8 「死ぬ死ぬ」言っている人は死なないんだよ
(どうする? どうする? 旦那さんに兵站線を襲撃させて、敵の糧食と弾薬を強奪させるか。いや駄目だ。一度使った手だ。敵も襲撃を受けたら、すぐに物資を爆破するなどの対策を取っているだろう。こっちに余裕があれば、有効な手だが、こっちには余裕がない)
しばし考えた後、長老は旦那さんと坊っちゃんを応接に呼んだ。
「えっ? あたしは?」
自分が呼ばれないことに不満を現したラティーファを長老は静かに諭した。
「すまん。外で待っていてくれないか。本当に最後の手段なんだ」
「さて」
長老は自らも椅子に腰を下ろすと、旦那さんと坊っちゃんに着座を促した。
そして、静かに語り始めた。
「この拠点がここまでもち、あまつさえ、ハリルまで討ち取れたのは、みんな二人のおかげです。有難うございます」
「いや、それは……」
原因はこっちにあってと言おうとした旦那さんを制し、長老は続けた。
「だが、それも最後だ。どうにかならないか、何度も考えたが、もう打つ手はない」
「……」
「明日にでも最後の指令を出すつもりです。撃って出て、満足するまで戦って討ち死にするもよし、奴隷覚悟で投降するもよし。各人の判断に任せます」
「……」
「だが、お二人は部外者です。これ以上巻き込む訳にはいかない。実は私は小型の垂直離着陸航宙機を一機隠し持っている。実験機だが、試験飛行も済んでいる。隣の星系までは飛べるはずです。それに乗って脱出して下さい」
「そんな……」
長老は旦那さんを更に制し、続けた。
「最後に一つだけお願いがあります。脱出の際、ラティーファも一緒に連れて行って下さい」
(! おじいちゃん)
当然と言うか、ラティーファは扉の外で聞き耳を立てていた。
思わず応接の中に入り込もうとしたその際に、旦那さんが次の話を切り出し、ラティーファは入るタイミングを失した。
「それで長老、貴方はどうされるつもりなんですか?」
旦那さんの質問に、長老は静かに微笑して、答えた。
「私も素直じゃないのでね。PPをハサンにくれてやるつもりは毛頭ない。敵も使ったが、私もTNT火薬を持っている。拠点ごと爆発させるつもりです。私も一緒にね」
(!)
今度こそ応接に乗り込もうとしたラティーファを制したのは、旦那さんの意外な言葉だった。
「長老っ。ここにはTNT火薬があるんですかっ?」
旦那さんの剣幕に圧倒されたが、長老は何とか答える。
「あ、ああ。この拠点を5,6回吹き飛ばすくらいの量はありますよ」
旦那さんの勢いは止まらない。
「で、では、ニトログリセリンは? ニトロトルエンは? トリニトロトルエンは? ニトロセルロースは? テトリルは? オクトーゲンは? ヘキソーゲンは?」
長老は静かに頷いた。
「全部あります。これでもエンジニアですよ」
「長老っ」
旦那さんはついに立ち上がった。
「もう1回だけチャンスを下さいっ。ハリルの他にハサンを倒せば、敵軍の統制は取れなくなるのでしょう?」
「…… それは十分期待できるでしょう。但し、ハサンはハリルと比べてもかなり強いという話です」
「! ハリルと比べてもかなり強い?!」
旦那さんの眼は爛々と輝きだした。
(…… はぁ)
扉の外ではラティーファが脱力していた。
(あいつはぁ~)
旦那さんの勢いはますます増していった。
「垂直離着陸航宙機があれば、ハサンの要塞まではひとっ飛びだ。爆薬があれば破壊工作も出来る。後は俺がハシムに勝てばいい。俺がハサンに勝てば、それはすぐ坊っちゃんにはわかる。そうだよね?」
「う、うん」
坊っちゃんは珍しく憂い顔で頷いた。
長老はさすがに気になったが、旦那さんの弁舌は止まらなかった。
「俺がハサンに勝ったら、長老は無線で全拠点と敵にもよく聞こえるよう発信して下さい。その頃にはハサンの要塞も炎上しているでしょうから、皆、理解するでしょう」
ここで一呼吸おき、旦那さんはこの後は静かに続けた。
「俺が負けた時は、それはそれで坊っちゃんには分かる。その時はラティーファは坊っちゃんに護衛させて、脱出させて下さい。大丈夫。坊っちゃんなら人一人守り抜くのは簡単なことだ。そうだよね?」
「うん」
坊っちゃんは今度は明るく答えた。長老は当惑したが、質問も出来なかった。
「そうと決まれば、善は急げだっ。長老っ、航宙機と爆薬のありかを教えて下さいっ」
張り切って立ち上げる旦那さんに、長老は複雑な感情を抱えながらも、ありかを教えた。
◇◇◇
嬉々として航宙機に爆薬を積込む旦那さんの襟首を後ろから思い切り引っ張ったのは、果たしてラティーファだった。
「あんたねぇ。あたしに何か言うことないの?」
「あ、ああ。行ってきます」
ラティーファは又も脱力感に襲われたが、さすがに、ここで引き下がる訳には行かない。
「あんた。ハサンはハリルより何倍も強いって話だよ。勝てるの?」
「…… それは分からない。でも、全力を尽くしましょう。いや本当に全力を出したい」
ラティーファの声はだんだん悲痛さを帯びてきた。
「分からないって、あんた、負けたら死んじゃうんだよ。分かってんの?」
「えーーっと。その時は…… ごめんなさい」
ラティーファの声は遂に涙声になった。
「あんたっ! そこに座りなさいっ!」
ラティーファの剣幕に圧倒された旦那さんは思わずその場に正座した。
「はっ、ははは、はい」
「いい? あんた。あんたはね、あんたはね……」
ラティーファの言葉に旦那さんの緊張がピークに達した時、次の言葉が出た。
「むさいのよ」
(……)
いつもの重い沈黙の数段上を行く重さの沈黙が流れた。
「え、えーと」
旦那さんがようやく言葉を絞り出した。
「それは、貴方様に初めてお会いした時から何度となく言われておりまして、この俺もそれは十分に自覚……」
「うるさいっ! うるさいっ! うるさぁいっ!」
ラティーファは凄まじい勢いで旦那さんの発言を遮ると、更に続けた。
「いいっ? 発言は今後あたしが許可した時のみにしなさいっ。わかったら、返事は?」
「は、はい」
「よろしい。では、お話を続けます」
「いい? さっきも言ったけど、あんた、むさ苦しいわ、貧相だわ、おっさんだわ、悪い意味で年齢不詳だわ、もうっ、どうっしようもないのっ」
「……」
「ここまで反論は?」
「あ、ありません」
「よろしい。で、あたしとしては、もう、傍で見てると、何とかしなきゃって気持ちでいっぱいな訳」
「……」
「だから…… だからね……」
ラティーファはここで感極まったか、号泣し始めた。
「帰って来なさいっ! 絶対にっ! ここにっ! 帰って来なさいっ! 反論は許しませんっ!」
「…… はい……」
「はあっあっ」
壁の反対側で、一連の会話を聞かされた長老は深いため息をついた。
「どうしてあの二人はああなのかね? 最後の最後まで……」
だが、不思議と笑いがこみ上げてきて、独り言ちた。
「ふふふふ。でも、あの二人のおかげで私は思い出し笑いしながら、三途の川を渡れそうだ」
その様子を見ていた坊っちゃんは冷静にツッコミを入れた。
「長老。旦那さんが言ってたけど、『死ぬ死ぬ』言ってる人は死なないんだよ」
長老は一瞬当惑したが、すぐに笑顔で返した。
「そうだね。きっと坊っちゃんの言う通りだよ」
◇◇◇
深夜のしじまを突き破る轟音が響き渡り、垂直離着陸航宙機は第12拠点を飛び立った。
第12拠点の包囲部隊は色めき立った。
今まではハリルが死ぬ前に指示していた戦術をもって、第12拠点を攻撃し、戦況は優勢と捉えていた。
但し、第12拠点の首長アブドゥル・ラフマーンが何をしでかすか分からない男なのも事実である。
兵士は就寝用のテントを飛び出し、岩陰に身を隠し、銃剣を握りしめた。
だが、航宙機は包囲部隊には見向きもせず、北北東に飛び去っていった。
(…… いや、油断ならない。旋回して戻ってきて、攻撃してくるかもしれない)
兵士はそう思い、通信兵は全てのハサンの軍に通信を送った。
「第12拠点から垂直離着陸航宙機が離陸。当方に直接攻撃はせず。十分警戒されたし」
だが、この段階で垂直離着陸航宙機の真の目的に気づいていた者は一人しかいなかった。
「来る」
ハサンは直感した。それは離陸確認の通信より早かった。
自分を標的にした強烈な意識が南南西から急速な速度で接近してくる。
(アブドゥルの奴、航宙機を隠し持ってやがったか)
先の大戦争の終戦後、銀河連合はこの惑星に航宙機の開発を禁じた。
この惑星産の銀河同盟軍航宙機の高性能にさんざん手を焼いたからである。
それからこの惑星の人間にとって航宙機とは、たまに宙港にくる他国産の旅客機のこととなった。
「総員。大至急、この建物から退避しろっ。奴隷は1回放って、1週間後までに戻ってこなかった者は殺せっ」
ハサンはそう指令すると、自らが真っ先に要塞から脱出した。
要塞と言っても、元は航宙機工場の焼け残りから作ったものである。自然の要害を生かした他の拠点とは基本構造が違う。
他の拠点からの攻撃の防衛よりも、他の拠点から供出される生産物の搬入の利便性を重視したのである。
それでも「要塞」と呼ばれるのは、奴隷の脱走に対応するため、塀を高くし、塀の上に鉄条網を張り、門からの出入りを厳しく監視したからである。
ハサンが出した迅速な退避命令は言わば当然であった。
◇◇◇
ドッスゥゥゥゥゥンッドッカカァァァーーーン
程なく凄まじい爆音と共に、ハサンの「要塞」は大炎上した。
旦那さんが爆薬を満載した航宙機を突入させたのだ。
もちろん、旦那さんは突入寸前に脱出している。
(ふん。せめてものお礼だ。それにしても、予想より建物はやわだったな。TNT火薬の他に随分ニトロ系の爆薬も貰ってきたが、これ以上の破壊工作は要らないな)
一瞬そんなことを考えた旦那さんは直ぐに周囲の気配を探った。
(遠くで散り散りばらばらに逃げているのは、一時解放された奴隷たちだな。ふむ。周囲に殺気が集まって来ている。ハサンの親衛隊か? むっ?)
背後から襲い掛かって来た影を、旦那さんはすんでのところでかわした。
今度は正面から襲い掛かってきた影をかわした。
(これは……)
改めて周囲を見回すと、赤みを帯びた眼が幾つも旦那さんを囲んでいる。
(くっ)
旦那さんにして、敵襲をかわすことに精一杯になった。
(暗視装置か? いや、違う。奴らの眼が光ってやがるんだ)
相次ぐ強襲に抜刀をする暇もない。
(何かが違う。ハリルの兵たちは明らかに高度な訓練を受けていたが、その攻撃パターンは推測できた。だが、こいつらは違う。何か初めから命を捨てて、こっちを殺しにかかっているような……)
不意に、ある単語が頭に浮かんだ。




