精霊使いの少女が黒の精霊と対話する。
「これ、この剣のことなんだけど! マタン、何かした?」
私、リヴァはマタンと話をしていた。問い詰めているともいう。マタンの表情は変わらないが。
「は? 別に何もしてねーけど。つーか触ってもねーよな」
「そうよね。やっぱりそうなのよね。でも私の世界で言う精霊との契約状態になってるの。この剣を霊具としてね。たぶん別れるときに名乗り合ったから条件を満たして……」
「は?」
私は元の世界に帰ってから、マタンと契約状態にあることに気が付いた。他の精霊使いにも見てもらったが、愛用していた剣は確実に霊具になっていると言われたのだ。
そうして私はマタンの魔力を借りることができるようになった。彼の魔力は私の世界の属性に当てはめると空。空間に干渉する魔法だ。
実際、見よう見まねで書いて発動させた魔術と彼の魔力でこの世界にたどり着いた。
「……マジか。確かに繋がってる」
「繋がってるっていうけど、どういう意味? 身体が離れてるのに魔力を受け渡しできるってすごい」
聖域の中心に据えた大樹を見ていたスキアが、目を輝かせてこちらを向いた。彼女は本当に魔法に関する事柄が好きらしい。
「んー、魔力を通しやすいものを触媒にして、魂を一時的に結びつけてる。本来は、流石に違う世界にいると切れる程度の繋がりなんだけどな……リヴァと俺じゃ、な。一回繋げたら、切れねーんじゃねーかな」
表情を変えず、けれどどこか自嘲するような響きで何か呟いた。
「運命、か? 笑えねーよ」
マタンは、何故か泣きそうに見えた。悪いことをしてしまったと後悔しているようにも、嬉しくて感動しているようにも思える。この結びつきが何かを刺激したのだろうか。
「でもマタンの魔力なんて借りて、人間に扱えるの?」
「リヴァなら」
アンディーンの問いかけに即答したことには驚いたが、あいにく上手く扱えているとは言えない。
「霊具が剣だから、まだ使えてるけど。それでも自分の剣技の補助みたいになってるし」
「うん? ここへ転移してきたんじゃないのかい?」
「マタンが私を帰してくれた時の魔術をまねて、スキアがここへ来たタイミングにやっと少し繋がったから、世界の壁っていうのかしら? それを剣で斬ってこじ開けたんだけど。これ転移でいいの?」
「よくねーよ」
ああ、やっぱり。魔力は使っているけれど、流石に魔法というには物理的だったか。
「ったく、転移教えてやるからこっち来い」
「えっ、本当に?」
「力ずくで送り返しても、お前物理的に道を切り開いてまた来そうだし。それならちゃんとした転移で来る方がましだ。それでもできるだけ来ないでほしいけどな。つーかスキアやルクスは木調べてたんじゃねーの?」
ああ、そういえば。二人ともたまに会話に混ざっていたけれど。ちなみにアンディーンは池でぼんやりしている。
「そうだった」
「はぁ……リヴァ。ついでに俺が使える魔法をできるだけ教えてやる」
「いいの?」
普通は精霊使いが魔法を考える。身近に精霊がいるから、アドバイスをもらえることも多いが。
「俺はお前の世界へ行けねーから」
「私の世界の精霊は、自分の元へ喚べるものなんだけど、駄目? 喚べるというのも契約に含まれてるのよ。普通の精霊みたいにずっとそばにいるんじゃなくていいの。大精霊と同じように普段は自分の領域、マタンはここにいて、たまーにとか、緊急時にだけ」
「無理」
マタンは強い口調で言い切った。
「無理だ。俺はこの世界から、ファウストから出られねーよ。一時的にでも駄目だ。俺が一歩でも外に出ると、その瞬間この世界は消えるから」
「き、消える!?」
「ん。俺が留まる限りこの世界を残しておいてやる、そういう……約束なんだ。だから、俺がここから出たら、すぐにでも消えると思う」
……私の世界でマタンを喚ぶのは諦めた方がいいか。彼にとって一番大切なのはファウストだ。今や何人も住んでいるし、無くなるのは困る。
「わかった。やっぱり私から会いに来るようにするわね。力は貸してもらうから」
「ん……いや、来るなよ。来るなっつってんだろ」
「そういえば、この世界ってなんで滅びたんだい? 原因はわかっているのかな?」
ルクスがそんなことを言い出した。マタンの地雷になりそうなことを、さらっと言わないでほしいんだけど。
「邪気が飽和したからじゃないの?」
「邪気?」
「ええと、魔力由来の悪いものよ」
悪いもの。確か私の精霊であるレイも、初めてこの世界へ来た時にそんなことを言っていた気がする。どろどろした魔力が漂っているとかなんとか。
ちなみに、レイは再びここへ入る際、ものすごく怖がった。やだやだと駄々をこね、最終的にこの世界では実体化させないということで納得したのだ。
「ファウストじゃ魔素って呼んでた。魔法を使った後に発生する魔力のカスが空気中に溜まって、生物に悪影響を及ぼすぐらい濃くなったら、その辺りが魔素、だそうだ。普通世界にはそれを浄化するシステムがついてる。でも間に合わなくなるとこうなる」
「じゃあ、浄化が間に合わなくなった結果、滅んだ……? 生物は皆魔素の影響で生きていられなくなったのかしら」
「普通は間に合わないなんてこと、起こらないはずなんだけど」
アンディーンの言葉に、マタンはため息をついた。
「この世界はその辺、トラブル続きだったんだ。初期のシステムは人間に破壊された」
「えっ」
「新しく作ったら、今度はそのシステムが原因で戦争が始まる。戦争だから、もちろん大規模に魔法が使われ魔素も増える。その戦争の途中で邪神が地上に降りた。神って地上にいるとかなり世界に影響を与えるんだ。まして邪神。世界のことなんて考えずに暴れて、当時は何とか封印したけど、邪神のせいで魔素が濃い地点、魔境が数か所に発生」
「まぁ。邪神の被害なら、確かに浄化には時間がかかるわね」
さらっと言ってるけど、邪神を封印とか下手したら神話になってもおかしくないようなことだと思うのは私だけかしら。
なんて考えている間にも、マタンは淡々と話を進めた。
「しばらくして、邪神が復活。本来はここで世界が滅びてたけど、なんか"天"が防いだらしい」
「は!? 嘘でしょ? "天"がそんな大規模に介入するなんて聞いたことないわ。基本見守っているだけなんだもの」
「理由とかは知らねーぞ。ここまで全部俺が生まれる前の話だから詳しくないんだ」
生まれる前だったの!? それにしては詳しいんじゃないかしら。
「あら、実は意外と若いの?」
「これでも二千年近く生きてる」
「あ、意外といってた」
意外とっていうか、すごい年上……
「ねぇ、"天"って?」
「そうね……存在する中で一番偉い神様だと思っておけばいいわ」
「……進めるぞ。滅亡はいったん防いだけど、無理やりだったし、ほとんど無事とは言えなかった。魔素に汚染されて住める場所が限られ、魔境も増えた。人類もかなり減ったとか。で、そこからかなり頑張ったけど結局ジリ貧。もう無理かなって"天"が破壊神に命じて終わらせようとした。土地も、そこに住んでる人の魂も悪影響を受けててな。だからファウストが滅んだ原因は魔素。以上。これでいいか、ルクス」
「え、ああ。ありがとう」
一気に喋って話を終わらせると、マタンは木にもたれて座り目を閉じてしまった。
「……ちょっと、集合」
ルクスの小さな呼びかけに答えて、マタン以外の者で聖域ギリギリの場所に固まった。
「マタンの今の話、事実だと思うかい? 俺は少し違和感を感じたんだよね。特に最後の方」
「……マタンにとって嫌な話だったから、早く終わらせたかったんじゃなくて?」
「う、そうか。そうかもしれないなぁ」
スキアの言った可能性は高い。実際ルクスが話を振ったとき、私は彼の地雷を踏んだのではないかと思ったのだから。
だが、ルクスと同じく最後の辺りに違和感はあった。
「マタンは嘘は言っていないと思うわ。でも、何かまだ言ってないこともあるんじゃない?」
そういったのはアンディーンだ。
そこで、先ほどのマタンの言葉を思い出した。
「マタンが留まる限りこの世界を残しておいてやる、そういう約束なんだって。だからマタンがここから出たら、ここは消えるって、さっき言ってたの。こんな約束があるなら、この世界が滅ぶ時に絶対何かしたはずよね? 今の話、マタンはその時何をしてたのか言ってなかったけど」
きっとあれは、自分の行動を省いた話だ。そこを言いたくなかったから、早く話を終わらせようとしたのではないだろうか。
「そういえば、そこからかなり頑張ったけど結局ジリ貧って、マタンが生きてた時代そこのはず……」
「確かにおかしいね。自分が生まれてからの方が説明が大雑把なのか。魔素が増える原因になったわけではないから、と省いたのかもしれないけどね」
「マタンと初めて会った時に、自分のことを罪人だと言っていたのよね。その約束が罰なら、やっぱりこの世界に対して何かしたのよ。"天"に逆らうようなことを」
「罰、ねぇ……」
マタンは望んでこの世界にいると言っていたが。やはり約束があるから、仕方なくここにいるのだろうか。
「あれ? でもそれ、俺達には関係ないんじゃないかな。俺が話を振っておいて言うのもあれだけど」
「……一応、今後厄介ごとに巻き込まれるかもしれないわ。けれど、それが嫌ならこんな世界にいること自体望まないわよね?」
「うん。自己責任」
確かに、たとえ偉い神様が罪人だと言ったのだとしても、私は今のマタンに出会えてよかったと思っている。私だけでなく、皆この世界に、マタンのもとにたどり着いてよかったと思っているのだ。少なくとも今は、過去を気にする必要はないのではないだろうか。
「まぁ、そうね。この話は置いといていいんじゃないかしら? 今のマタンは私と契約した、魔法に詳しくて無愛想な精霊よ」
ファウストにも色々あったんです。
初期のシステム破壊やら戦争と邪神降臨やら世界の末期やら、そっちもいつか書く、はず。