26 あまり怒らないでくれると嬉しいな
旦那さんはバギーを飛ばし、第7拠点に向かった。
今度は不用意に近づかないよう、慎重に接近した。
まだ強い者の気配は感じない。
拠点からは煙が立ち上っている。見たところ、周囲で戦闘は行われていない。戦闘をやっているとすれば、もう拠点内部なんだろう。
もう、陥落してしまったか、それとも、陥落寸前か。
そんな状態なのだろう。
「!」
人の気配がした。それも大勢の。
だが、強そうではない。敗残兵か難民か。そう言ったところか。
旦那さんは静かにその場を立ち去り、最後の偵察予定地点である第6拠点に向かおうとした。
だが……
後方から悲鳴が上がった。
「キャーッ」「ワァーッ」といった声。
その中でもよく響いたのは、「この化け物ども、非戦闘員にまで、手を出すか。この俺が相手になってやる」という声である。
「ちぃーっ」
旦那さんは舌打ちした。
脳裏には、出発前に長老から言われた言葉がよぎっていた。
「貴方にお願いすることは『偵察』であって、『戦闘』じゃありません。まず、それを理解して下さい」
「『援軍』で行くんじゃありません。敵の正体を確かめに行って下さい」
旦那さんは思った。
(いや、これは「戦闘」じゃなく、「敵の正体を確かめる」行動であって、あーもう、ごめんなさい。長老。そして、ラティーファさん、あんまり怒らないでくれると嬉しいな)
鈍く光るレーザーセイバーを抜刀し、旦那さんは悲鳴のする方に向かった。
◇◇◇
難民とそれを守る僅かな敗残兵に襲い掛かっていたのは、果たして狂信的暗殺者だった。
彼らは「第7拠点の者を可能な限り殺せ。そうすれば、性的欲求を満たすヴァーチャルリアリティ機器を使わせる」という命令がキャンセルされない限り、殺戮を続ける。
戦闘力が高く、相手を恐慌に陥らせるが、正規部隊と違い、非戦闘員は攻撃しないと言った自主判断はできない。
「この化け物どもがぁっ、非戦闘員に手を出すなって、言ってるだろうがっ!」
一際、大きな声を張り上げ、弾丸の切れた銃剣を振り回し、ぼろぼろになって戦っているのは第7拠点首長モフセンであった。
旦那さんは前に躍り出、レーザーセイバーを一閃した。狂信的暗殺者たちは腕がもげ、足が飛び、脇腹がざっくりえぐられる。
しかし、倒れない。
旦那さんを「敵」と認識し、襲い掛かってくる。
「そこの君っ! 頭だっ! 頭を狙うんだ。思考が止まれば、動きも止まるっ!」
モフセンのアドバイスに、旦那さんは大きく頷く。
旦那さんは、レーザーセイバーを円形でなく、狂信的暗殺者の頭の高さに水平に薙ぎ払う。
狂信的暗殺者たちの頭はまとめて輪切りにされ、次々倒れて行く。
「そうだ。そのやり方で、あの化け物どもを退治してくれ……」
モフセンは最後にそう呟くと、その場に倒れ込んだ。
張りつめていた緊張の糸が切れてしまったようだ。
「首長っ」「首長っ」
心配した難民たちが駆け寄る。
「心配するな。ちょっと疲れただけだ。少しだけ休ませてくれ」
モフセンは安心したのか、眠った。
旦那さんは戦い続けた。
やはり相手が悪く、傷も増えて行く。
だが、頭を狙う戦法に切り替えてからは、敵を倒す効率は遥かに上がった。
◇◇◇
第7拠点を攻撃していた正規部隊の者も、旦那さんの存在に気付き、指揮官たる黒づくめの男に報告した。
そして、旦那さんに対する攻撃の可否を問うた。
「捨て置け」
それが、黒づくめの男の答えだった。
「あの男は強い。正規部隊でも手に負えまい。それより、あいつの戦っているところの写真を撮っておけ。公表するんだ。第12拠点が第7拠点を攻撃した証拠写真としてな」
◇◇◇
何時間たっただろうか。
旦那さんは最後の狂信的暗殺者を倒し、難民からは歓声が上がった。
難民たちは、なけなしの食糧を旦那さんに勧め、やはりなけなしの医療品を使って、傷の治療をした。
モフセンは目を覚ました。
「どう……なった?」
難民の一人が嬉しそうに報告する。
「赤みを帯びた眼の化け物は全て倒して貰いました」
「そうか…… 礼を言わないとな」
しかし、モフセンはもはや立ち上がれなかった。
旦那さんが、モフセンの所に向かうと、モフセンは驚きの声を上げた。
「君、君は。宙港で、議長の、第12の議長の護衛でいた」
「え? 俺を知っているんですか?」
旦那さんの質問に、モフセンは微笑を浮かべ、答えた。
「これでも政治家だ。人の顔は忘れんよ」
「……」
「そうか。俺は、最後まで間違えてたってことか。攻撃したのは第12では、なかったんだな」
旦那さんは大きく頷いた。
「君、君は、第7拠点を攻撃したのが誰か知っているのか?」
「証拠はないですが」
旦那さんは、モフセンの問いに、第10拠点の不穏な動きを話した。
「そうか。マフディが。俺は人を見る眼がなかった。政治家失格だな」
「……」
「俺は非戦闘員を第10拠点に誘導するつもりだったが、そうも行かなくなったな。第12で受け入れてくれるか?」
旦那さんは頭を振った。
「途中で第10拠点を通ります。危険過ぎる。まだ、第6拠点をうまく抜けて、ミッドラント駐在所に向かった方が安全です」
モフセンは瞑目した。
「俺の判断は間違いだらけだったが、最後は間違えなかったようだ。第7拠点の住民を頼むよ。君」
モフセンはそのままこと切れた。
難民たちは号泣した。
それはモフセンが長老と意見を異にしたとしても、ひとかどの政治家であったことを示していた。
◇◇◇
そこからの行軍は、ゆっくりにならざるを得なかった。
難民には高齢者もいれば、幼児もいるのである。
旦那さんはゆっくりと先頭を歩き、まめに休憩をとっていった。
時には「防衛隊」崩れの野盗が、略奪を狙ってくることもある。
野盗自体は旦那さんの敵ではなかったが、それでも、退治するまでは行軍は中断される。
一日何kmも進めないうちに、日数は経過していった。




