知りたがりの少女が恋愛事情を聞かされる。
「ん、木の蘇生も終わったし、リヴァはそろそろ帰れ」
「えっ!? まだ全然魔術とか教えてもらってないのに」
「それなんだけど」
「んぇ!?」
マタンが唐突に左手でリヴァを抱き寄せた。右手はリヴァの剣に触れ、額をリヴァのそれとくっつけて目を閉じる。
リヴァはすっかり固まり、顔を赤く染めていた。あの美青年と急に距離がゼロになったのだ。女はもちろん、男すら今のリヴァのようになってもおかしくない。
その場の全員がマタンの行動についていけない中、二人の足元に複雑な魔法陣が書かれていく。
「俺が普段使ってる文字と、いくつかの魔法陣をお前に覚えさせる。お前とは繋がってるから、こうした方が早い」
「あの、え?」
「この知識を、我が半身に」
言葉に合わせて魔法陣が光る。
「じゃあな、リヴァ」
「え?」
そして、光と同時にリヴァまでが消えた。
「マタン? まさかそのままリヴァを帰したの?」
「ん」
うわ、かわいそう。いやリヴァなら怒るかも。
「あなたね、断りも入れずにあんな体勢になっておいて『じゃあな、リヴァ』って帰しちゃうとか。あり得ないわよ!」
「何が?」
「マタン、君は自分の顔のレベルを自覚しているかい?」
「ん」
肯定したが、絶対にわかっていないだろう。私だけでなく他の二人もそう思ったのだが。
「顔が良いのはわかってる。中性的な美青年なんだろ?」
「あれ、わかっているんだね」
「ファウストがあった頃幼馴染に言われたし、治安の悪い場所を歩けば男女問わず変態が襲ってきて大変だったし」
「ああ……流石に自覚するか。なんというか、お疲れ様?」
「ちょっと同情する」
マタンなら襲われても軽く撃退できそうだとはいえ美形も苦労しているようだ。
「まぁ人外には美男美女が多いから俺レベルぐらい割といるけど」
「そうだけど、わかってたならどうしてリヴァにあんな近寄ったの? せめて先に声をかけて心の準備をさせてあげるとか!」
「リヴァなら平気だと思ったんだけど、駄目だったか?」
「真っ赤になってた。見てないの?」
何を根拠にリヴァなら近づいても大丈夫だと思ったのか。
「目、閉じてたし」
「それが余計に駄目だったわ。マタンって乙女心はわからないの? 恋愛経験は?」
「ねーよ」
「神とか精霊でも恋をするのかい?」
「するわよ。私なんて管轄の世界では恋の多い女神として有名だったもの」
確かにアンディーンは恋愛経験が豊富そうなイメージだ。
こうして何故か恋バナが始まった。四人で木の根元に腰を下ろし、木の実を食べながら話すらしい。ちなみに私はまったく興味がないが、一応聞こうと思う。
「私の相手は人間だったり神だったり、いろんな恋があったわ」
「一番最近のは?」
何故ルクスはこの話題に乗れるのだろうか。心なしか楽しそうだ。
「最近の恋は、ちょっと色々あったわ。相手は神でね、情熱的に愛し合ったのだけど、実は彼が邪神だったの」
「は?」
「邪神? 悪い神ということかな」
「"天"が敵だと認識している神、"天"の配下から外れた状態なのに世界に何か影響を与えてる神は邪神だ。"天"の配下でも邪神と友好的だと罰せられるんだけど、アンお前」
「そう。"天"に追われることになっちゃったの。彼との子ができちゃって、流石にバレたわ。それでここに住み着いたんだけど、彼は、私を逃がすために囮になって」
アンディーンは悲しそうに目を伏せた。
「子どもはどうしたんだい?」
「逃げる途中、通った世界に置いて来たわ。私といるより生き残れると思ってね。結果的には最低の親だけど」
「じゃあ、いつか迎えに行ったら?」
私の提案に一瞬驚いて目を見開くも、微笑んで頷いた。
「そうね。いつか、私の覚悟ができたら」
そして、アンディーンは暗くなった雰囲気を切り替えるように声のトーンを上げた。
「じゃあ、あなたたちの恋の話も聞かせてね! はい、ルクス」
「俺? 親に決められた婚約者とは結婚したけど義務的な夫婦生活を送っただけだし、他の誰かに惚れたとかもないよ?」
「奥さんを愛してたわけじゃないの?」
「うーん、別に。戦争が起きたのは俺のせいだって、すごく責められたことが一番記憶に残っている出来事なんだけど」
「じゃあ好みのタイプは? どんな女と恋がしたいとか」
諦めないんだ。ルクスはどうも、恋より仕事という感じの人生だったようなのだが。
「ええと、癒しになるような娘がいいかな。スキアは?」
さっさと自分の番を終わらせてこちらに話を振ってきた。結構強引な話題転換なのに、アンディーンは既に私に煌めいた目を向けている。女だから期待されているのだろうか。
「私は魔術一筋だから、そんな浮いた話はない。でもタイプというか、魔術の話ができる人ならパートナーになってもいいかも。はい、次」
「ちょっと、終わり?」
「アン、マタンの話の方が気になるんじゃない?」
「それもそうね」
よし、私の番が速攻で終わった。ルクスが苦笑いしているが、私は一応事実を話した。
「じゃあマタン」
「さっき恋愛経験はないっつっただろ」
「リヴァはどうなの? 気にしてるでしょ」
「別に恋とかじゃねーよ。あいつは自分の世界で生きた方がいいんじゃねーかと思ってるだけだ。まぁリヴァの世界で言う契約をしちまったから精霊として力を貸すつもりはあるけど、それだけだよ」
それであんなにリヴァを帰そうとしていたのか。
「うーん、じゃあ長く生きてるんだから、一回ぐらい女の子と会って気に入ったなーとかあるでしょ? それでいいから。ほら、私は邪神との恋を話したのよ?」
「勝手に話したんだろ。んー、まぁ恋愛っつーか家族愛っぽい意味で好きな人なら一応いるけど……」
「ふぅん? 実は血のつながった家族だとかは止めてよ?」
「ん、血縁者じゃねー女の人」
まさかマタンがそんな話をするとは。自分の趣味が最優先な私と似たタイプだと思っていたから、少し意外だった。
「あらあら、楽しくなってきたわ。相手は普通の人間? もしかしてファウストの人だったの? どんな人?」
「ちょっと待って、仮にファウストの人なら亡くなっているんじゃ」
「確かに死んだのはかなり前。まぁ一応人間だった。それでどんな人、か。んー」
「明るいとかクールとか、そういう性格面の話よ」
「あー、普段は明るかったかな。変人で臆病だけど、だからこそ強くて優しい」
その人の姿を脳裏に思い描いているのだろうか。マタンの雰囲気がどんどん柔らかく優しいものに変わっていく。魔術について話している時の生き生きとした感じとはまた違う雰囲気だ。
それにしても、強くて優しいというのは好きになる要素として理解できる。臆病というのもまぁいい。だが。
「変人って何?」
「そのままだけど。変な奴というか、常人と思考回路が少し違うというか。でもあの人がいなかったら俺は今生きてねーし、この世界を好きになることだって二度となかった」
「マタンはファウストを愛しているように見えるけど、その人の影響なのかな」
ルクスの言葉に、マタンは目を細める。
甘く、切ない眼差しだった。心の底から愛しいものが手の届かない場所にあるのを見つけ、それを一心不乱に見つめているようだった。
そんな表情を浮かべたまま紡がれた言葉は、愛の告白にしか聞こえなかった。
「確かにあの人がいなかったら、俺はこの世界を愛しく思うことなんてできなかったな。他にも大切な奴らが生きてたけど、やっぱりあの人が生きていた世界だから好きなんだ、ここが」
ここまで言える相手がいたなんて、少し羨ましい。私には本当に魔術しかなかったから。
例えその存在をとっくに失っていたとしても。
「……私よりも人間味がある」
「スキア?」
「ううん、なんでもない」