番外編 ある神子のこうりん
魔女は不便なんだなぁ、と思う。
私が知るような物語に出てくる魔女はだいたいチート――何でもできるし、何でも叶えてしまうような存在だ。
「こんにちは」
「は? ……こんにちは?」
けれど、私の前に現れた魔女はそうではなかった。
色々な制限や制約のある中で私に頼み事をしてきた魔女は、とても真摯で誠実な人だった。
教える必要のないメリットやデメリットまでも開示し、魔女のいる国を救う協力を求めてきたのだ。
頭がおかしいひとだと、私は通報することも可能だった。
私の意見を無視して連れ去ることも、魔女は可能だった。
でも魔女が選んだのは対話。
私の追及や疑問には、きちんと理由を添えて答える。
だからこそ二つ返事で承諾できなかったし、断ったりもできなかった。
魔女にはできる限り私の元へと通ってもらいながら、色々と話し合った。
その上で私は決めたのだ。
魔女の国で『神子』になることを、ちゃんと自分の意志で。
……ちょっと現実でめんどくさいことになりかけていたせいか。
もう逃げたいとわりと本気で考えていたせいなのか。
結局、めんどくさいことに巻き込まれたまま、めんどくさい状態で魔女の国へ移動してしまったけれど。
「えっ、ええっ? なぁに、ここ!?」
――ああ、一番離れたかった幼馴染もついてくるなんて。
「ここどこなの、怖いよぉ、帰りたいよぉ!」
混乱するのは分かるが、私に引っ付いて泣かないでほしい。
ぐいぐいと抱きつかれた左腕を強く引っぱられ、体が大きく揺れて痛い。
キンキンと高い声が耳に痛い。
召喚の時間を一人で迎えるため、私は大事な用事があると急いで帰ろうとした。
それなのに、最近付き合いが悪くてひどいだの、今から遊びに行こうだの私の腕に引っついた幼馴染。
幼馴染を取り巻く男たちが、彼女が可哀想だとさんざん私を責め立てて。
焦っているうちに召喚の時間が訪れてしまって――。
2人も召喚されて、困惑するこの国のひとたちに申し訳ない。
目撃者となった男たちの記憶をごまかすはめになった魔女に申し訳ない。
迎えにきた神官たちの表情がいたたまれない。
あ、もう、胃が痛い。
怯えて泣きわめく幼馴染を何とかなだめ、困惑しながらも召喚や『神子』について説明する人に自分の役割を把握して受け入れている旨を話した。
神官たちは顔を見合わせながらも、安堵したように少し頬を緩める。
「おお、そうでしたか……」
「ですが神子様もいきなりご降臨されて、不安などもあるかと思われます。知識と経験は別のもの。早々にそのお力を示せ、などとは申しません。まずこの国のことや神子のお力のことを知っていただく、学ぶお時間を設けさせていただきます」
「よろしいのですか?」
思っていたより常識的な提案に思わず目を丸くしてしまう。
魔女から聞いていたとはいえ、この国は優しすぎないだろうか。
彼らは、もちろんだと微笑んで頷く。
それにしても私の感覚だと『召喚』だけど、彼らにとっては『降臨』になるのか。
「知らない国を救うより、少しでも知る国を救う方が心情的にもよろしいかと」
「……それも、そうですね。ご配慮ありがとうございます」
「こちらこそありがとうございます、神子様」
生活に関しても、王城にそれぞれ部屋と侍女を貸し与えてくれるらしい。
ならばと咄嗟に判断した私を、私は褒めたい。
これから神子として勉強漬けになる私は、役目に従事することができる。
だが、神子ではない幼馴染はそうもいかない。
忙しくなるだろう私は幼馴染を気遣うことが難しくなるため、私よりも、ひとりになりがちな幼馴染の傍に侍女たちがいた方がよい。
そう彼らに進言し、一理あると承諾してもらった。
そして、傍にいられない私より優しい侍女が傍にいれば安心だ。
そう幼馴染を丸め込んだ。
丸め込むことができた。
胃が痛かったけど、胸の中で喝采を上げた。
やったー!! これで!! 私は!! 自由だ!!
彼女に邪魔をされずに!! 勉強!! できる!!
こうして私の勉強の日々が始まったのである。
まあ、勉強も思うように行かなかったのだけれど。
無駄に無能なイケメンぞろいなのは何なのだ。
イケメンでも魔術師は真面目に教えてくれるのに、国の歴史を教えてくれるはずの文官たちがやたら意味のない雑談が多くておかしい。
はっきり言おう。
国を救うために来た私の勉強の邪魔をするんじゃない。
次の講義のため、魔術師のところへ向かおうとする私の進路を塞ぐんじゃない。
「申し訳ありません、文官様……。もし宜しければ、幼馴染である彼女を支えては下さいませんか? わたくしは次の授業に行かねばなりません。未熟な身ですが、わたくしは使命ある身と心得られます。しかし、彼女はひとりになってしまいます――ですから、どうか」
「分かりました。神子様の頼みならば、承りましょう」
「よろしくお願い致します」
無駄にきらきらと微笑むイケメン文官に、そっと一礼する。
踵を返し幼馴染のところへ颯爽と向かう姿が見えなくなったところで、大きく息を吐いた。
「ああ、せいせいしたわ。これでようやく勉強に行ける」
「ぶっ――くくっ……」
「!?」
吹き出す声に、慌てて振り向く。
「くっくっくっ……あの文官を追っ払って、せいせいしたとか……っ! 神子様、貴女様はとても面白い方のようだ」
そこには魔術師団の制服を着た背の高い男がいた。
見たことがないから、今まで私の講師にはなったことがない人だろう。
窓から差し込む陽光に、さらさらの亜麻色の髪がきらめていている。
……イケメンだけどその爆笑で台無しだ。
「――あら。魔術師団の……それも、高位にいらっしゃる方?」
「失礼。私はカイルネイド=アードゥク。魔術師団の副師長のひとりです」
「初めまして、カイルネイド様。今のこと、団長様に仰る?」
「いいえ、とんでもございません。神子様の素顔は、私の心にのみ秘めとうございます。……ですが、神子様の貴重な学ぶお時間を費やした事実、今日のところは私から文官のことを報告致しましょう。向こうには鬼がいますのでね」
にっこりと笑うカイルネイドと名乗った男。
どうやら彼は今日の講師であり、時間通りに現れなかった私を探しに来たようだ。
それにしても文官の方には魔女でなく鬼がいるのか。
たっぷり絞られたらいい。
「ええ、ではお願いします。今日の講義時間がまだあるのなら、このままそちらへ向かってもよろしいかしら?」
「もちろんですよ」
どうやらこのひとは、私をお飾りにはしないひと。
あの文官のような無能イケメンじゃない。
カイルネイドを見上げると、ちょうど見下ろした瞳と視線がぶつかる。
思わず楽しげに浮かべた笑みは、にやりとした笑みと重なって。
私は良い講師役を見つけたのだと悟った。
――実はカイルネイドはその日の講師役ではなかったとか。
――そもそも講師役に選ばれてなかったとか、
――気が合うと分かってから講師役になるよう仕事を調整したとか。
それを教えられるのは、私が国を救った翌日のこと。
教えてくれた同性の補佐官は、私に自身の結婚式の招待状を手渡しながら笑う。
「あの人も色々残念なところがありますが、見捨てないでやってくださいね」
「ふふっ、残念なことに、もう手放すつもりはないの!」
END.




