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蜂蜜味の冷蔵庫  作者: 篠森茜
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 ある春の日、街を歩いていて、たまたまローカルアイドルに出くわした。イベントでキャンディの小袋を配っていたのだった。

 「おひとつ、いかがですか?」

 笑顔で包みを手渡された際、指先がすっと僕の掌をなぞった。

 「きっと、美味しいですよ」

 彼女は笑顔で手を振った。僕は軽く会釈をして足早にその場を去った。

 

 その夜、キャンディを舐めながらSNSを眺めていると、彼女の写真が目に留まった。それはイベントの宣伝メッセージで、彼女の名前とIDを知った。タイムラインは活動報告や日常のささいな出来事。時々、ユーザーたちと軽く談笑している、いたって平穏なアカウントだった。これも何かの縁だ。僕は彼女をフォローした。 

 「飴、おいしかったです。がんばってください。」

 メッセージを送ってみると、彼女もログインしていたらしく、すぐに返事が返ってきた。

 「フォローありがとうございます!美味しいって言ったでしょう。また来てくださいね。」

 確かにそのはちみつ味のキャンディは甘く、濃厚で、なかなかの味だった。鼻に抜ける蜜の香りを味わいながら、何だか今日は楽しかったなと思った。

 

 それからというもの、僕は時々、彼女と交流するようになった。と言っても、お互いの投稿にgoodボタンを押し合ったり、投稿にコメントを残したり、たまに雑談を楽しんだり、些細なことだ。キャンディを頬張りながら寝る前に少しだけ。時に盛り上がって夜更かししてしまうこともあって反省したり。ささやかながらも、ちょっとだけ、毎日が新鮮に思えた。

 彼女は意外と理知的で、時事問題をネタにコジャレた冗談を言って笑わせてくれたり、ふとした疑問を掘り起こして僕と意見を交換することもしばしばあった。フォロワー数は徐々に伸びていき、彼女は地元に留まらず広い世界に羽ばたいていくのだろうなと思うとちょっぴり切なくなった。


 少し離れた大きな駅のある隣町で彼女がコンサートを開くことになった。何と、僕の誕生日に。僕のプロフィールを彼女は覚えていてくれたのか。いやいや、そんなの偶然だろう。神様がくれた誕生日プレゼントと思い、僕はチケットを手に入れた。

 バースデーコンサート当日、中央右寄りの座席についた。たまたま前の客が背の低い女性で、ステージ上で舞い踊る彼女がよく見えた。メイクアップして、手の込んだ衣装を着て、澄んだ声で歌う彼女は天使のようだった。路上で話したときから、だいぶ努力を積み重ねてきたのだなと思ったときには、僕は涙をこぼしていた。夢中で拍手をしている僕を見つけて、彼女はにっこり微笑みウィンクをした。


 帰り際に少し話をしようと、僕は彼女の自宅近くの駅に向かった。途中の花屋でちょっとばかりの花束を選び、コンビニでお菓子とジュースを買い、ビニール袋の中に用意していたプレゼントの小箱を入れた。白いアゼリアのブローチ。とても似合いそうだと思うのだが、気に入ってくれるだろうか。ベンチに腰かけて数時間ほど待つと、最終の1つ前の列車から彼女が降りてきた。大きな眼鏡とマスクをしているが、その綺麗な細い指を見ればわかる。

 「あの、お疲れさまです!」

 びっくりして立ち止まった彼女に、労いの言葉をかけた。

 「さっきのステージは最高でした。いい誕生日になりました。これはほんの気持ちです。お返しですよ。」

 彼女に花束とコンビニ袋を渡す。指先がふれあい、今度は僕がそっと甲を撫でる。

 「そんな、わざわざ申し訳ないので…」

 遠慮する彼女の後ろから、最終電車が到着した。

 「応援してますからね!」

 僕は電車に飛び乗り、一呼吸ついて振り返ると、もう電車は駅から離れていた。


 ――彼女からのお礼の返事が待ち遠しい。



 

 

 


 

 

 

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