29 それは「死亡フラグ」だよ
旦那さんの「偵察」というよりは、「威力偵察」により、第10拠点が違法性のある最新型AI対応ヴァーチャルリアリティ性風俗施設産業と密接な繋がりがあることは、ほぼ確実になった。
ミラーは重大案件として、ミッドラントCEOに直接報告し、更に偵察用ドローンを常時第10拠点周辺に飛ばし、その動向は逐一把握された。
そのため、第10拠点が軍勢を繰り出したことも、すぐに把握し、攻撃目標が「ミッドラント駐在所」と「第12拠点」であることも推定された。
◇◇◇
「来ましたね。まあ、後は直接、この二つを潰すしか手はないでしょうから」
相変わらず冷静なミラーだが、シラネは神妙だ。
「所長。第12拠点のアブドゥル議長から、『駐在所』は守りにくい。第12拠点に来てはどうか』という提案がありました」
「有難い提案です」
ミラーはここでいったん言葉を溜めた。
「しかし、ここが失陥すると、宙港が敵の手に落ちる。その事態は避けたい」
「はい」
シラネは頷いた。
ミラーは、矢継ぎ早に指示を出して行く。
「戦える人は、机、椅子、寝台、書棚など使えるものは何でも使って、バリケードを築いて下さい。後は隣の星系に依頼して、出来るだけ航宙機を回して貰い、非戦闘員の人を隣の星系に逃がして下さい」
「はい」
「可能なら隣の星系から援軍を回して貰いたいが、それは厳しいでしょうね。出来る限りということで」
「はい」
「あー、隣の星系に行く非戦闘員の人は不安でしょうから、『旦那さんと坊っちゃんとシラネさんがいる限り、最後はこちらが勝つ。すぐ帰って来られる』と励まして下さい。あ、それは私がやるか」
「はい。それで所長。お願いがあります」
急なシラネの言葉に、ミラーは不意を突かれたが、冷静さは保ったままだった。
「はい。何でしょう?」
「非戦闘員の人全員を隣の星系に送り出したら、所長も一緒に退避して下さい」
「!」
ミラーは絶句した。シラネは構わず続けた。
「私の契約の中に、所長の安全を守ることも入っています。正直、今回、あたしは、あの黒ずくめの男に勝つ自信はない」
「……」
「前回は、あたしがチャージオンしても、あの男を倒せなかった。今回も倒せる自信はありません」
「……」
「所長の安全を確実にするには、退避して貰うしかないのです」
「…… シラネさん」
ミラーは、やっと言葉を絞り出した。
「はい」
「それは出来ません」
「! 何故?」
「私は今まで努めて感情で考えず、理論的に進めて来ようとしていました。しかし……」
「今回は二つの感情でそれは出来ません」
「二つの感情?」
「はい。一つ目は、私はビジネスマンとして、ミッドラントCEOの薫陶を受けて来ました」
「はい」
「ミッドラントCEOもそうですが、私も人間を洗脳し、戦闘の商品にして、利益を上げるなどというビジネスを、どうしても許すことができないのです」
「……」
「そんな奴に、後ろを向けて、逃げ出したくはない。例え、私が最後の一人になり、刺し違えることになっても、潰したい。単なる意地だというのはわかっている。だが、やめられない」
「…… そして、もう一つの感情は?」
シラネの問いに、ミラーは沈黙した。
だが、やがて、意を決したように言った。
「もう一つは…… うん、やっぱり、これは、この『戦闘』に勝ってからにしましょう」
シラネは瞬時に思った。
(所長。それは『死亡フラグ』だよ)
しかし、それは、今、言葉にするには、縁起が悪すぎた。
「分かりました。それは、後の楽しみに取っておきましょう」
シラネは精一杯の笑顔でそう語った。
後で思えば、今までビジネスライクに接してきたミラーが「感情」という言葉を使ってくれたことが、嬉しかったのかもしれない。
◇◇◇
戦いの火蓋は、ミッドラント駐在所と第12拠点で、ほぼ同時に切られた。
「うーん」
第12拠点では、長老が唸っていた。
「これほどまでに徹底して来るとは」
陣頭に狂信的暗殺者を据えたのは、定石通りだが、狂信的暗殺者全員にTNT火薬を抱えさせ、自爆攻撃をさせて来た。
もちろん、坊っちゃんと最後まで残った精鋭の「砂の惑星治安回復隊」のメンバーは、活発な射撃で、狂信的暗殺者を拠点に近づけまいとする。
しかし、夜の帳に守られた狂信的暗殺者を全て打ち倒すのは難しい。
そこで、旦那さんが打って出て、撃ち漏らしを、斬って回る。
それでも、拠点に体当たりし、爆発を起こす者は出てくる。
その爆発の震動で、坊っちゃん以外の狙撃手の照準は狂う。
第12拠点は苦戦を強いられていた。
◇◇◇
(これは変だぞ)
長老は気づき始めていた。
(自爆攻撃はハサンの軍も使った手だ。だが、あの時は……)
(水源の破壊が目的だった。だから、水源を破壊したら、爆薬の使用をやめた。しかし、今度は……)
(構わず自爆攻撃を続けている。まるで、水源ばかりでなく、食糧プラントも破壊しようとしているようだ)
(ふっ)
第12拠点攻撃部隊の司令部では、黒ずくめの男が戦況を見守っていた。
(構わない。壊してしまえ。食糧プラントなど。あんなものがなくても、本格的に、AI対応ヴァーチャルリアリティ性風俗施設を作れば、銀河中の金持ちが砂の惑星に金を落とす。金が払えない奴は、狂信的暗殺者にして、売ってしまえばいい)
(そうなれば、外貨は稼ぎ放題だ。食糧プラントの製品より、よっぽど旨いものが食える)
轟音が鳴り響き、第12拠点の中腹から勢いよく水が流れ出した。
(くそっ。また、やられたか。こないだ修理を終えたばかりだったのに)
長老は悔しがった。
(もう、籠城戦は選択出来ない。殴り合いでどっちが勝つかだ)
◇◇◇
ミッドラント駐在所の戦況は、ある意味、第12拠点とは逆だった。
バリケードを崩すべく突撃して来る狂信的暗殺者を射撃で打ち倒しながら、敵陣後方にダイナマイトを投擲する。
(ふん。こっちが駐在所の中にある宙港の資料をそのまま欲しがっているのを読んでいるか。敵は建物を壊していい覚悟でやってる訳か)
指揮官を務める黒づくめの男は唸った。
(だが、もともとが天然の要塞である第12拠点とは違い、にわか作りのバリケードだ。突破は時間の問題だ)




