「閻魔帳は天界でも、関係部署の限られた者にしか閲覧を許可していません。当然その持ち出しは、全てログを取って管理をしている。十夜は気付かれぬと踏んだのでしょうが、少し調べればすぐに、十夜が不当に閻魔帳を呼び寄せた事は知れました。これは私が告発すれば、懲罰に相当します」


懲罰という禍々しい単語に、身の毛がよだった。


「あぁ、そんなに硬くならないで下さい。告発が目的なら、とっくに告発をしています」


私の不安を酌んだのだろう、仁王さんは苦笑して告発を否定した。


「あ……、そうですか」


十夜の断罪が目的でないと知り、ホッと安堵の息を吐いた。


とはいえ、私にこれを告げる仁王さんの真意が掴めない。


私という異分子は、二十年静観されていた。だからあと十年も、変わらずに静観されるのだろうと考えていた。


けれどそれは、考えが甘かったのだろうか。


「これらを総合すれば、ひとつの仮説が浮かびます。閻魔帳を呼び寄せて、十夜は貴方に婚約者だった悟志という者の寿命を告げたのではありませんか? それを聞き、貴方は三途の川で婚約者を待つ決断をした。十夜がかつて告げたであろう、三十年という時を」


仁王さんは私に聞いているようで、聞いていない。


既に、確信しているようだった。


「けれど十夜は、直接生者の寿命を管轄する部署にない。だから閻魔帳の寿命をさも、確定事項のように貴方に告げた」


胸が、煩く騒ぐ。


「それはもちろん、間違いじゃない。けれど、閻魔帳の正確性は100%ではありません。実際は99.9%です。一見すれば高いように見えるでしょう? だが、裏を返せば1000人に1人は閻魔帳とは異なる寿命を辿るという事です」


喉がカラカラに乾く。ゴクリと空唾を呑み込んで、誤魔化した。


「端的に言います。悟志という者は、先ごろ鬼籍に名を連ねています」


聞いた瞬間、全ての感覚が遠くなった。







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