6 もう、ドタキャンはねぇよなっ
「全軍撤収ーっ」
突然の大声が戦場を引き裂き、ハリルの全軍は三々五々引き上げ始めた。
旦那さんも驚いたが、ハリルはもっと驚いた。その命令を下したのはハリルではなく、ハリルの部下だったからである。
「貴様っ、何を勝手な真似を」
激怒するハリルに部下は静かに対応した。
「糧食が尽きました。このままでは兵の銃口はハリル様、貴方に向きますぞ」
「俺があの男を殺せば、第12拠点は自然と落ちる。そうなれば糧食なぞ無限に手に入るわ」
「お言葉ですが、ハリル様。今の状況で、あの男に勝てますか?」
「ぐっ」
ハリルは言葉に詰まった。そうなのだ。お互いが素手で殴り合う訳ではない。相手の武器は超心理学技術に基づくもの、こちらは従来型の銃剣だった。
部下たちはハリルを無理やりジープに押し込むと、急発進させた。
「あっ、あーっ。それやる? 2回目だよ。ハリル君。レッドカードだよ」
旦那さんの叫びは今度はハリルに届いた。
「やかましい。次に会えたら、絶対、相手してやる。パワーアップしてな」
「本当? 約束だよ~」
ジープもハリルの軍もあっという間に姿を消していった。
◇◇◇
「くそぉ、これじゃ兄貴に合わせる顔がねぇっ」
ジープに揺られながら、悔しがるハリルを部下たちが宥めた。
「ご辛抱なさいませ。もう、貴方様は歓楽街の用心棒ではないのです。この惑星の最大軍閥の総帥ハサン様のご実弟なのですよ。もし、貴方様が討ち死にするところを、私どもが黙って見ていたとなれば、私ども全員ハシム様に処刑されます」
(ふん)ハリルは思った。
(食いっぱぐれるのは嫌だ。馬鹿にされるのは嫌だと頑張っているうちに、こんなところまで来ちまった。偉くなるってのは何て不自由なんだ。ひょっとすると俺は……)
不意に旦那さんの顔が浮かんだ。
(貴様を殺しても殺し足りないほど憎いのは、貴様が羨しくて仕方ないからかもしれんな)
(だが)ハリルは思い直した。
(次が最後だ。何としても兄貴にもう1回チャンスを貰い、貴様か俺が死ぬまでやる。それが出来なければ、こっちが先に死ぬまでだ)
◇◇◇
「あ、旦那さん、帰って来たみたいだよ」
坊っちゃんがポツリと呟いた。
「ほう~」
長老も息をついた。敵陣の後方で炎が立ち上り、敵が撤退していくのは見えたが、やはり、旦那さんの働きだったか。
「!」ふと、長老が気が付けば、ラティーファが入り口に向けて、突進していった。
「おやおや。これはこれは」
長老が何の気なしに、そんな言葉を呟くと、
「おやおや。これはこれは」と坊っちゃんも呟いた。
(えっ、君、意味が分かって言ってる?)
長老はそんなことを思った。
「あんたねぇ、何日出払ってたの? 少しはこっちの身にもなって……」
旦那さんの姿らしきものを確認したとたん、一気にまくし立てようとしたラティーファだったが、次の瞬間、絶句した。
「あ、ラティーファ。ただいま~」
「あ、あんた、何日外へ出てたんだっけ?」
「多分、5日間くらい」
「そうなの……」
(人間、5日外へ出ると、こうまでむさ苦しさに拍車がかかるもんなんだ……)
ラティーファは、それ以上深く考えないことにした。
「あ、そう言えば、あんた、お腹減ってるんじゃないの? 5日も戦ってきたんじゃあ」
「そうでもない。敵の糧食奪って食ってたから。でも、こっちのメシの方が旨いかな?」
「それはどうも。おほめに預かりまして(棒)」
「あ~そうそう。お土産があるんだわ。ザックに入る範囲内だけど、敵の弾丸とメシ持ってきた。食べ比べしてみる?」
「わー。楽しみだなー(棒)」
「やれやれ。幾ら戦時中と言ったって、もうちょっと何とかならないかね」
様子を伺っていた長老は独り言を呟いた。
すると、何故か坊っちゃんもそばにいて、
「全くだよね~」と言った。
(だから君。意味分かって言ってるの?)
長老はまたそう思った。
◇◇◇
かつてのミッドラント航宙機製作所の施設を改修したハサンの要塞。
そこでは、ハリムが自らの両手を後ろ手に縛り、壇上のハサンに向かい、自らの罪状を述べていた。
曰く、第11、第12の2拠点を制圧し、PP、食糧プラントを入手するという作戦目的を何一つ果たせなかったばかりか、あたら多くの兵を失ったこと、更に第3、第5拠点の貴重な物資を敵に破壊又は強奪されたこと。
そして、その罪は万死に値すると申し述べた。
ハサン付きの文官が、ハサンに裁定を請うた。「如何なさいましょうか?」
「不問に付す」
ハサンは静かに言った。
(やはりな)
そういった空気が空間に流れた。
(ハサン様の実弟だ。処刑などされる訳がない)
その空気を破ったのは、ハリル本人だった。
「兄貴。俺を処刑してくれ」
一帯がざわめく。ハリルは構わず続ける。
「周りを見ろ。やっぱりなという顔をしている。兄貴の弟だから、何をしても処刑されない。そういうのはよくないだろう」
「待て、ハリル」
ハサンが制止する。
「今回の作戦は我が軍の食糧事情が逼迫しているのをお前が何とかしようとしてくれて、立案されたものだ。儂もそのことはよくわかっている」
「ハサン様」
お付きの文官が声をかける。ここにはいろいろな者がいる。話し過ぎではないかと懸念したのだ。
「よい」
ハサンはそれをも制す。
「我が軍の食糧事情が逼迫しているのは、もう公然の秘密だ。それこそ目ざとい第12拠点のアブドゥルあたりはうすうす感づいていることだろう」
「……」
「だがな、ハリル。その心配はもうしなくてもいいのだ。実はある外部の機関からある施設を誘致する話が進んでいる。それが成功すれば、多額の外貨が入ってくるはずだ」
「!」
ハリルは立ち上がった。
「兄貴っ、何だそれはっ?」
後ろ手を縛られたまま、ハサンのいる壇上に向かって歩き出さんとした。
「兄貴っ、俺たちの目指したものはそんなものだったのか。二人で食いっぱぐれるのは嫌だ。馬鹿にされるのは嫌だと頑張ってきたのは、そういうことのためだったのか?」
周囲の衛兵が慌てて、ハリムを取り押さえにかかる。だが、ハリムは叫ぶのを止めない。
「兄貴っ、アブドゥルのじじいをぶちのめそう。今度こそppを手に入れよう。それで一生食いっぱぐれることなく、誰にも馬鹿にされないで暮らそう」
「……」
衛兵も取り押さえることは出来ても、ハサンの実弟の口を塞ぐことはできなかった。
「兄貴っ、これが最後のお願いだ。もう1回だけ俺に第12拠点制圧のチャンスをくれ。それがどうしても駄目だって言うのなら、俺を処刑してくれ。その代わり、この最後の作戦が失敗したら、俺はもう何も言わないで兄貴に従う」
「……」
重い沈黙が流れた。
ハサンはハリルとの日々を思い出していた。貧しく食うに困った幼少時代。ケンカに明け暮れた不良少年時代、それが認められての歓楽街の用心棒、裏社会のボスから、空襲後の一瞬の隙をついての軍の兵器の奪取と軍閥への成り上がり。
「わかった。お前の言うとおりにしよう。但し、本当にこれが最後だ」
「有難う。兄貴。おいお前ら、俺は軍司令官に再任された。後ろ手の縛りを取ってもらおうか」
衛兵たちは、慌てて後ろ手の縛りを解きにかかる。
「ハサン様。宜しかったので?」
お付きの文官が声を潜めて、ハサンに問う。
「仕方あるまい。施設の誘致がもう、儂と相手方の代表の調印を残すのみにまで、煮詰まっているのは、ハリルには黙っていてくれよ。まあ、PPを取れて、施設も誘致出来れば、それに越したことはあるまい」
(だが)ハサンは内心思っていた。
(ハリルの奴、今度、うまくいかなかったら、死ぬ気だな)
◇◇◇
この砂漠の惑星にとって、史上空前の大軍勢が進軍しようとしていた。
ハリルがハサンに最低限の世話役の衛兵だけを残した、残り全ての兵士の動員を望み、ハサンもそれを認めたからである。
第12拠点以外の拠点が、留守のハサンの要塞を攻撃することなどあり得ない。そう読んでのことだった。
そして、それは現実となった。
各拠点は、門戸を固く閉ざし、ハリルの軍の通過を固唾を飲んで、見守っていた。
先の戦闘で第12拠点の首長長老に旦那さんを派遣して貰うことで救われた、第11拠点首長ナジーブもその一人だった。「アブドゥル。すまん」と呟きながら。
「うーん。来たねぇ」
第12拠点を十重二十重に囲むハリルの軍勢。後ろの方には相当な数のドローンも飛んでいる。
それを眺めた坊っちゃんは他人事のように言う。
「そうだね」
長老も応じる。
しかし内心では(今度という今度はもう駄目かも知れんな)と感じている。
前回の防衛戦からそう何日も経っていない。守備兵たちの疲労は明らかに抜けきっていない。
弾丸は旦那さんが敵の補給部隊から強奪してきたものを足しても、これもどう見ても足りない。
(坊っちゃんに敵襲を防いで貰っている間に、旦那さんが敵の兵站線を切る。前回と同じ方法くらいしか戦術は思いつかない。だが、そんなことは敵も考えているだろう。ただ、数だけ増やしたとも思えない)
長老の予想は当たった。
ハリルの軍は前回とは全く違った戦術を取って来たのだ。
まずは、数えきれない程の数のドローンが拠点の上空に襲来。機銃掃射を開始した。
「僕に任せてっ」
嬉々とした坊っちゃんがゲームのように、次々とドローンを撃墜して行く。
しかし、ドローンの数は多い。
拠点側の死傷者も増えて行く。
呼応して、包囲していた軍も突撃を開始した。
「おうっ」
こちらは旦那さんが勇躍入り口から飛び出した。
「あんた、無茶しないで」というラティーファの声は多分全然聞こえていない。
◇◇◇
入り口の前に立ちはだかる旦那さんがレーザーセイバーを一閃すると、瞬く間に数名の勇気あるハリルの兵は倒れた。
「待てっ、お前ら。ここは俺に任せろっ」
「おおっ、ハリル君。もう、ドタキャンはねぇよなっ」
人波をかき分け、姿を現したハリルに旦那さんは、声を張り上げた。
「当たり前だ。パワーアップして、貴様を殺すと言ったろうが」
ハリルはおもむろに右手を背中に回すと、抜刀した。
煌々とした光を放つレーザーセイバーが姿を現した。
その光は旦那さんのそれより何倍も強かった。