2.ある男のもうげん
ウィンダリオンが私の話をただの空想語りではなく、本気で憧れてしまったのには理由がある。
いや、うん、私が否定せず甘やかしすぎたせいでもあるが、もうひとつ。
そもそもこの国に『魔女伝説』があるからだ。
『魔女伝説』はこの国の創世期に遡る。
ある日、国の北側にある山の遺跡に魔女が現れた。
魔女は強大な魔法で国を恐怖と混乱に貶めた。
国を守るため、人々を救うためにたったひとり立ち上がった女王。
魔女の元へ向かった女王は、魔女が悪しき力によって狂っていることを見抜く。
女王は王家に伝わる聖なる力で、荒れ狂う魔女を鎮めた。
自分を取り戻し目覚めた魔女は深く感謝し、その身と魔法を女王に捧げた。
そして、女王と国の繁栄のために良き魔法を使い続けるようになった。
――この伝説は、史実だ。
私がちゃんと覚えているのは子供向けの絵本の内容。
しかし国の歴史書には、もっと堅苦しく長々と魔女のことが記されている。
城の北側の山には様々な遺跡があるのだが、『魔女』の逸話が残る遺跡が今もしっかり現存している。
もちろん国の管理となっているため、おいそれと足を踏み入れることはできない。
ただし優秀な魔術師のみを集めて今なお調査を行っているらしい。
遺跡には多かれ少なかれ、魔術関係の知識や技術が眠っている。
だからこそ、この国は魔術に関して強みがあり、研究や魔術書や魔道具などで栄えているのだ。
そして現在までの『魔女伝説』の研究で、ひとつの仮説がある。
魔女が狂う悪しき力とは、膨大な魔力を抑えきれないことで起きる魔力暴走ではないか、というものだ。
そもそも魔女はどうして遺跡に突然現れたのか。
どこから来たのか、何故帰らなかったのか。
『魔女』は魔力暴走によって異世界から転移したのではないか。
まあ『魔女』については文献が少ないので、今でも不明なことは多い。
ただ魔力暴走に関しては、仮説でなくほぼ定説となったようだが。
そしてその魔力暴走が、ウィンダリオンの熱意に繋がってくる。
『魔女』の力は強く、遺跡にはその痕跡が未だに根付く。
残った魔力に引っ張られるのか、波長があうのかは分からないが、今でも『魔女』のように突然何者かが遺跡に現れるのだ。
特に多いのがこの国や世界が危機に陥ったとき。
有名どころは、むかーしむかしの魔戦期の魔王退治した聖女や、龍生期の悪龍退治した神子だったり。
異世界より現れる救国者という憧れが、私の話によって加速した結果。
「異世界トリップしたい」「異世界トリップした子と親密になりたい」と口にする夢見る残念なイケメンに育ってしまったのだ。
「どうしたらいいと思います?」
「どうもこうも」
私の真面目な相談に、上司の師団長は苦笑するばかりだ。
この国は貴族制度はあるが、国に仕える者は実力と実績が重んじられる。
個人間で尊重することはあっても、職場で爵位はほとんど意味を持たない。
油断していると有能な部下に追い抜かされるため、階級が上の者ほど仕事熱心だ。
直属の上司である副師長はマクダイドと同じ子爵位で、つまりウィンダリオンよりも爵位が下。
ちなみに目の前にいるのは魔術師団トップの師団長。
侯爵様であり、爵位も立場も強いのだ。
世間では不思議に思われているようだが、これは『魔女伝説』に出てくる女王の代からそうなっていて、女王がいかに実力主義だったのかがよく分かる。
『魔女』にひとりで立ち向かった女王も、国一番の実力があったんだろう。
魔術師団は、入団するといくつかの班にわけられる。
その班をとりまとめるのが班長、各班長をとりまとめるのが副長、副長をとりまとめるのが副師長。
その上に魔術師団の参謀・相談役である師長がいて、トップに師団長となる。
私は副長のウィンダリオンの補佐官だが、手があいた時は他を手伝ったりもする。
今日はウィンダリオンは月に一度の町内巡回のため不在。
だから師団長の書類分けを手伝っていて、休憩がてらウィンダリオンの相談をしていた。
「俺としては仕事はできるから問題ないと思うがな? 個人の趣味だろう」
「そうは言っても適齢期ですよ! そろそろ現実に目を向けて、地に足をつくべきです」
「お前はあいつのお母さんか」
「嫌ですね、ウィンにはケリア様っていう素敵なお母様がいますよ」
こないだのジャムサンド美味しかった。
味を思い出してうっとりしかけて、ふとひらめく。
「お母様……そうか、自立だ! 自立ですよ師団長!」
「あ?」
「分かりましたよ、師団長。そうか、こうなったら急がねば! ――では師団長、休憩は終わりです。定時までに片付けるならばまずこちらの書類の確認を」
「……お前が補佐官になって良かったよ」
「ありがとうございます」
どうして褒められたのか分からないが、まあいい。
自立――何故思い至らなかったのか。
ついつい甘やかしてしまうのなら、幼馴染離れすればいいと思っていた。
とはいっても、私はまだ結婚に興味ないのでする気がない。
知らない人とお見合いなんて息苦しいし、まだまだ仕事もしたい。
大好きな家族とまだ離れたくない気持ちだってある。
それならば、ウィンダリオンの自立――結婚相手を探せばいいじゃないか!
良い思いつきに内心浮かれる私。
溜息をついて呆れた様子の師団長の姿なんて目に入らなかった。
そうして師団長にバリバリと仕事をこなしてもらい、終業の鐘がなりそうな頃。
「師団長、ステイラーです」
という声とともに、執務室のドアがノックされた。
師団長の頷きを見て、まさか駆け込み案件ではないだろうな、と思いつつドアを開ける。
私がいるとは思わなかったのか、ウィンダリオンは少し目を見開く。
しかしすぐに師団長へと向き直り、文官や剣警団たちからあがってきた報告のまとめを手渡している。
魔術師団はその名の通り、国の魔術関連を担う。
近衛や文官だけでなく、町を守る剣警団や、国境を守る領団からも報告は常にあがってくるのだ。
通常は直属の上司に提出されながら師団長まであがっていくのだが、緊急性や重要性を伴う場合は副長の立場でも報告可能だ。
「――ふむ」
「被害こそ多くはありません。ですが、やはり周辺の瘴気は未だ根強く、国領団としても浄化のための魔術師派遣を希望したいとの話ですね」
「いくら時代が変わったとはいえ、魔戦期から続く瘴気はどうしてもな」
魔戦期は、魔法が著しく繁栄し、多くの争いが続いた時代だ。
その時代に発生した瘴気を得た悪龍が多く生まれ、跋扈していた時代が、龍生期と呼ばれる。
様々な神子や勇者たちのおかげで昔ほど悪龍は生まれなくなったのだが、瘴気というものは浄化以外で消す術はなく、強い瘴気こそ根強く残ってしまう。
それを浄化するのも魔術師団の役目である。
「分かった。次の会議で、緊急性の高い場所から派遣を検討しよう」
「はい。よろしくお願い致します」
ウィンダリオンが頷くと、ちょうど終業の鐘が鳴る。
師団長は苦笑して「ぴったりだな」と呟きながら、報告書を引き出しにしまう。
「ステイラー、今日はこのまま直帰して構わんぞ。ああ、マクダイドも一緒に帰っていい」
「……そうですか、ありがとうございます」
「ありがとうございます。お疲れ様でした、師団長」
ちらりと私を見るウィンダリオンに、軽く頷きを返す。
一礼して共に師団長の部屋を出た。
本来なら後片付けをしたり、部下たちの様子を見てから帰るため、これは私の自立発言を聞いた師団長の心遣いではないだろうか。
それぞれ帰宅の準備をして入口で待ち合わせて家へと向かう。
本来貴族なら馬車を使うのだろうが、ステイラー家もマクダイド家も城からわりと近い。
逆に馬車だと面倒なので、私たちは基本的に歩きで通っている。
急ぐときは馬に乗る。
「……今日、師団長の補佐だったのか」
「うん。他の団員はそこまで忙しくなかったみたいだから」
「……そうか」
ウィンダリオンの返事が少し元気がない。
巡回でなにか疲れることがあったのだろうか。
元気になる話題でも――とすれば私のひらめきがぴったりだ。
「ねぇ、ウィン」
「なんだ?」
「ウィンの理想のタイプってどういう子?」
「は? どうしたんだ、いきなり」
「今まで聞いたことないなって思って」
唐突な私の質問に、ウィンダリオンは訝しげな顔をする。
「母上か……いやまさか……」
私に聞こえないぐらいの小さい声でぶつぶつ呟くウィンダリオン。
首をかしげてみせると、疲れた顔で言う。
「優しくて笑顔が可愛くて真面目で努力家で天然で俺を理解してくれる子」
「たくさんいるでしょ」
大きく溜息をつかれた。
なんだ失礼な。
「……あと、異世界の女の子」
だめだこいつ、早く何とかしないと。




