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4 お前それはないだろう

 5日間は瞬く間に過ぎた。


 その間、第12拠点の住民たちは一丸となって、戦争準備にいそしんでいた。


 そして、5日間が過ぎた後、ハリルの部隊は第12拠点にその姿を現さなかった。


 (どういうことだ。話が違うじゃないか)


 そんな疑惑が住民の間に広がっていった。



 (まずいな)


 長老は焦燥した。


 (ハリルの奴め。こちらの緊張が緩んだところを見計らって、来るつもりなんじゃあ?)



 ◇◇◇



 だが、その焦燥は全く意外な形で解消された。


 「長老。第11拠点のナジーブ様から無線が入っています。緊急だそうです」


 「ナジーブから? 何だろう?」


 最寄りの第11拠点の首長ナジーブはミッドラント航宙機製作所のエンジニア仲間である。首長になってからも、何かと情報交換、相互物資援助してきた仲でもある。



 戸惑いながら受信機を取った長老の耳にはいきなり怒鳴り声が聞こえてきた。


 「アブドゥルッ! お前、何をやった?」


 「何だ? 藪から棒に」


 「今朝からうちの拠点がハリルの部隊に攻撃を受けているんだっ!」


 「何だと! どういうことだ?」


 「それはこっちが聞きたいっ! 何でもこの近くでハリルの分隊が奇襲を受けて、全滅したそうじゃないかっ!」


 「それで何でお前のところがいきなり攻撃を受ける?」


 「それはこっちでも、ハリルに聞いてみた。何でも現場から一番近いお前のところに聞いたら、12がやったことじゃないと言い張るので、なら11だろうということで攻撃してるって言うんだ」



 「!」


 (そう来やがったか!)


 「なあ、アブドゥル。俺とお前の仲だ。お前のところがやったんだから、お前がハリルに兵を引くように言えとは、言わん。だが、お前のところがやったんなら、せめてハリルの部隊に対抗できる援軍を送ってくれ。うちはもう持たん」



 「……」


 長老の頭の中は大混乱を来した。しかし、そこは百戦練磨。すぐに冷静さを取り戻した。


 「わかった。悪いようにはしない。少しだけ時間をくれ」


 ナジーブはまだ話し足りないようだったが、長老は強制的に接続を切断した。



 ラティーファが心配そうに問いかける。


 「おじいちゃん。ナジーブさん、どうしたって?」


 「奴のところがハリルの攻撃を受けているそうだ」


 「そんな何で? うちに来ると言っておいて」


 「それをやるのがハリルだ。全く喰えない奴だ」



 (情としてはすぐにでも助けたい。理屈で考えても11が落とされると、ハリルの部隊に一大補給拠点が出来る。それはこちらにも不利だ。坊っちゃんを派遣すれば、何とかなるかもしれないが…… 待てっ)


 (自分がハリルならどうする? 12を攻めると言っておいて、11を攻める。12は11に援軍を出す。そこで……)


 (予め12周辺に伏兵を置いておき、12に奇襲をかける。12を攻めないとは一言も言ってない。最大戦力を11に出した12を一気に攻め落とす。そうすれば、食糧プラントが手に入るから、補給は万全だ。後は11を兵糧攻めにすればいい)



 ◇◇◇



 そこまで考えた長老の思考を中断させたのは旦那(だん)さんの一言だった。


 「俺が11に行ってきますよ」


 「あんたねぇ」


 最早、脊髄反射と化したのではないかと思われるラティーファのツッコミに、長老は思わず吹いた。


 (なんだかんだでいろいろ救われているなあ)



 そんな長老の思いとは関係なく、ラティーファのツッコミは続いた。


 「何人連れて行くの? こっちの守りだってあるんだよ」


 「だから俺一人で」


 「! あんた一人で? 逃げるつもりじゃないでしょうね?」


 「そのつもりはない。だって、坊っちゃん置いて行くし」



 「ええ~っ。僕も行きたいよ」


 坊っちゃんが不満の声を上げる。


 そこを旦那(だん)さんが(なだ)める。


 「心配するな。坊っちゃん。絶対、敵はこっちにも兵を隠してる。退屈することはないよ」


 「そうかあ。こないだの奴らより強いかな~」



 (心配するなって、そっち?)


 ラティーファは脱力しそうになったが、続けた。少しはこの二人への対応に慣れてきたらしい。


 「でも、いくら何でもあんた一人で大丈夫なの?」


 「多分…… 特にこないだの奴がいれば、(ブレード)が出るだろうし」


 「こないだの奴って、ハリルのこと言ってんの?」


 「そう。そいつ」



 さすがに絶句したラティーファを長老が(なだ)めた。


 「ラティーファの心配もわかるが、今はその手しかないだろう」



 長老は旦那(だん)さんの方を向き直った。


 「旦那(だん)さん。第11拠点を、ナジーブをよろしくお願いします。そして、一度、こういうお願いをしておいて何だが……」


 「必ず無事に生きて帰って来てください。あなたと坊っちゃんは我々全員の希望です」


 「ご希望に沿えるよう、全力を尽くします」


 しおらしく語った旦那(だん)さんだが、心なしか足取りが軽いんじゃないか? ラティーファにはそう思えてならなかった。 



 ◇◇◇


 

 最初は食いっぱぐれた浮浪者が戦場に迷い込んで来たものと思われた。


 そのくらい、その男は貧相でむさ苦しかった。



 退屈したハリル配下の兵は、気まぐれにその貧相な男に向けて、発砲した。


 だが、発射された弾丸は、不思議とその貧相な男を避けて飛んで行った。



 「あれ?」


 兵はもう一度発砲した。



 弾丸はまたもその貧相な男を避けて飛んで行った。


 「どういうことだ?」



 「おい、お前。何をしている? 集合がかかっているんだぞ」


 分隊長らしき男が兵に声をかけた。


 「いえ。分隊長殿。この男が」


 指差された貧相な男は、体格に似合わぬしっかりした足取りで、目標に向かって歩を進めていた。



 「おいっ。お前。どこへ行こうとしている? 止まれっ」


 分隊長は今度は貧相な男に声をかけた。


 だが、男は声かけを無視して、歩き続けた。



 「止まらないかっ」


 分隊長は男の足元を狙って発砲した。


 男は、それも無視した。



 「貴様っ。止まらんかっ」


 分隊長は今度は男を直接狙って発砲した。


 みたび、弾丸は男を避けて飛んだ。


 「こいつ、何者だ?」



 ◇◇◇



 「53分隊集合っ。あの男を囲め」


 分隊長は指令した。


 訓練された分隊はたちどころに、男を包囲した。



 ここで男は初めて口を開いた。


 「ハリルのところに行きたい。道を空けてくれ。それからもう一つ、第11拠点への攻撃を中止してくれ。言いたいことはそれだけだ」



 「貴様っ。頭がおかしいのか? かまわん、射殺しろっ」


 命令一下、分隊は一斉に発砲した。



 「あんたら、そこそこやるようだな。おかげでセイバーが熱を帯びている」


 男は目にも止まらぬ早さで背中から抜刀し、右下に(ブレード)の先端を向け、円を描くように薙いだ。


 発射された全ての弾丸は瞬時に蒸発した。



 「貴様。何者だ。化け物か?」


 分隊長の問いに、その男は不機嫌そうに答えた。


 「化け物とは失礼な。記憶こそはなくしているが、立派な人間……のはずだ。『旦那(だん)さん』と呼ばれている」



 分隊長は旦那(だん)さんの返しはスルーし、次の指令を下した。


 「撃ち殺せないなら、刺せ刺せ」


 分隊は一斉に旦那(だん)さんに向かって突撃した。



 「人の返しをスルーするとは失礼な奴らだ」


 旦那さんがセイバーを一閃すると、分隊員は次々に倒れた。


 流血は見られない。



 ◇◇◇



 「来てるな」


 ハリルも気づいていた。



 「は?何が来ているのでしょうか?」


 部下の問いに、ハリルは淡々と返した。



 「待ち望んだお客さんだ。やはり、アブドゥルは非情に徹しきれなかったな。助っ人をこっちに送って来た。第12拠点付近に待機させている部隊に、総攻撃を開始するよう伝えよ。そして、俺もすぐそっちへ行くともな」


 「はっ」



 (すぐ、12に行くのがいいってのはわかってるんだが、やはり、お客さんの顔くらいは見ときたいよな) ハリルは陣営にしているテントを出た。



 「!」


 一目瞭然だった。


 第11拠点の包囲網を敷いていた陣形が明らかに乱れている。


 外側からの攻撃に慌てて対処している結果だというのはすぐわかった。


 第11拠点の守備隊が戦闘慣れしていれば、すぐ突出し、潰走に追い込まれかねない事態だが、この惑星(ほし)の拠点の者にそのようなことが出来る者はいない。



 (もっと近くで見てみたい)


 ハリルは知らず知らずのうちに早足になっていた。



 ◇◇◇



 「!」


 旦那(だん)さんも気づいた。


 「こっちだ」


 正確にハリルのいる方角へと足を早めだした。


 

 旦那(だん)さんを包囲していた部隊の者も陣営の方角に向かいだしたことに気づいた。


 「いかん。奴を止めろっ」


 ある者は発砲し、ある者は突撃し、旦那(だん)さんを止めようとした。


 だが、それらは全て徒労に終わった。



 セイバーの発光は勢いを増し、旦那(だん)さんの表情は怒っているような、笑っているような複雑な形になっていた。



 ◇◇◇



 (何だ。あれは?)


 ハリルはその光景に戦慄した。


 30がらまりの貧相な、むさ苦しい男が、発光するセイバーを振り回しながら、こちらに向かってくる。

 また、その表情は何とも言えないほど奇怪だ。


 (これがアブドゥルが呼んだ助っ人か? 何てぇ化け物だ)



 「ハリル様っ」


 一人の分隊長らしき男が悲鳴混じりの声で報告に来る。


 「あの男、我々の武器が全く通用しません」



 (そうだろう。あれはレーザーセイバーだ。何故、あんなものを持っている? この部隊全部でも奴に対抗出来るのは、多分、俺だけだろう。だが……)


 (ここが12を攻め落とすための正念場だ。今、奴の相手をする訳にはいかんのだ)



 ハリルは自分にそう言い聞かせると、指令を下した。


 「第11拠点は捨て置け。どうせ、奴らは何も出来ん。全力をもって、あの男を足止めしろ。突撃はするな。各部隊が交代で離れたところから射撃し、奴を疲れさせろ。捕まえろとは言わん。殺せ。殺した者には、後に第11拠点の支配権を与える」


 「はっ」



 「そこにいたかぁ」


 ついにハリルを目視した旦那(だん)さんは突進を開始した。


 鬼気迫る表情でセイバーを振り回す旦那(だん)さんに兵たちは思わず道を空けた。


 「やっと会えたなぁ。勝負だぁ」


 

 「ちぃっ、くそっ」


 ハリルは近くにあったバギーに飛び乗ると、旦那(だん)さんと逆方向に急発進させた。



 「えっ? えっ? えっ?」


 旦那(だん)さんは茫然とした。


 それを狙いすましたように射撃が襲ったが、そんなものに当たるタマではなかった。


 「ここまで盛り上げといて、お前っ、それはないだろうっ」


 旦那(だん)さんのその叫びがハリルに聞こえたかどうかは分からない。







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