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精霊使いの少女が光と聖域を作る。

ちまちま書いてたものです。追い込まれた方が続き書けるかなと思い連載始めてみます。完結させたい。


一応https://ncode.syosetu.com/n4734fi/の連載版になります


「うーん……? ここ、大精霊の領域じゃないのかしら」


 私と相棒のレイが今いる場所は、一言でいうなら死んだ世界だった。


 薄暗く、地面は濁った灰色。空も同じ色で、境目が曖昧になっている。


 生き物の気配を全く感じないこの空間に視界を遮るものは何もなく、ひたすらまっすぐに灰色が続いている。


 強大な力を持ち、契約すれば自身も大きな力を得ることができる大精霊。彼らはそれぞれ領域を持っており、契約者がいないならば基本的に外へ出ることはない。契約したければ領域を見つけて突撃するしかない。一応精霊使いである私も、森の中にそれっぽい空間の歪みを見つけてしまえば、もう突入一択なわけで。


「でも早まった? ちょっとヤバい空間じゃない?」


 まさかこんな、生命力のかけらも感じない場所へ繋がっているとは思わなかった。大精霊がいるなら、もっとこう、神聖な空間だと思っていたのに。魔力の塊で穢れを嫌う精霊が、この空間にいるの……?


 立ち止まっていても仕方がないと進んではいるが、歩いても歩いても景色が全く変わらない。


 本当に進んでいるのかもわからない。


 ちゃんと歩けているのか、自分が本当に生きているのかすら曖昧になっていく気がする。


「あーん、何ここ。気持ち悪い」

「大丈夫? 戻ったほうがいいかしら」


 隣のレイを見ると、彼女は思いっきり顔をしかめていた。


「戻れるかわかんないよ。ここ、すっごく不安定。何もない。穢れだけはあるけど」

「えっ、戻れないの? 穢れは確かにすごいけど。じゃあ、魔獣がいるの? こんなすごい穢れから生まれた魔獣なんて相手にしたくないんだけど」

「たぶんいない。生物がいないもん。同胞もいないと思う。ここ、何にも住めないんじゃないかな」


 つまり、大精霊の領域ではない。だからといって強い魔獣の住処でもない。本当に、何なのだろう。


「帰るなら、入ったときみたいな空間の歪みを探すしかないかな。入ったところにまだ残ってるかもしれないし、残ってないかもしれない。それでここから出ても、元の場所かわかんないし、時間もどれぐらい経ってるかわかんない」

「仕方ないわよ。飛び込んだ時点で覚悟してたことよ。だからそんなに気にしないで」

「むー、ん? 何あれ?」


 レイが指した方を見ると、周囲より色の薄いものがあった。近づいてみたが、動く様子はない。どうやらかなりの大きさだ。


「木、かしら。枯れてる」


 いや、枯れているというよりは死んでいると表現したほうがしっくりくる気がする。私たち二人が余裕で隠れられそうな太い幹。高く伸びているが葉の一つもない枝。全体的に周囲より薄いが、それでも灰色をしていた。


「……誰か、いるのか」

「ぴゃっ!?」

「えっ、ちょ、レイ!?」


 誰かの声がした。と思ったらレイが声を上げて私の後ろに隠れた。


 涙目なレイがみている方へ顔を向けると、一つの紅色の瞳と目が合った。









「……なぁ」

「あ、はい、えっと……」


 私はしばらく固まっていたのだと思う。


 そこにいたのは一人の青年だった。木の裏側にいたのか、幹から顔をのぞかせてこちらを見ている。


 そこまで近い距離ではないのにわかるほど艶やかな漆黒の髪は、無造作に短くされている。もったいない。というか羨ましい。鮮やかな色彩の瞳を持っているが、左目は黒い眼帯で覆われて見えない。隠れていない右目も、どこか力がない。白い肌も、どちらかというと病的な感じがする。それでも、いやだからこそだろうか。人目を惹くであろう、美しい青年だ。


「お前ら、なんでこんな所にいるんだ? どうやって入ってきた?」

「あの、空間の歪みを見つけて、そこから。あなたこそ、どうしてこんな所に? あなたは何者?」

「あー……俺は元々ここの住民。何かっつったらまぁ、精霊かな。それにしても、歪みからっておい。普通近づくか?」


 存外口調の荒いこの青年は、表情を動かさないまま、目だけは呆れたように私たちを見ていた。


「精霊なの? 大精霊さま?」

「は? 大精霊って、あー、そういうのがいる世界なのか」

「どういうこと?」


 彼は無表情のまま溜息を吐き、私たちへ近づいてきた。


「ここはな、お前らがいたのとは完全に別の世界。異世界ってやつだ。わかるか?」

「異世界……? あなたの領域ってことじゃないの?」

「違う」


 私の世界に存在する精霊の領域というのは、あくまで同じ世界の中。亜空間というやつである。それに対してここは完全に違う世界。魔法や種族とかの概念からして異なり、文明の発展も世界によって変わるのだとか。


「お前らの世界は、精霊がいるんだろ? それぞれ領域っつー亜空間を持ってて、何? 空間の歪みに突っ込めば行けるの? 俺の常識じゃありえねーけど」

「そう、だけど」

「ここ、ファウストって名前の世界なんだけどな。たぶんお前らとは精霊の定義が違う」

「じゃあ、あたしの同胞じゃないのかー」

「同胞?」


 同じ精霊ではなかったことに残念がるレイを、彼は訝しげに見た。そして、何故か眼帯を外した。


「ん、なるほど。光の精霊?」

「え、ええ……」


 問われて頷いたが、どうして左目で見ただけでわかったのだろう。眼帯を外しても、下には右と同じ紅色の瞳があるだけなのに。


 だが彼は、すぐに眼帯を着けなおした。わずかに眉をしかめ、こめかみを押さえている。


「何かしたの?」

「っ、いや、その、ちょっと魔力を見ただけだ」


 ……何を言っているのだろう。魔力なんて見たくて見えるものではないと思うのだが。


「えっと、あなたは魔力が見えるの? まさかここ……ファウスト? じゃ普通のこと?」


 世界間の差かと思いきや。


「いや、俺が見えるだけ。正確には、俺の左目だけだな。昔抉られた目を得体の知れない魔法薬で再生したら、魔力しか見えなくなって」

「は!?」


 彼は目をぎゅっと瞑って一つ頭を横に振った後、他人事のようにそう言った。


 突っ込みどころが多い。目を抉られた!? 得体の知れない魔法薬って何!? それ使っちゃったの!?


「ま、便利に使ってんだけどな。ファウストがこうなってから、空気とか地面とか見ると気持ち悪くて使わねーようにしてたんだ」

「えっ、それ、大丈夫なの?」


 さっき見ていたのに。いや、だからすぐ見るのをやめたのか。


「大丈夫じゃないよ! 魔力が見えるって、ここめっちゃ、なんかどろどろしてるのに!」

「どろどろ?」

「おー。わかるのか、お前」

「何? どういう意味?」


 レイは興奮すると擬音語とかそういう類の表現が増える。私は大体よくわからないので普段は落ち着くのを待つのだが、理解できたなら彼に説明してもらいたい。


「何つーか、汚れた? 魔力が漂ってんの。黒っぽくて濁ってる。澱んでるっつーか? そんな感じ」

「ああ、なるほどね。なんとなくわかったわ。それは嫌ね。ただでさえ気が滅入る景色なのに」


 この灰色の空間にさらに黒くて濁ったものが、と考えると……威力が増しそうだ。


「……さて、そんな気が滅入る場所に長居したくはねーだろ? 元の世界に帰してやるから、次からはもうちょっと気を付けろよ? 空間の歪みって結構危険だからな」

「え、ちょっと待って!」

「あ?」


 元の世界に帰してくれるって?


「で、できるの? 帰れるの!?」

「ああ」


 レイの問いかけに頷いた彼は、宙に模様を書き始めた。指の動いた跡がぼんやりと光っている気がする。


「それは何? 何をしてるの?」

「魔法陣を書いてる。俺は魔術と呼んでるが、魔法の一種だ。これで帰れるから」


 完成したらしい。細かく複雑な模様だった。光っている気がするというだけで色はなく、見えている模様が実際に書かれたもの全てなのかわからないが。


「じゃあな。二度と来るなよ」

「え、待って! あなたは? 出られるなら、あなたも出たらいいじゃない。こんな気味の悪い世界。誰かほかの人がいるとしても、その人も一緒に出られるんでしょ?」

「あ、確かに! ねぇ、一緒に行こうよ!」


 出る方法があるなら、何故一人で、両目でものを見るだけで気持ち悪くなるような世界にいるのか。


 問いかけたその時、一瞬だけ凄まじい圧迫感に襲われた。自分よりはるかに上位の存在、私の世界でいうなら精霊王だろうか。そういった存在から殺気を叩きつけられたように感じた。


「何これ!? 何も見えないのに、どーんってなった!」


 レイは見えないといったが、私には何故か透明の魔力が見えていた。


 それは彼から噴き出したものだった。周辺一帯を覆えるほどの濃い魔力がほんの一瞬だけ渦巻き、何事もなかったかのように彼へ吸い込まれて消えた。魔力が見えなかったら、気のせいだと思ったかもしれない。だが私はその魔力から確かに彼の力、そして激情を悟った。


 怒らせたのかと思ったが、彼と目が合い、違うと気づく。彼は苦しいと、そして悲しいと叫んでいるように見えた。


「……悪い。俺は」


 彼は目を伏せ、呟いた。


「俺は出られない。"天"の罰でもあるけどな。ここは滅んだ世界だ。俺以外に生物は存在しねーし、あるのは穢れで満ちた空間と枯れた木一本。それでも、俺が生まれた世界で。俺の大事なやつらが生きて、死んでった世界で。エレが、憎んでたけど、なんだかんだ愛しいって言った世界で……何より、この方が、ましだと思って……」


 この時の私が理解できたのは、ここは滅んだ後の世界であること。それでも彼にとっては大切だということ。だからどんな環境であろうと彼はここに居続けるということぐらいだった。


 ああ、世界は滅ぶとこんな風になるのか。怖い、と思った。世界の末路もファウストの過去も、彼の意志も。


 だが知りたいと思った。ファウストの歴史を。彼の歩んできた時を。彼が大切だと言った人を。


 彼は私たちだけは帰してくれるつもりだ。そして、彼は愛するこの世界に留まるつもりなのだ。何をするのかはわからない。何もせず、ただこの空間に居るだけかもしれない。おそらく、永遠に。


 それなら。


「……レイ」

「はーい」

「っ、おい、何する気だ」

「送ってくれるんでしょ? だからお礼」


 レイがドバっと放出した魔力を、木が中心になるようにして円状に広げる。目いっぱい広げたところで。


「サンクチュアリ」


 レイの魔力が届く範囲を浄化し、穢れを寄せ付けない聖域とする魔法だ。


「よし。この中なら、まだ楽なんじゃない?」

「…………ああ」


 彼は私たちを見ながら呆然としていた。いや、左目を使ったときに少しだけ眉をしかめた以外は無表情のままなのだが、彼の目が「何やってんだ?」と言っているように見えるのだ。


「何やってんだ?」


 パチパチと数回瞬きをして、我に返ったのか口で実際に聞いてきた。


「浄化よ。残るっていうなら、せめて過ごしやすくしようと思って。穢れで体調が悪くなるなら、光が苦手ってことはないでしょ?」

「正直、本当に、すっげーありがたい。自分でもできなかねーんだけど、そんな気力なかったし……光見たなんて、何百年ぶりだろ」


 なんだかものすごく喜ばれているようだ。予想外の反応だった。余計なことを、と嫌がられる可能性が高いと思っていたのに。


「ま、まぁそれならよかったわ」

「疲れた! あたし戻るね」

「……何だそれ」

「あ、これは霊具」


 契約した精霊は霊具と呼ばれる物に宿る。契約者が愛用している物に宿りやすく、レイの場合は私の髪留めだ。契約者が魔力を与えることで実体化するのだが、大精霊クラスの力が強い精霊は精霊自体ではなく魔力が宿り、実体化ではなく召喚という形になるらしい。


「私たちの世界では、この霊具を通して魔法を使うの。精霊の力を借りるものなのよ」

「なるほど。詳しく聞きてーけど引き留めてもな。じゃ、魔術についても少しだけ」

「え?」

「さっきので消しちまったから書き直す。よく見とけ」


 そう言って彼は再び魔方陣を書き始めた。さっきのものとは違って、地面に書いている。下に向けた指の動きに合わせて地面に模様が刻まれていった。


「簡単に言うと、円の中に文字を刻んで、魔力を流すと書いた内容が実現する。それだけだ。言葉を現象に変えることを魔法と呼んだ。それに必要な力が魔力。あとは属性があったんだけど、属性に関する言葉と起こしたい現象を表す言葉を並べること」


 この世界の魔法は、人が使うものだということだろうか。


「んで、言葉を書く場合は魔術って呼び方をしてた。この部分が属性。空間系だから無属性。ここが現象な。お前が元の世界へ移動することだから、転移。場所指定として異世界だろ。あとさっき見た精霊の魔力を分析する術式をこう繋げてある。お前の世界を特定して、ここからの方角や距離を測定して、この世界に通じる歪みを通った時間を調べる。一応お前らが入ってきた辺りの時間軸に戻してやるから。それと世界越えるから身体の保護をこの部分で……大丈夫か?」


 複雑な模様だとは思っていたが、実際に複雑な内容だった。これをスラスラ書く彼はやはりすごい。あと魔法とか魔術の話になるとかなり饒舌だ。


「ま、よく考えたら知る必要ねーことだよな。悪い」

「いいえ。教えてくれてありがとう」

「ん。じゃ、さよならだ」

「あ……」


 そうだ。これで、お別れだ。


「もう、会えない?」

「会えねー方がいいんだよ。もう一回ここに来るってことだぞ」

「もっとあなたと話したいんだけど」

「……これ以上は駄目だ。元々この世界には来ちゃいけなかったんだし。魔術も書き終わってる」

「そう、ね」


 少し話をしただけなのに、別れ難かった。この滅びた世界に二人きりという特殊な環境にいるせいか。やり取りの中で垣間見えた彼の生い立ちや性格をもっと知りたいと思ってしまったからか。彼を一人残していくことになるからだろうか。


 ……そういえば。


「最後に一つ、いいかしら?」

「何だ?」

「私はリヴァ。あなたの名前は?」


 そう、自己紹介をしていなかったのだ。


 彼は目を見開き、少し考えるようなそぶりをしてから口を開いた。


「マタン」

「マタン、ね」

「ああ。じゃあな、リヴァ。二度と来るなよ」


 そんな言葉は、寂しいと言っている目をどうにかしてから言ってほしい。


 だから、二度と来るななんて言いながら魔術を発動させたマタンに、私はこう言ってやった。


「ええ……また会いましょうね、マタン?」

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