7 働かざる者食うべからずだからね
「ヒューッ」
旦那さんは期せずして、口笛を吹いた。
「待たせた分、楽しませてくれるじゃないか? ハリル君」
「ふん。やはり大したもんだな。レーザーセイバーを目にしても、驚きもしないか。偵察局員様は」
「『ていさつきょく』? 何だ? それは?」
「相変わらずのとぼけようだな。偵察局が何故アブドゥルのじじいに加担する?」
「何を言ってるんだか、さっぱり分からん。俺はメシは食わしてくれると言うから、ここの世話になっているだけだ。それで、お前のところの兵隊が食ってるメシより、こっちの方が旨い」
「聞いて答えるタマじゃないか。まあいい」
ハリルはレーザーセイバーを中段に構えると一歩旦那さんに、にじり寄る。
「レーザーセイバーを持っているのは貴様だけではないということだ。こっちのは銀河同盟駐留軍将校の置き土産だが」
ハリルは更に一歩にじりよる。
旦那さんのレーザーセイバーを握る手にも力が入る。
「いくぞっ」
ハリルは一気に旦那さんに向かって駆け寄ると、鬱憤を晴らすかのように、レーザーセイバーを叩きつけた。
もちろん、旦那さんはそれを自分のレーザーセイバーでがっちりと受け止める。
そのまま、二撃三撃と斬り合いが続く。
「ハリル様っ」
見かねたハリルの軍の兵士が旦那さんに向け、発砲する。
だが、その銃弾は斬り合いをする二人には届かず、途中で全て蒸発した。
「馬鹿者っ!」
ハリルが怒鳴る。
「お前らの手に負える奴じゃない。黙って見ていろ」
それ以降、周囲のハリルの軍の兵士は黙って見守るしかなかった。
第12拠点の守備兵に至っては、見守ることも出来なかった。
絶え間ないドローンの攻撃に晒されていたのである。
その中にあって坊っちゃんは、相変わらず無限の体力で、ドローンの撃墜を続けていた。
「坊っちゃん。旦那さんがっ、旦那さんがっ」
第12拠点の人間では数少ない、ハリルと旦那さんの一騎打ちを目撃したラティーファが駆け込んでくる。
「坊っちゃん。旦那さんが危ないの。同じ武器なんだけど、相手の方が光が強いの。押されているみたい。助けてあげて」
坊っちゃんは右手でレーザーブラスターの引き鉄を引いた。更に一機のドローンを撃墜すると、左腕で額の汗を拭いながら、ラティーファの方を振り向いた。
「うん。僕もさっきから波動を感じている。手強い相手のようだね。だけど……」
坊っちゃんは再度正面を向き、レーザーブラスターを撃った。もう一機炎上墜落していく。坊っちゃんはそのまま続けた。
「相手が手強いからこそ、今、誰かが手出ししたら、旦那さんは凄く怒るよ。例えば手出しをしたのが僕なら、旦那さんは僕を殺すかもしれない」
「そんな……」
ラティーファは二の句が告げられなかった。
斬り合いを続けるうちにハリルの精神は高揚していった。旦那さんもそのようだった。
もう何十度目のレーザーレイバーのぶつかり合いだろう?
不意に旦那さんは今までより広めの間合いを取った。
更に、今までより大きく後ろに振りかぶり、叫び声を上げて、打ち込んできた。
「チャージオンッ」と。
「むう」
ハリルは旦那さんの意外な行動に一瞬当惑したが、そこは百戦錬磨。冷静にレーザーセイバーを受け止めた。
「くっ」
その時、旦那さんの表情に明らかに失望の色が浮かんだ。
(駄目なのか? これでも……)
一騎打ちはいつしか叩き合いからレーザーセイバーを介した力比べに変わっていった。
ハリルの精神は高揚し、セイバーは相変わらず煌々と輝いていた。
それに対し、旦那さんのセイバーの光は鈍いままだった。表情も当初の高揚感は消え、冷静な表情になっている。
傍目にはラティーファが感じたように、ハリルが押しているように見える。
「なのに……」
ハリルは当惑していた。
(俺の闘争心は盛り上がっている。セイバーもそれを感じて、大きく発光している。なのに……)
(何故だ? それなのに何故この男には勝てる気がしないのだ?)
旦那さんは悔しいほど冷静な表情をし続けている。
(どういうつもりなんだ? この男は何を考えているんだ? くそっ)
ハリルはぶつかり合っていたセイバーを旦那さんのセイバーから外し、間合いをとった。
旦那さんも合わせて、間合いを取ってくる。
「くそおっ」
ハリルは以前旦那さんがそうしたように、大きく間合いをとり、更に大きく振りかぶって、旦那さんに向かって、斬撃を加えた。
旦那さんは全く動ぜず、セイバーでそれを受け止める。
次の瞬間、ハリルの右足は旦那さんの両足を目がけ、蹴りを繰り出した。
(…… 失敗った)
自らの体液の水分子が振動、沸騰、蒸発していくのを感じながら、ハリルはそう思った。
ハリルの右足が旦那さんの両足に届く前に、旦那さんのセイバーはハリルのセイバーごと、ハリルに接触した。
(結局、光は鈍くても最後まで自分のセイバーを信じた旦那さんと信じ切れずにケンカ殺法に走った俺の差か…… だが……)
(俺は確かに一騎打ちでは負けたが、攻城戦では負けん。アブドゥル。地獄で待ってるぜ)
ハリルはそこまで考えて、絶命した。
その瞬間、大きなどよめきが起きたが、ハリルの軍は静かにその場から撤退を開始した。
それは決して将を失っての算を乱しての敗走ではなかった。
◇◇◇
「将が討たれても、軍を引く気がないのか?」
長老は溜息をついた。
ハリルが死んでも、その軍は第12拠点を遠巻きに包囲したままだった。
「分からん。こちらに兵糧攻めが効かないのはわかっているはずだ。間違いなく向こうの方が先に糧食が尽きる」
「何か陣形が変わったみたいよ」
双眼鏡で辺りを伺っていたラティーファが言う。
「ハリルと旦那さんが一騎打ちをしていた時には、うちの正面口に手厚く布陣していたけど、今度は全部同じくらいの厚みで布陣しているみたい」
「ふーん」
それにしても相手の意図が読めない。長老は唸った。
「まあ、敵の統制が乱れないのは、ハリルが生前に指示を残していたんだろうし、ハリルより強いハサンがまだ残っているってことだろうが」
「ハリルより強い?」
旦那さんの眼が光った。
(あ、嫌な予感)
ラティーファは、反射的にそう思った。
◇◇◇
翌日、いつもの通りドローンが飛来し、坊っちゃんは掃討作業に取り掛かった。
それと同時にハリルの軍は一斉に第12拠点に突撃してきた。
「分からない」
長老は呟いた。
「正面口以外でも入れなくはない。だが、全部岩登りだ。登っている最中は無防備だ。狙い撃ちだろうに」
「さあて」
旦那さんが重い腰を上げた。
すっかり光の弱くなってしまったレーザーセイバーを右手に持つと出入り口にゆっくり向かった。
「ハリルがいなくなっても、ちゃんと働いてよ。働かざる者食うべからずだからね」
ラティーファの妙な励ましに、旦那さんは気怠そうに頷いた。
「へいへい」
◇◇◇
ズズーン
第12拠点を爆発音と震動が襲ったのは、旦那さんが出入り口から拠点を出た直後だった。
「何だ? 何が起こった」
長老の疑問に答えるより早く、爆発音と震動は次々第12拠点を襲った。
「おじいちゃんっ。敵がダイナマイトをこっちに投げてきている」
慌てて双眼鏡を覗き込んだラティーファが長老の方を振り返って言う。
「何だと?」
長老の頭は大混乱を来した。
(分からない。本当に分からない。敵はPPが欲しいのではないのか? 何故それなのに拠点を爆破攻撃する?)
旦那さんも異変に気づいたらしく、蠅を追い払うかのように、敵兵の真っただ中を、レーザーセイバーを振り回していく。
敵兵はバタバタ倒れていくが、なかなか全部のダイナマイト投擲を防止できない。
「あっ、おじいちゃんっ、あれっ」
双眼鏡で拠点の出入り口の反対側を見ていたラティーファは、あるものを指差した。
「!」
長老も気づいた。
何隊かの敵兵が拠点の出入り口の反対側にTNT火薬を仕掛けようとしている。
(TNT火薬では通常のダイナマイトとは破壊力が桁違いだ。旦那さん早く気づいてくれっ)
旦那さんはそれに気づいた。レーザーセイバーを振り回しながら、駆け足で拠点の出入り口の反対側に向かう。TNT火薬を仕掛けようとした敵兵たちが次々倒れる。
坊っちゃんもそれに気づいた。ドローンの撃墜作業に従事しつつ、レーザーブラスターでTNT火薬を仕掛けようとした敵兵を撃っていく。
だが……
ズッズズズズーーーッドッカカァァァーーーン
ついにTNT火薬は爆発した。
追い詰められた一人の兵士が導火線を設置せず、いきなり着火し、自らの体と共に爆発させたのだ。
爆発音も震動もダイナマイトのそれとは全く違った。第12拠点周辺にいた者で立っていられたのは、旦那さんと坊っちゃんの二人だけだった。
「全く何てことしやがる」
長老がやっとの思いで立ち上がると、ラティーファが蒼い顔をして呟いた。
「おじいちゃん。あれ」
「!」
爆破された岩塊からは水が勢いよく吹き出していた。
吹き出した水は下へ下へと流れていく。
次の瞬間、長老は全てを理解した。
(不覚! そういうことだったのか。くそ、何故私は気づかなかった)
PP、食糧プラントは光合成の応用技術である。
光合成で必要なものは、光エネルギー、二酸化炭素、そして、「水」である。
他の二つがあっても、「水」がなくては光合成はできない。
(いや、そもそも、人間、食べ物が無くても2~3週間は生きる。だが、「水」がなくては5日がいいところだ)
(兵糧攻めが成立してしまった。考えてみれば、「水」は各拠点で得られる。PPさえ残っていれば、「水」は攻め落とした後、他から持ってくればいい。くそっ)
「おじいちゃん……」
心配そうに顔を覗き込むラティーファに気づき、長老は我に返った。
「あ、あ、すまん」
慌ててラティーファの方に振り向くと、長老は続けた。
「すまんが、少し考えたい。一人にしてくれないか?」
「う、うん」
長老は一人で応接に入って行った。ラティーファはただその背中を見守っていた。