3 こいつら、この状況を楽しんでやがるっ!
「81分隊が全滅?」
ハサンの部隊の隊舎で、部下からの報告を受けているのは、ハサンの実弟ハリルである。
「拠点の連中で、そんなことができる奴がいたのか? 信じられん。相手方はどこなんだ? 敵の死体もあったろう?」
「それが…… 敵の死体は全く見受けられませんでした」
「何!」
「ひょっとして、重傷を負った者がいるのでは? と周囲もくまなく捜したのですが、そもそも現場に血痕がなく」
「血痕が無い? 81分隊の者はどうやって殺されたのだ?」
「全員、レーザーで頭部か心臓部を撃ち抜かれていました」
「!」
(兄貴の方からもいろいろ言われてる時に、また、厄介なことが起こったもんだ。いや、待てよ)
「81分隊が全滅した現場から、一番近い拠点はどこだ?」
「第12拠点です」
「12? あの機械オタクのアブドゥルのじじいのとこか。いや待て。12はPPを持っているという噂があったな?」
「はい。アブドゥルはそんなものはないと言い張ってますが、他の拠点が出せない量の生産物を出してくるので、恐らく持っているものかと」
「ふむ」
(12のPPの噂は兄貴も相当気にしていた。何しろ手に入れば、今の兄貴の悩みが一遍に吹っ飛ぶかもしれない代物だ。12が分隊全滅の現場に一番近いんだから、それを理由に力攻めで取りに行くのもありだろう。しかし……)
(81分隊がレーザーで全滅というのは気になる。普通なら、こっちが総力で攻めれば、相当の犠牲を出すにしても、勝てない戦闘じゃない。だが、あの機械オタクが何か新兵器を作っていたとしたら……)
ハリルは長考に沈んだ。近くの部下はこういったハリルに慣れているのか、何も言わず見守っている。
「よしっ」
ハリルは勢いよく立ち上がった。
「俺が直接アブドゥルのじじいに会いに行こう」
(ああ、やっぱり)
部下は今更驚かなかった。今でこそ、この惑星の首長連合の代表補佐という顔をしているが、元は歓楽街の用心棒上がりである。血が騒ぐのだろう。
「護衛はどうされます?」
「ピールとヒシャームでいいだろう。おまえは留守を頼む」
「はっ」
◇◇◇
「そうか。直接、来たか」
ハリルがたった二人の護衛と乗り込んできたと聞き、長老は唸った。
「会いたくもないが、会わない訳にも行くまい。さて……」
長老はしばし考えた後、指示を下した。
「私が会おう。サレハとカミールは私に同席してくれ。そして……」
次の指示はやや声を潜めた。
「ラティーファ、アメル、ムラト。旦那さんと坊っちゃんを連れて例の部屋に居てくれ」
「おじいちゃん。二人も入れるの?」
ラテーファの問いに、長老は緊張した面持ちで答えた。
「ああ、相当の正念場になる。居てもらった方がいいだろう」
◇◇◇
例の部屋。それは応接に隣接した隠し部屋だった。長老の工夫で応接の会話が全て聞こえるようになっている。また、何かあった時にはすぐに応接に乗り込めるようにもなっている。
一見、卑怯な手にも見えるが、こんなことはハリルも先刻承知だろう。そんな覚悟も無しで単身乗り込む奴は馬鹿である。それがこの惑星の常識である。
(見たところ、以前と変わったところは無いな)
応接に案内されながら、ハリルはそう考えていた。12拠点を訪れるのは初めてではない。PP所持疑惑の追及で長老、アブドゥルとも何度か会った。毎回、はぐらかされたが。
(今度という今度は、あのじじいを締め上げてやる)
「ようこそ。ハリル様。このような僻地までご足労、有難く存知あげます」
長老の形式張った挨拶に、ハリルはつっけんどんに返した。
「まあ、この惑星は全部僻地だがな」
「これは手厳しい。長く歩いてお疲れでしょう。『茶』でもいかがかな?」
「いらん。『茶』はこっちも独自で手に入るようになったからな」
「ほう。新たな交易ルートをご開拓で?」
「違うっ!」
ハリルは一喝した。
「この間、第5拠点を攻め落としたからな。あそこに茶の木が生えていた」
「!」
(早速、ジャブを放ってきやがったか。だが、5が陥落したのは知らなかった)
長老は背中に冷や汗をかきながら、平静を装った。
「以前より申し上げている通り、ハサン様ハリル様は既に押しも押されぬこの惑星の代表者。何も攻め滅ぼさなくても、供出を求めれば、すぐに出てくるでしょうに」
「そうはいかんのだ」
ハリルは苦々しそうに続けた。
「ppを持っている癖に、そんなものは持っていないと言い張る奴がいるしな」
「はて?そのようなずうずうしい者がこの惑星におるのでしょうか?」
(相変わらず喰えないじじいだ)
ハリルはこの場で胸倉を掴みたい気持ちを押し殺し、続けた。
「まあ、それは今はいい。この間、うちの81分隊が皆殺しにされた」
「そんなことが出来るんですか?」
「(しらじらしい)現場はここからいくらも離れていないところだ。やったのはお前らだな? アブドゥル」
「(来たか)とんでもない。どうして武威に輝くハサン様の部隊にそんなことができましょう。けしからんことを考える輩がいても、返り討ちに会うのが落ちでしょう」
「現に、うちの分隊が全滅しているんだっ」
ハリルはテーブルを勢いよく叩いた。
「ここから離れていないところでだっ。何で他の拠点の奴らがわざわざここまでのこのこやってきて、うちの分隊を攻撃する必要がある? お前ら以外に考えられんだろう」
「だから、私らにそんなことは出来ません」
「いいや。お前なら出来る。PP、食糧プラントを作ったお前ならな」
「! 何度も申し上げるようですが、私はPPを作りもしないし、持ってもいない」
「もういいっ。いいか。おまえらには、三つの選択肢がある。一つ目は期限までにこちらが納得行く理由をつけて、犯人を差し出せ。二つ目は期限までにこの拠点を明け渡せ。もちろん、PP、食糧プラント付きでだ。三つめは…… こちらと戦争して、皆殺しになるかだ。期限は今日を入れて5日間だ」
「……」
長い沈黙が訪れた。
◇◇◇
隠し部屋では、5名の者が、長老とハリルの会話に聞き入っていた。
相手も盗聴は当然予想しているだろうが、それでも部屋の灯りは暗くしてある。
会話が進むにつれ、ラティーファ、アメル、ムラトの3名の顔はどんどん青ざめていった。
旦那さんと坊っちゃんは真剣な顔で聞き入っているのだが、青ざめてはいない。
やがて、ハリルが「食糧プラント」という単語を口にした時、ラティーファの緊張は頂点に達した。
(旦那さんと坊っちゃんに伏せていた切り札が暴露されてしまった)
恐る恐る旦那さんの顔を見てみると、真剣な顔ではあるが、その単語を意識した様子は見られない。
ラティーファは拍子抜けし、少し緊張がほぐれると、あることに気づいた。
(こいつ、少し口角が上がっていないか)
もう一度、確認する。
やはり上がっている。
今度は横目で坊っちゃんの表情を探る。
やはり上がっている!
(こいつら、この状況を楽しんでやがるっ!)
そこへハリルが最終宣告の三択を提示すると、旦那さんは声を潜め、だが、よく通る声で、
「ラティーファ。セイバーを返してくれないか。早く」
「えっ? だって、あれは『柄』でしょう」
「いいから早く」
旦那さんにしては珍しい強い口調に、ラテイーファは思わず「柄」を差し出す。
旦那さんはおもむろに「柄」を背中に背負うと、勢いよく抜刀する。
「ええええええ」
応接にも聞こえるような大声を張り上げたのは、ラティーファだった。
旦那さんが抜刀したセイバーが鈍いながらも発光していたのである。
「あ、あんたっ。これは一体っ?」
更に大きな声を上げるラティーファの左の肩を掴み、唇に指を当て、声を潜めるよう促したのは、護衛の一人ムラトだった。
しかし、その努力も空しく、今度は坊っちゃんが話し出した。
「ねえねえ。お姉ちゃん。僕のブラスターも出してくれないかなぁ。今なら凄いのが出る気がするんだ」
「あんたねぇっ! これ以上騒ぎを大きくしてどうする気っ?」
実は一番騒ぎを大きくしているラティーファを静めるべく、今度は、もう一人の護衛アメルが右の肩を掴み、声を潜めるよう促した。
旦那さんはうっとりとして発光したセイバーを眺めていた。隠し部屋は大騒ぎになっていた。
◇◇◇
「ええええええ」の声は当然応接にも届いていた。
(はあああ)
長老は心の中で大きな溜息をついた。
(ラティーファああああ)
ハリルは何やら考え込んでおり、沈黙を保っていたが、やがて、口を開いた。
「随分、声のでかいネズミがいるんだな」
「……」
だが、ハリルにも今更、盗聴を責め立てる気もなかった。
「いいか。確かに通告したからな。5日後までに返答がなかったら、総攻撃を実施する」
◇◇◇
第12拠点からの帰途、一人の護衛がハリルに問いかけた。
「奴ら、降伏してくるでしょうか?」
だが、ハリルから返って来た答えはまるで見当違いのものだった。
「いる」
「えっ?」
「凄ぇのがいる。この俺の背筋に寒気を走らせる奴なんて、いつぶりだ? アブドゥルのじじいめ。新兵器じゃなくて、外部から助っ人を呼んで来やがったんだ」
「……」
ハリルの頭の中は、最早、まだ見ぬ強敵のことでいっぱいのようだった。
◇◇◇
「おじいちゃんっ。ごめんなさいっ」
ラティーファは、第12拠点の住民たちの前で、長老に深々と頭を下げた。
その上で、旦那さんと坊っちゃんの頭を押さえつけた。
「ほらっ、あんたたちもっ」
「えっ? 俺たちも?」
腑に落ちない表情の旦那さんをラティーファは一喝する。
「当たり前でしょっ!」
「ごめんなさ~い」
旦那さんは頭を押さえながらも腑に落ちない表情。坊っちゃんは爆笑している。
「まあ、いい」
長老はしょうがないなという表情で続けた。
「そのことは大勢に影響がなかったからな。ハリルの奴は初めから脅す気満々だった」
◇◇◇
長老はここで真剣な表情に変わる。
「さて、皆に集まってもらったのは、知っての通り、ハリルの奴から最終通告を突きつけられた」
一斉にざわめきが広がる。
「奴の提示した三つの選択肢だが、一つ目は論外だ。どんな理由をつけても、納得いかないと返してくるだろう。ましてや、分隊を全滅させた者を出せというのは、こっちの最大の武器を黙って差し出せと言ってるのと同じだ。最大の武器を取り上げた上で、総攻撃をかけてくるのは見えている」
「でも……」
一人の住民がおずおずと手を上げる。
「本当の犯人を出せば、ハリルも納得するのでは?」
長老はその問いに、一つ咳払いをしてから答える。
「ハリルの本音はうちのpp、食糧プラントが欲しいのだ。その反面、奴は部下の命なんか何とも思っていない。分隊が全滅したのもいい口実が出来たとしか思っていない。納得したとは絶対言わない」
(賢明だ)
旦那さんは感心した。
(これで俺と坊っちゃんを突き出して、和平を求めるようなら、ここは間違いなく潰されていた。まあ、そうなったらなったで、適当なところで、とんずらを決め込むつもりだったが)
長老は続ける。
「それで二つ目だが、これも話にならない。第3拠点の連中が、早めに降伏すれば、ハサン首班の新体制で要職が貰えるだろうと読んで、降伏開城したが、その後はどうだ?住民一人残らず財産を取り上げられ、奴隷にされてしまったではないか」
「ちょ、長老……」
今度は別の住民がおずおずと手を上げる。
「それでは、わしらはどうしてもハリルと戦わなければならないってことか?」
ざわめきが大きくなる。だが、長老はその問いにはかぶりを振った。
「私も戦闘はできるだけ避けたいと思っている。だが、一番やってはならないのは、何を犠牲にしても戦闘を避けたいという意思表示をしてしまうことだ。相手の要求を全て飲まねばならなくなり、こちらは奴隷にされてしまう。そっちが戦闘を仕掛けてくるなら、こちらは受けて立つ。ただではすまさぬぞという意思表示をしなければならない。そうすることで、初めて『交渉』が出来る」
ざわめきは大きいままだ。長老は構わず続ける。
「心配するな。こちらはリサイクル込みの食糧プラントを持っているから、少なくとも食うには困らない。火薬も黒色ではあるが、リサイクルをフル活用し、備蓄に努めてきた。そして、何より」
旦那さんと坊っちゃんの方を指差すと、
「ハサンの分隊を全滅させた戦闘のプロもこちらに加わってくれた」
最後に住民たちの方に向き直すと、
「さあ、皆、どうする?ハリルに降伏して、奴隷にされ、食うや食わずの生活を送るのか、戦闘のプロと一緒にハリルに一泡喰わせて、自分たちの人間らしい生活を守るのか?」
「戦おう」
誰かが言った。
それを口火に一斉に「戦うぞ」「ハリルの奴隷にされてたまるか」という声が上がった。
(ふう)
長老は心の中で一息ついた。
(とりあえず何とかなったか。後はこの5日間で出来るだけ防備を補修して、内部での生産がきかない「弾丸」を調達して)
旦那さんも一息ついた。
(大したカリスマ性だ。おかげで助かった。いざとなれば、とんずらを決め込むと言っても、後味悪いしな~。それにうまくすれば、セイバーも……)