知りたがりの少女がまったり生活を送る。
ちょっと短めです
「チッ、あいつ……」
今、舌打ちしたのはマタンである。夢渡り実演中の出来事だった。
私は夢渡りを習得するため、まずは転移術を完璧に覚えるところから始めた。元々学んでいるところだったものを放り出すのも良くないし、転移術を使えた方が夢渡りを覚えやすいというからだ。夢渡りは精神だけで転移する魔術ともいえるらしい。
ついでにとルクスも魔術を学んだ。空間に関するものだ。覚えることで好きな場所に移動できるので、書庫の管理にも役立つ。
というか、この書庫は魔術に頼って移動しないと管理しきれない規模なのだ。海底から空高くまでという果てしない高さの本棚で巨大な迷路を形成していた。蔵書の把握なんて可能なのか物凄く不安になった。マタンも軽くだが頭を抱えていたし。とりあえず古い世界の歴史やシステムが多いようだが、魔法の知識なども混ざっているとマタンが教えてくれた。
さて、これはルクスは転移まで進んでいないが私は終わり、夢渡りを一度実演すると言われた時の話だ。ちなみにマカミは興味ないと言わんばかりに、樹の根元に体を丸めて目を閉じている。ファウストを夢にする以前程ではなくとも力を結構消費しているとかで眠っていることが多いのだ。
マタンは私たちがわかりやすいよう魔術でやって見せると見事な魔法陣を書いた。そしてアンディーンに夢渡りを仕掛けた。
しかし、しばらく待っても何も起こらなかった。
そして、冒頭のようにマタンがイライラしたように舌打ちした。
「マタン?」
「"天"に弾かれた」
「えっ?」
「まだアンには会うなってことかよ。リヴァやフェーゲには許可したくせに」
つまり、アンディーンに夢渡りを仕掛けるのは"天"に妨害されたと? アンディーンは謹慎だとか、自分の世界でしっかり働けとか言われたのだっけ。それの邪魔になると判断されたのだろうか。
「まぁ仕方ねーし、別の奴にもう一回やる」
サッと手で何かを振り払うような動作をして魔法陣を消し、新たに書き直したら成功したらしい。魔法陣が透き通った黒く光った。
「前にも言ったように、俺の定義では魔力に属性がある。その属性ごとに色が違う。夢渡りは精神に作用する魔法だから、無事発動したらこうやって闇属性の黒を帯びたわけだ」
まぁ、夢渡りに必要な属性は闇一つではない。闇以外に重要な要素である空間に作用するのは、マタンの世界で無属性と呼ばれていたもの。その属性も強く帯びたものとなっている。
「無属性の色は透明だからこんな光になったんだよね」
「ああ」
話しているうちに魔法陣がかき消えた。
「ん、これでファウストに呼べた。とりあえず行先は下にしてあるから、俺は迎えに行ってくる」
「ちょっと待って、誰を呼んだんだい?」
「ニムバスロム」
「彼は呼べたのか」
「ん」
ニムバスロムというと、マタンに戦いを挑み生き生きと殺し合っていた白い神様か。マタンと会ったらすぐにでも戦いを仕掛けてきそうだが、大丈夫だろうか。
「周囲が本棚ならそう暴れねーだろ。一応周りに配慮できる神っぽいから」
「それを見越して行先を決めたの?」
「ん。まぁたぶん移動して軽く手合わせするから戻るのは遅くなる」
「本棚に被害が及ばない場所で頼むよ?」
「わかってる」
頷いたマタンの姿が消えたところで、ルクスがこちらを向いた。
「じゃあ俺たちは目録作り、進めておこうか」
勝手に夢渡りを試すわけにもいかないしね、と微笑んだルクスに対して、私は眉をひそめた。少し憂鬱な時間が来る。
私たちは"天"の記憶を写した本を管理する立場だ。それにあたって、どんな本が所蔵されているか把握するために目録が欲しいとルクスが言い出した。
「だってさ、これだけの本について全部覚えるのかい? 俺には無理だよ。たとえ手分けしたとしてもね。ここの管理を担うと、本を探して"天"に受け渡す可能性があるんだろう? 絶対に目録を作った方が良い」
「そうだな」
「作るといっても……」
想像するだけで物凄く大変そうだった。それでも作っている間にどんな本があるか把握することもできるからと強く推奨されて作業を開始した。本当に少しづつ作っている。幸か不幸か時間はいくらでもあるから。
魔術的な知識について形にしたものを見つけることは楽しいが、正直少し飽きた。マカミは最初から嫌そうに行っている。マタンとルクスはずっと楽しそうで羨ましい。
今も私はウキウキしているルクスの横で、魔術に思いをはせながら目録を埋めていた。場所は本棚の迷路の中だ。この狭くて薄暗い、本に囲まれた空間はとても落ち着く。本の外側だけを見て紙に文字を走らせるというのはあまり面白くないけれど。
ああ、本の中身を読めるなら私も楽しいのに。
「でも、本そのものや、題名を見るだけでもワクワクしないかい? どんな物語が詰まっているんだろう、と」
「私は早く内容を知りたい。そんな空想より読んだ後の考察に時間を使いたい」
「スキアは根っからの研究者だよね」
「ルクスは文学者」
「君は知識を求めて本を読む。俺が求めているのは未知の人と物語だ。その辺りの違いかな」
「……マタンは両方?」
「そうだね。彼は俺たちより多くのことを得ようとしているんじゃないかな」
まったり会話しながら作業。
既にニムバスロムと戦っていてもおかしくない頃合いかな。大きな音が聞こえてこないから、マタンも本気で殺し合っているわけではないのだろう。安心して過ごせる。
そう考えてからしばらくして、マタンが合流した。
「やぁ、ニムバスロムは?」
「帰った」
「スッキリしたみたいだね。戦ったのかい?」
「ん。楽しかった」
世界の歴史や文化を知ることが好きで、魔術が好き。本も好きなようだし、甘いものも好きだっけ。それに加えて戦闘も好き。マタンって多才だ。