5 俺はセイバーを光らせたいだけだ
ハリルは飛ばした。バギーをこれ以上は出ないスピードで飛ばした。
第12拠点を攻め落とす。その陣頭指揮をとる。そのために飛ばすのだ。他に理由はない。
ハリルは自分にそう言い聞かせていた。
第11拠点から第12拠点はそう遠くない。だが、それでも、助っ人であるあの男を出してしまっている以上、もう、攻め落とされているかもしれないな。ハリルはそうとも思った。
しかし、第12拠点に到着したハリルを待っていたのは、思いもよらぬ光景だった。
「どういうことだっ? これはっ?」
第12拠点を遠巻きに囲む自軍。そして、自軍と第12拠点の間には、自軍兵士の死体が数えきれないほど広がっていた。
「ハリル様」
その部下は静かに切り出した。
「第12拠点の首長アブドゥルが呼んだ助っ人は確かに第11拠点に現れたのですか?」
「ああ。来たぞ。凄ぇのが来た」
「では、助っ人は二人いたということです。こちらにも凄い狙撃手がいました」
「何? 二人いたのか?」
「はっ、もう第12拠点に助っ人はいないという前提で、総攻撃をかけました。しかし、第12拠点には信じられない遠距離からレーザーブラスターを撃ってくる狙撃手がいて……」
「それでこの状況ということか?」
「はっ、こちらの全てがその狙撃手に撃たれた訳ではないですが、大半はそうです。何しろこちらの銃の射程距離外から撃ってきて、しかも命中させる。やむを得ず、敵のレーザーブラスターの射程距離外で遠巻きにしている状況です」
「何てこった。普通なら兵糧攻めに切り替えるところだが、相手は食糧プラントを持っていると来た」
「おっしゃる通りです」
(だが、このままでは埒が明かない。第11拠点の攻撃隊があの化け物を釘付けに出来るのもそう長くはないだろう。何か手はないか? 夜襲をかけるのは? いやだめだ。あの機械オタクのアブドゥルのことだ。サーチライトくらいは用意してるだろう。一方的に撃たれるのが落ちだ。ドローンを使って、空撃をかけるのは? いや、これもだめだ。そんな優れた狙撃手がいるのでは、撃墜されてしまうだろう。第一、偵察に使うことしか考えていなかったから。そう機数がない)
しばしの思考の後、ハリルは決断した。
「疲れさせよう」
「は?」
「部隊を二つに分け、二交代で攻撃をかけさせる。敵が撃ってきたら、無理をせず、引き返せ。それを繰り返す。こちらは半分の部隊には休養を取らせる」
「……」
「だが、あっちは休養が取れない。狙撃手はプロかもしれんが、後はアブドゥルも含めて、戦闘は素人だ。必ず疲労が蓄積してくる」
「……」
「そこで総攻撃だ。どんな優れた狙撃手でも全員は撃てまい。そこで白兵戦に持ち込めれば、こっちのもんだ」
「しかし、疲れさせている間に、第11拠点に派遣された男が帰ってきたら?」
「そこだ。そこがこの作戦の肝だ。あの化け物を封じるのは困難だ。帰ってくるまでに終わらせるしかない」
「では、すぐにでも作戦開始しましょう」
ハリルの予測は当たった。
第12拠点では一人を除いた守備兵たちは疲労困憊の極にあった。
ラティーファが先頭に立ち、糧食を配布し、励まして回っていたが、立ち上がれない程の状況になった者が殆どだった。
また、懸念材料はそれだけではなかった。酷使による銃の故障が頻発していた。長老を中心とするエンジニア班が突貫工事で修理していたが、追い付かなくなっていた。更に弾丸の不足問題も出てきた。リサイクルを取り入れた人工光合成システムの食糧プラントで糧食の確保には困らなかったが、弾丸はそうはいかなかった。
(全くあの男はいつになったら帰ってくるの。まさか、本当に逃げてしまったんじゃあ)
「お姉ちゃん。旦那さんは逃げたりしないよ」
ただ一人元気な坊っちゃんがラティーファの心を見透かしたように言う。
「えっ? あたし、逃げたんじゃないかなんて思ってないよ」
慌てて弁解するラティーファに坊っちゃんの次のセリフが突き刺さる。
「ただ、道草喰って遊んでるかもしれないけど」
(それじゃ、ダメじゃん)
ラティーファは呆れる気力も出なくなった。
◇◇◇
(よしっ)
ハリルは確かな手応えを感じていた。
明らかに敵から飛んでくる弾丸が減って来ている。
第11拠点攻撃隊から、化け物がこちらに向かったとの連絡もまだない。
(今が攻め時だ)
「総攻撃を開始する」
「お待ちください」
ハリルの指令に珍しく部下から制止が入った。
「何だ?」
不機嫌そうに問い返すハリルに、部下は冷静に続けた。
「相手の物資も枯渇してきているようですが、こちらの補給もギリギリです」
「そんな馬鹿な。今は第3拠点に加えて、第5拠点からも兵站線を敷いている。そんなに早く不足するはずがないではないか」
「理由は現在も調査中ですが、何日か前から物資が届かなくなっています」
「ふむ」
ハリルは少しだけ考えたが、すぐ続けた。
「調査は続けろ。だが、今は千載一遇の好機だ。総攻撃は実施する」
「はっ。くれぐれも無理のないように」
総攻撃は開始された。
各部隊は一斉に第12拠点に襲い掛かった。
(何割かは狙撃手の手にかかるだろう。だが、第12拠点に侵入できる数も相当数に上るはずだ。この戦い勝った)
だが、第12拠点は、レーザーブラスターの他に普通の銃も撃って来た。侵攻の足が鈍る。
「ハリル様」
懸念する部下の前に、ハリルは瞬時に判断を下した。
「敵が撃って、当たらなかった弾丸を持ってこい」
弾丸をひとしきり眺めたハリルは、それを周囲の部下に見せつけた。
「見ろ」
それはひどくいびつな形をしていた。
「やつら正規の弾丸は撃ち尽くしたので、大慌てで手近な金属で作ったんだ。こんな弾丸は当たらん。安心して攻めるよう伝えよ」
ハリルの軍の士気は上がったかに見えた。
「何故だ?」ハリルは訝しがった。
第12拠点は落ちなかった。
「全軍にもっと迅速に攻め込めと伝えよ。もう即席の弾丸も撃ち尽くす頃だろう」
「それが」
前線の兵士の報告は俄かに信じがたいものだった。
「確かに普通の銃の発砲は激減しました。しかし、その分、レーザーブラスターの威力が加速度的に増し、時間当たりの発射回数と命中率が跳ね上がっているんです」
「何だと」
(精神の高揚と共に威力を増す兵器。超心理学技術。何でそんなものを持っている? そんなものを持っているのは、よっぽどの将校の護身用か、あるいは……)
(偵察局!? 馬鹿な、こんな辺境に何故奴らが来る?)
「レーザーブラスターのことはわかった。だが、それにしても攻撃のスピードが落ちている。何故だ」
独り言のように呟いたハリルだが、部下からその答えが来た。
「ハリル様。先程、申し上げた通り、補給がギリギリなのです。そして、今しがた何故補給が途絶えたか判明しました。おい、入れろ」
移動式寝台に乗せられた痛々しい姿の負傷兵が入って来た。
「体の右半身が壊死しています。辛うじて左半身と頭部は無事だったので、調査に出た私の配下の者が連れ帰りました。辛いだろうが、ハリル様に報告してくれ」
「はっ」負傷兵は報告を始めた。
「私は第5拠点の物資を前線に運ぶ任務を与えられた者です。異様な男に物資を奪われた上、私以外の部隊の者は全員その男に殺されました」
「! 30がらみの貧相でむさ苦しく、奇怪な男か?」
ハリルの質問に、負傷兵は即答した。
「はい」
「わが軍の第11拠点の攻撃部隊はどうした?」
「それはわかりませんが、その男はわが軍の兵站線周辺を自由に徘徊していたようでした」
「!」(とすると既に第11拠点の攻撃部隊はこちらに連絡も出来ないほどの打撃を受けたということか)
「そして、その男はハリル様のことを……」
言いかけて負傷兵は口ごもった。
「かまわん。続けろ」
ハリルは話を続けるよう促した。
「はっ、失礼をお許し下さい。その男は攻撃しながら、この様に叫んでいたのです。『ハリル出てこいっ。どこに隠れてやがるっ。ハリルを出せっ』と」
(! あの野郎~っ。こんなに腹が立ったのは、生まれて初めてだ。アブドゥルのじじいの、のらりくらりにも相当腹が立ったが、奴は少なくともこんな挑発はして来なかった。だが、あの野郎は~)
◇◇◇
ハリルの軍の後方から怒号が上がったのは、それからそんなに間もなかった。
(まさか。12拠点の伏兵? いや、そんな余力はない。やはり、来やがったか。奴が)
程なく連絡兵が陣営に駆け込んで来た。
「ハリル様。我が軍の輸送用トラックに乗った怪しい男が、この陣営に向かって、突っ込んで来ています。周囲の兵が運転席を狙って、射撃していますが、止められません」
「馬鹿者っ!」
ハリルは一喝した。
「奴本人を狙って当たるかっ。タイヤとエンジンを狙って止めろと伝えよ」
「はっ」
ハリルの命令は的を射ていた。
タイヤへの命中により、走行は不安定になり、エンジンへの命中により、トラックは火を噴いた。
だが、問題なのは、それでも旦那さんが運転を止めず、陣営に向かって、突っ込んで来たことである。
トラックは、鉄骨で組み立てられたテントである陣営に激突して、横転、陣営ごと炎上した。
もちろん、旦那さんは激突する寸前に車外に飛び出していたし、ハリルはそれより前に幕僚たちに陣営から出るよう指示していた。
旦那さんは数日間のゲリラ活動従事で、髭を剃らなかったためか、異形さが一層増していた。
「ハリル。やっと会えたな。今度こそ相手してもらえるんだろうな?」
「気が合うな。俺も貴様を殺したくて殺したくてどうしようもないところだ。貴様は俺が生きてきた中で一番殺したい奴だ」
「そいつぁ、違うな」
旦那さんはかぶりを振ってから、続けた。
「俺はセイバーを光らせたいだけだ。お前を殺すかどうかなんて関係ない。こいつは相手が強くないと光ってくれないらしい」
「……」
「そして、ハリル。お前は、初めてこいつを光らせてくれたんだよ」
旦那さんはおもむろに抜刀した。
セイバーは鈍く光り、辺り一面に異様な圧迫感を漂わせた。
ハリルは銃剣を強く握りしめた。