知りたがりの少女が生命の樹を作る。
「……発動」
私の呟きを合図に、組み上げた術式が光を放った。その正面には死んでいた大樹。隣にはルクスが控えている。
私とルクスは、二人で木を蘇生する魔術を考えた。ルクスは植物関連のものしか使えないが、同じ書く方式のため組み合わせることができたのだ。アンディーンとリヴァは詠唱によって魔法を使うから合わせるのは困難だ。
マタンは術式を書けるのだが、この世界のものを弄ってはいけないからと協力を断られた。
「もう滅びた世界をちまちま復活させそーだからってさ。つーかこの言いつけがなきゃ、とっくに自力で蘇生してる。俺の魔法はこーいうのに向いてるんだよ、本当は」
ということで、ルクスの手を借りつつ完成した蘇生魔術を今発動したわけだ。
「おお?」
カッ、と木が白い光に包まれる。実際には炎なのだが、少なくとも私はいつも眩しくてただ光っているようにしか見えない。神霊の類には炎に見えるかもしれないが。
やがて光が収まり、生命力を感じない灰色から何故か金色に変化した大樹が見えた。葉まで金色、いやよく見たら銀色も混ざっているようだった。
「ねぇ、俺こんな木見たことないんだけど、これ植物でいいのかい? ちゃんと俺の魔法効くのかな?」
「私も見たことないわ。何をしたら作れたのかしら、こんなキラキラした木」
「一応植物、のはず。たぶん」
言い切ることは難しいが。
「良かったの? 死んだものの蘇生なんて」
「問題ねーよ。今更だ」
「ああ、そう。でもスキア。あなたはどうして死者の蘇生なんてできるの? 一般的には禁忌よ、これ。やっちゃいけないこと。部分的に許してる世界もあるけど……」
「わかってる。私の世界でも禁忌だった。無視して研究してたけど」
私は元居た世界で、禁忌とされていた魂についての研究をしていた。位としては低いが貴族の家に末っ子として生まれ、魔術の才を見出されて騎士団に所属。それなりに恵まれていたが、していた研究はまっとうなものではない。
研究を始めたきっかけは母の死だ。といっても、別に死んだ母を生き返らせたいとか思っているわけではない。
母が死んだとき、周囲の大人は「魂は神の元へ行き安らかに過ごしているから」と言って私を慰めた。だがまだ幼かった私にとって、その言葉は疑問だらけだった。
魂って何? 神って何? どうして神のところへ行けば安らかだと決まってるの?
そうした疑問は大人に聞いてもふわっとした答えしか返ってこなかった。それが不満で、だったら自力で調べようと思ったのだ。
今思えば当時から変わった子供だった。母親が死に、それを理解していたというのに、悲しみより好奇心が上回っていたのだから。
私はそれから魔術にのめりこんだ。
貴族の子なら魔術の基礎は一般教養として学ぶのだが、これを神から与えられたものだと教えられるのだ。つまり神に近づく手がかりとして、まずは魔術を理解しようと思ったわけである。
そして私には才能があることがわかった。家族は喜んで私は学校へ行かされ、そのまま騎士団に入れられた。まぁ、在学中に魔力や魔術の研究から魂の存在へ至れそうだとわかったので感謝しているが。騎士団も魔術を使う機会が多かったし、何より人の生死を目の当たりにできる場所だ。つまり私の本命である魂の研究には最適な環境だった。
学校で得た知識の中に、魔力は魂に由来するものだという説がある。そこで、魔力の感知精度をできる限り高め、人が死ぬ瞬間の魔力の変化を調べた。魂が本当にあるのか検証し、あると結論付けてからは魂が身体から無くなる瞬間その人の魔力はどうなるのか観察し続けた。
「それを魔術で逆算して検証してたら、蘇生の魔術が完成した。他にも禁忌に相当する魔術を使えるようになった。しばらく隠してたけど、禁忌レベルの治療術が騎士団にバレて捕まったら確実に死刑だから逃げた」
「自力でシステムの一部を解明したのか。すげーな」
「いや、研究のために人が死ぬところを観察してたとか、倫理的には駄目じゃないかな……」
「倫理的に駄目だから禁忌なんだろ?」
その言葉に全員が黙った。
「どうした?」
「ううん。納得しただけ」
「私は引いてたわ。神の私より人間のスキアの方がマタンの思考に近いのね」
引いてた、と本人に言うのはどうなのだろうか。
「まぁ、結果的にはよかったじゃないか。これでマタンの魔法に頼らなくても食べ物が手に入りそうなんだから」
ここに来てからたぶん数日、この世界では時間の感覚もなくなるのだが、ルクスが「そろそろご飯の時間かな」というのに合わせてマタンが魔法で作り出したパンや木の実を食べていた。マタン曰く「魔力を使って無から強引に生み出してるものだから、あんまり身体に良いものじゃない」とのこと。
だからできたら自力で食料を得たくて、この木から実でも採れればと思ったのだ。
「この、なんか、金色してる木になった実とか、食べられるのかしら……」
「そこは食べられる実ができるまで魔法で弄るよ。っと、一応できたけど」
ルクスの書いた術式が光ったのを見て、私は木の根元まで歩いて行った。
見上げると、白い実がたくさんなっていた。
「どうかな? できているかい?」
できている。できているが、食べられるのだろうか。この真っ白な実。
「どうしたの、スキア……ん? 何これ、白い?」
「白い? あれ、本当だ。こんな全体が真っ白な木の実初めて見たな」
「形はリンゴみてーだけど、マジで真っ白だよな。これ食えるのか?」
「さぁ?」
皆で集まって悩んでいると、ルクスが手を伸ばして実を取った。
「一応作成者だし、責任取って俺が食べてみるよ」
「待って、それなら私も」
むしろ私が使った蘇生術が妙に作用している可能性が高いのだ。責任を取るべきなのはおそらく私の方である。
近くの木の実に慌てて手を伸ばすが、この辺りで一番低いものにも届かない。
「む」
「少し高かったかな?」
「この子が小さいだけよ」
背伸びしてようやく届きそうだと思ったら、アンディーンが先に持って行ってしまった。私はそんなに小さくない。……と、思うのだが。この中では一番小さいけれど、リヴァとはそんなに変わらないし。
「はい」
それはそれは美しい笑顔で実を手渡された。嫌味か。
「……美味いな、これ」
アンディーンを睨んでいるうちに、ルクスが実を食べてしまった。
私も一口かじってみると、確かに美味しかった。噛むたびに優しくて爽やかな甘みを含んだ果汁が口いっぱいに広がる。蜜のたっぷり入ったリンゴのような味だ。
ルクスの言葉に釣られてリヴァやアンディーンも実を食べ始める。二人には好評だったが、最後に実を口に入れたマタンだけは少し気になることを言っていた。
「確かに美味い。美味いけど、ちょっと待て。これって」
「何か問題があったのかい? 体に悪いなら作り直すけど」
「……いや、大丈夫だ。別に食っても直接的な害はない」
このような言い方をされては、不安をぬぐえない。害はなくても食べたら何か体に影響が出るのか、とか考えてしまうのだが。
「本当に食べて大丈夫なんだね?」
「ん」
少し口ごもっていた最初とは違い、今度ははっきり頷いた。なら大丈夫なのだろう。たぶん。
「とりあえずは、成功?」