3.ある女のふんとう
「異世界の女が2人来たと言っただろう、飾りの耳か」
あまりにも唐突な言葉だった。
飲み込みきれなかった私に、馬鹿にしたような溜息をついて一瞥もしない。
とてつもないスピードで書類を仕上げながら文官室長は毒を吐く。
「愚鈍な頭に叩き込め」
今日はいつにもまして切れ味が鋭い。
この文官室長は何十年にひとりの天才だとか、畏怖すべき秀才だとか言われている男だ。
当時最年少で文官試験に合格するとあっというまに実績を積み上げて昇格。
あっさりと当然のように最年少で室長の座についた。
しかしド田舎底辺庶民だったらしい彼は「そんな呼び名で飯が食えるか」と足蹴にする。
無能を嫌い、がんがん鍛え上げる手腕はさながら鬼のよう。
今では影で鬼才と呼ばれている。
しかも彼の部下だけでなく、こうして各部署からの使いにさえ鬼になった。
私だって今日は書類を受け取りに来ただけなのに。
鬼が雑談振ってくるってどういうことなの。
内容は雑談どころじゃないけど。
「それにしても2人ですか……」
異世界からの来訪者が2人だなんて聞いたことがない。
そもそも私が知っている歴史書や研究書に間違いや隠蔽がないのならば、現れる来訪者は今までひとりだったはず。
ちなみに神子召喚は、魔術師が何か準備して喚んでいるのではない。
国や世界が危機になると、いきなり神殿にぽつんと現れるという。
本当かは分からないが王族に託宣があるとか何とか。
そこまで考えて、今の状況に納得した。
今回はなんと2人も来てしまい、上層部はいつにもまして大慌てで神子問題に対応することに。
その影響として、いつもなら仕上がっているはずの報告書は手付かず。
結果、関わりのない彼が尻拭いをしているとみた。
ほとんど彼が請け負う書類ではないからこそ、余計に鬼度が高いのだろう。
だってここで書類待ちしたこと、ほとんどないから。
「ひとりは神子として、あとひとりは……」
「添え物らしい」
「ブロッコリーみたいに言わないで下さいよ」
「添え物として食えればいいがな」
思わず眉をひそめる。
彼の言う、食える食えない、という言葉は油断できないという意味ではない。
役に立たない使えない、と同義だ。
「でも神子と一緒に来たんですよね?」
「女……神子は落ちついていたそうだが、添え物は泣きわめくばかりで、全て神子が対応したそうだ」
「ううん……」
それはまあ、仕方ないのでは。
いきなり知らない世界に連れてこられたら、さすがに動揺するだろう。
もちろん私だってメイディアたちの前で泣いた。
私の場合は動揺ではなく、虐待から逃げられた安心感だったかもしれないけど。
「あれ? 神子は落ちついていたんですか」
「役割はある程度把握していたようだ。どこまで食えるかが問題だろう」
神子までも食える食えないで判断する鬼がいる。
とはいえ神子が現れたということは、やはり今問題になっている瘴気に関連するとみるべきか。
もし浄化ができるのなら、魔術師団と強く関わってくることだろう。
ああ、だから彼がこの話を口にしたのだ。
神子と同じ性別である私は、神子を補佐することもあるだろうと。
それにしても神子は役割を把握しているとは驚いた。
今までの文献などを紐解いてみても、神子は最初から協力的なように思える。
つまり神子は、この世界のことを情報として知っているのだろうか。
その情報を得ることが、神子となる条件なのだろうか。
……考えても意味はないか。
私は魔術師でも、神子についての研究者でもない。
「とはいえ、こうなっては魔術師団も忙しくなりそうですね」
補佐といっても、魔術師ではない私が神子付きになることはないだろう。
どちらかというと神子と、神子につく魔術師の間の緩衝材――。
ひらめいた。
すごい、わたし、ひらめいた。
「神子は異世界人……異世界の女の子……これだ!」
「ろくでもなさそうだな」
「ウィンダリオンのお嫁さん候補になれる!」
「やはりろくでもないな」
文官室長が冷たい声で何か言うけど、それはおいておく。
だってウィンの理想のタイプ、重要なのが『異世界の女の子』なのだ。
これは考えていたウィンの自立ができる可能性がある。
神子が冷静なら『真面目で努力家で理解してくれる』は当てはまるかもしれない。
『優しくて笑顔が可愛い』は仲良くなれればそう思えるだろう。
神子でもいいし、何だったらもうひとりの子でも構わない。
そうとなれば善は急げだ!
仕上げてくれた書類を持って足早に部屋を出る。
呆れた目で私を見送る鬼の溜息には微塵にも気づかなかった。
翌日魔術師団では、師団長による全体会議が開かれた。
現れた異世界人のうちひとりは、やはり神子だと証明されたという。
浄化に特化した力を得ているらしい。
ただ彼女たちがいた世界には魔法や魔術といったものはない。
魔術の基礎は魔術師団が教える。
だが、ついでにこの国や世界のしくみなども含めた座学を文官の方で教えることになり、それから実践を行うスケジュールとなったようだ。
「まあ、いきなり連れてこられた知らない国を助けろって言われてもね」
「多少は自分の役割を受け入れていたらしいが、確かにな」
休憩時間にウィンダリオンと少し話す。
今日はほとんど通常業務が停止し、神子スケジュールの調整中である。
ウィンダリオンも街の巡回を別の者に託し、自分の予定を組み直している。
神子を教えるといっても、お忙しい師団長や師長が時間をとれない。
なので、ほどほどに融通のきく数名の副師長が中心となる。
ウィンダリオン含む副長は副師長の穴埋めや、座学の手伝いをすることになった。
私はもちろん師団長より、補佐官として手伝うように言われている。
基本的にはウィンたちと同様に副師長たちの補佐だ。
しかしやはり同性ということで、できるだけ神子を気にしてほしいと言われた。
いわゆる相談相手、というよりは、話相手みたいなものだろう。
補佐としてちょっとの会話の中から色々と読み解くことは慣れてます。
どうぞお任せあれ。
「明日からお互い頑張ろうね」
「少し落ちついたら、うちに来るか? 母上が待っている」
「そうだね、ケリア様のお菓子が食べたいな」
「ああ、伝えておく」
そうして神子のお勉強週間が始まった。
もしかしたらと思っていたけど、神子はやっぱり日本人だった。
わりと綺麗めな顔つきをしていて、少し背が高めな方か。
穏やかではあるが人並みに警戒心を持ち、慎重な考え方をするが、臆病ではない。
私に早めに慣れてくれたのも、同じ黒髪黒目であり、日本人に近しいと思えたことが強いのだろう。
さすがに「日本人ですか」とは訊かれることはないけれど。
シェリー・マクダイドって今の名前で挨拶したから。
ちなみにもうひとりは神子の友人、幼馴染だそうだ。
未だ異世界に来た事実にうろたえているそうで、部屋で療養しているらしい。
それにしては神子はあんまり心配していないように思える。
冷たいわけではないがあっさりしていて――これは様子を見るべきか。
と、思っていたのだが。
それは神子に魔術を教えることとなった副師長から情報が得られた。
神子の友人はアホの子、いや、ええと。
女々し……ええと、色々と天然な子らしく、決して悪い子ではないそうだ。
どうやら神子がこちらに来る寸前にも色々とあったようだ。
辟易した神子は勉強漬けの自分より、優しい侍女たちが傍にいてくれたら安心できるはずだと友人を丸めこ――。
言葉を飾るのも面倒だ、丸め込んだ。
「ここまでおとなしいのは初めてかな!」
笑顔の神子は笑顔に見えなかった。
疲れてたんだね……神子。
でもやっぱり、神子と親しくなるにつれて優良物件であることが分かる。
なのでちょっとばかり持ち回りの工夫をしてみた。
不自然ではないぐらいに、ウィンダリオンが神子の傍にいけるように頑張ってみたのだ。
うちのウィンダリオンも結構な優良物件ですよ、神子。
でもそれから何故か、不機嫌そうなウィンの姿をよく見ることが多くなった。
神子の傍には常にひとがいるからヤキモチだろうか。
今日補佐についていた副師長に何となく相談してみると、本気で笑われた。
わあ、この副師長が声をあげて笑ったところ初めて見たな。
「笑いすぎではありませんか、アードゥク副師長」
「こんなに面白いのは久々だ。最近毎日が楽しくて仕方ない」
「充実していらっしゃいますね」
「まったくな」
なにが楽しいのか、私に神子の情報を与えてくれた副師長は笑い続ける。
「副師長は、本当は神子に教える役目ではありませんでしたが?」
「どうだったかな」
にやにやと笑いながら、副師長はちらりと視線をずらす。
ふと見れば、今日も不機嫌な顔をしたウィンダリオンがいた。




