4.ある者のたくらみ
のれんに腕押し、馬の耳に念仏。
のらくら躱されるとはこのことだろうか。
ウィンが私の話をまったく真面目に聞いてくれない。
「ウィン、聞いて」
「朝食を食べるのに忙しい」
少し寝坊したとうそぶくウィンと共に、城まで馬車に乗るはめになった。
急ぐときはいつも馬のくせに、どうして今日は馬車にしたんだろう。
もぐもぐしながらそっぽを向くウィンに溜息がでる。
何故だろう……神子はウィンが望んでいる異世界の女の子だ。
恋人にできるまたとないチャンスである。
緊張しているのかと思ったけれど、魔術師団内でもちゃんと女の子はいるし、優良物件だからこそ今までも女の子の方から寄ってきたのだ。
対応には慣れているはずなので、今更緊張するわけがない。
もしくは、本命になりそうな子は奥手になってしまう男心だろうか。
男は繊細だというのが、相談した師団長談。
とはいえだ。
そもそも神子はこの国に来たばかりで、新鮮な異世界話がたっぷり聞ける。
神子は私が知らない、異世界の物語や機械をたくさん知っているのだ。
「ウィン、神子は良い方だよ。聞けば答えてくれるし……」
「そろそろ今日の座学が始まる時間だ、マクダイド補佐官。遅刻する気か?」
「登城した瞬間だし、余裕で就業前だよね!?」
ウィンの求める、大好きな異世界に近づけるチャンスなのに。
すぐに恋人にならなくても、趣味の話をするぐらいはできるはずなのに。
ウィン、私、この国に来てから12年経ってるんだよ。
もう――こちらで生きた年月の方が長いんだよ。
「こっちには、喚ばれたときの荷物も一緒に持ってこれたけど」
座学の休憩中、神子は手元の四角い板を見つめていた。
神子は役割をこなそうとせっせと勉強しているが、それ以外では気さくなひとだ。
私も補佐をするときには、よく気づかったり話しかけてみた。
どうしてもウィンにやる気が見られないから、私の方でさりげなく神子におすすめしようと思って。
あと、神子がどんな異世界の情報を持っているのか確認したかった。
政治的な聞き取りは上層部がやるだろうし、本当に雑談だが。
ちなみにこの日の講師役はアードゥク副師長。
邪魔しないように気をつかってか、すんと素知らぬ顔で紅茶を飲んでいる。
いやこの日だけじゃなく、最近の講師役はほとんどにこの方だ。
やっぱりここまでくるとなると……いやいや……。
「スマホも充電できないから、念のために電源切ってるんだ。圏外だし、Wi-Fiもないし。ずっとやってたゲームにログインできなくて、少ししんどい」
「板に見えますが……ろぐいん、ですか?」
「ゲームを始めるってことかな。アレ面白かったのに」
……スマホとかワイファイとはなんだろう。
ゲームって言ってるし、携帯ゲーム機みたいなものだろうか。
見せてもらった板は、黒い鏡のように私の顔を写す。
よくよく聞いてみたらスマホは携帯電話だった。
え? 電話の形してないのに? ボタンもないのに?
「どう見ても板です」
「ふふっ、さっきから板、板って……。そうだ、昨日部屋で……」
神子からも小さな疑問や、身近な心配事を訊かれたり、笑い話もしてくれた。
メイドに頼った方がよいということもあったので進言したこともある。
だが、神子自身は周囲であれこれ世話をやかれすぎると、逆に疲れるという。
誰かが傅く生活などしたことないなら当然か。
まあ確かに私も、引き取られてから数年経つまでメイドの存在には慣れなかった。
今でこそ私付きのメイドであるティトの存在は、ありがたいと思う。
さすがに神子にメイドなしは考えられないので慣れるしかない。
神子付きメイドは護衛の意味もある。
そんな風に過ごし、今ではおこがましくも友人と呼べる仲だ。
そういえば、ティトにもウィンと神子のことをちらりと話してみた。
けれど「お嬢様は仕方ありませんね」と呆れられて終わった。
よく分からないが、首を入れすぎると馬に蹴られると言われたのかもしれない。
ティトはできたメイドなので空気が読める。
つまり私は空気が読めない!?
そ、そんなことは、ない。はずだ。
焦る中滞りなく座学の時間が終わり、部屋に戻る神子を護衛騎士に頼む。
その背中を見送ったあと、ぐるりと振り返りアードゥク副師長に詰め寄る。
「副師長、またシフト変えましたね?」
「今日は師団長に頼まれた。今日の担当役の執務が終わらないらしくてな」
ごまかさずにさらりと答える所からして、事実なのだろう。
師団長の名前を出しておいて、嘘でしたーなんてありえない。
この副師長はこういう段取りや要領も良くて、胡散臭いのに胡散臭く見えない。
多分神子も気づいているだろうが、教え方の上手な者を拒む理由はないのだ。
役目のためにこつこつと勉強をするのは、勉強が進むほど、神子は早く役目を全うできるようになるし、私たちは早く国が救えるということ。
両者にとって良いことづくめである。
彼は副師長面々の中では古株で、知識も深く教鞭をとるに相応しい。
それでも講師役のメンバーにならなかったのは、副師長としての仕事が平均以上になんでもできる人だからだ。
アードゥク副師長が全体を調整すれば他の仕事がよく回るし、副長たちも助かる。
だから師団長はメンバーにアードゥク副師長を入れなかったのだ。
神子がいるからといって通常業務はなくならない。
なのに、さらっと講師役を奪っても、副師長や副長たちの仕事は回っている。
その手腕の見事さは補佐官としても見習うべきで、正直悔しい。
本当ならば副師長の立場よりも出世できる人なのだ。
まったくその気がないようにも見えるし、色々とあるのかもしれないが。
「本当に器用でいらっしゃる」
「お褒めに預かり光栄だ、マクダイド補佐官」
「貶してはいませんが。……はあ。だから空気を読むのも上手なのですか」
「空気?」
きょとんと珍しい表情で私を見下ろすアードゥク副師長。
けれどすぐに、ぶはっと吹き出して笑い始めた。
失礼な。あまりにも勢いがいい。
「マク、マクダイド? お前、まだ空回ってるのか?」
「失礼な。もう一度言います。失礼な。」
「し、失礼もなにも――案外鈍かったんだな」
に、鈍い!?
空気が読めないはずはないと確かめたかったのに、鈍い!?
どうしていきなり鈍いなどという話になるのか分からない。
私が空回っている、というのはどういうことなのか?
もちろん、ウィンと神子の仲を取り持とうとしていることなのだろうが――。
……んん……?
ということはやっぱり、そうなのだろうか。
私としては考えないようにしていたつもりだったのに。
「――アードゥク副師長、もしかして、そうなのですか?」
すっと冷えた心と声。
アードゥク副師長は軽く眉をあげ、私を見下ろす。
確かに師団長もアードゥク副師長も、ウィンへの相談ごとには何やら困惑する色があった。
つまり、私のこれまでの行為はあまりよろしくなく受け止められていた。
ウィンと神子が近づくことをよく思っていないという目。
まさか……そんな、まさか――。
「アードゥク副師長。お願いです……真摯に答えていただけませんか」
「質問によるが、まあ構わないが」
「気づいてしまって……私……アードゥク副師長、貴方が」
「私が?」
「――好きだったなんて」
神子のことを、という言葉はけたたましく開いた扉の音がかき消した。
2人してきょとんと扉の方をみるとウィンがいた。
すごく禍々しいオーラを背負って、無表情ながら憤怒している。
ずかずかと部屋に踏み入ってきたウィンは、がしりと私の腕を強く掴む。
そのまま、ずかずかと部屋から出て行く。
いきなりのことに驚く私は、腕を引っ張られながらウィンと共に部屋を出た。
ずかずか進むウィンについていくことしかできない私。
遠ざかる部屋の中から、アードゥク副師長の大爆笑が小さく聞こえてきた。
……なにこれ?




