英雄と呼ばれた男
「俺が英雄?」
その言葉に俺は首を捻る。英雄なんて俺に一番相応しくない称号だ。だからそれは俺じゃない。俺が英雄のはずがない。だから俺はその発言を否定する。
「そんなわけないじゃないか」
そう、ありえない。俺が英雄だなんて。だってそうじゃなきゃおかしいんだ。なあそうだろう。
祈るように首へと指先を這わす。ちゃりと銀の十字架が鳴らす音が耳を揺さぶる。きっと祈りは通じてるわと言った声がまだ頭を離れない。
揺らした左腕からはからんと軽い音が鳴る。幾つもの木を組み合わせた素朴な腕輪を瞳に映す。これ兄ちゃんにやるよと差し出された手が今はもう懐かしい。
そのまま指先へ視線を移す。二つ並んだ大きさの違う揃いの指輪が俺の心を掻き乱す。ちゃんと給料三ヶ月分貯めたんだぞと自慢げだった父とそれを見る穏やかだった母の顔が記憶の中で霞んでいく。
泣きたくなるまま右耳に手を伸ばす。小さな蒼いピアスが指に触れる。初めての給料で買ったんだと笑った顔を思い出す。
愁いを堪えて左耳へ触れる。幾つかの石が連なったピアスの冷たさを手で感じる。お母さんに買って貰ったのと喜ぶ顔を今でもよく覚えている。
かつ、と耳を塞いだままの指先が髪飾りへ触れた。俺には似合わない小さな造花の付いた髪飾り。彼に買ってもらったのよと照れたように笑った彼女がとても綺麗だった。
そのまま真下の肩当てへと手を下ろす。俺の趣味とは少し外れた洒落た革の肩当て。似合うだろと聞いてきた兄さんの輝くような表情は忘れられない。
さらに下へと落とした手がベルトに触れて止まる。いつかお前が一人前になったら祝ってやるよと頭を撫でてきた手の感触はもう思い出せない。
剣帯へ軽く手を触れそのまま剣を引き抜く。俺が店で買ったものよりも少し上等の剣帯。剣を抜く前に剣帯を撫でる癖があった彼の姿をなぞる。
ぐ、と足に力を入れて靴が地面へ沈む。何年使っても壊れないくらい丈夫な良い靴だ。いいやつ買ったんだぜと跳ねるようにして見せに来たのはもう遠い思い出でしかない。
「だって」
懐かしい顔が次々と脳裏に浮かんで泣きたいほどに苦しくなる。全部全部俺のせいなんだ。俺が居たから、俺と一緒だったから、俺が一緒に居たいと願ったから。
「みんな死なせてしまったのに?」
そんな俺にできる唯一の償いはこいつを殺して死ぬ事だけだってわかってる。さあ早く一緒に地獄へ落ちよう。
英雄は笑う
壊れたように笑う
心の痛みをそのままに
自ら傷口を抉るように
自分で自分を傷つけ笑う
形見と言う名の呪いを纏い
早く死にたいと笑い続ける
一番初めの呪いとなるのは
育った村の子どもから
貰った手作りの贈り物
村が焼かれたその時に
その子も一緒に焼かれてしまい
腕輪だけが残された
次に付けたのは左耳のピアス
幼なじみのイヤリング
たまたま留守にした時に
野党に襲われ殺されて
血溜まりの中で輝いた
イヤリングだけを持ち帰り
次の呪いは結婚指輪
村から避難する時に
獣に襲われ間に合わず
その場で弔う事すらできず
この指輪だけが両親の遺品
次に彼が身につけたのは
兄に似合いの洒落た肩当て
国を守るため戦って
遺したものはただこれだけ
そのまた次は髪飾り
後方にいた魔女を守れず
割られた頭に残ったものは
血に塗れ染まった髪飾り
共に旅に出た親友も
戦いの中で亡くなって
靴を形見と身につけた
癒しの聖女ももう居ない
治癒の力は命を削り
最期にこれをとロザリオを
手渡されてすぐ事切れた
師匠も死んだと告げられて
これをと渡され身につけた
祝いにもならぬ古びたベルト
街を守るため戦った
勇敢な騎士も既に亡く
形見分けして貰ったものは
まだ新しい剣帯ただ一つ
一番最後に付けたのは
右耳を飾る戦士のピアス
ついさっきまで生きていたのに
もう彼の命はどこにもない
右も左も同じものはなく
無骨なものから綺麗なものまで
ちぐはぐな武装で彼は笑う
形見の真ん中で彼は笑う
空っぽの心で最期まで笑う
俺のせいだと笑い続ける
英雄は強すぎたので誰も英雄の力についていけなかったのです。だから最後に英雄しか残らなかったのです。それは誰も悪くないのに英雄は自分のせいだと自分を責め続けるのです。