2 そこで俺らがやっちまったって訳ですか?
一行は拠点の中へ入って行った。居住区たる建物には一本の細い道しか通っていない。敵に攻撃される際への備えだろう。
旦那さんがチラチラ横目で周囲を確認しながら歩いていることには、ラティーファも気づいたが、拠点の防衛のために呼んだ相手だけに仕方なかった。
そこへ一人の若い男が駆け寄って来た。
「ラティーファ様。長老が応接で二人と会うそうです」
「そう。おじいちゃんには無理しないよう言っといて、もう年なんだから」
「はい」
若い男はそそくさと戻って行った。
「さて」ラティーファは再度、旦那さんと坊っちゃんの方に向き直った。
「おじいちゃん。長老はすごい人だから、あんたがた、くれぐれも失礼のないようにね。特にあんたは」
ラティーファは、旦那さんを指差した。
「すごい?何が?」
旦那さんの通常通りのリアクションに、ラティーファは珍しく不機嫌にもならず、やや得意げに返した。
「あのミッドラント航宙機製作所のエンジニアだったんだよ。この惑星でたくさん名機と言われる航宙機を作ってたの。そして、この惑星がこんなになっちゃっても、一所懸命、この拠点で多くの人を守ってきたんだよ」
「ミッドラント?」
旦那さんの二度目のリアクションに、ラティーファは今度は激昂した。
「あんたねぇ。この惑星にいた人間でも、来た人間でもミッドラント知らない人間がどこにいるっての。こんな砂の惑星、ミッドラントがなけりゃ、住みも来もしないでしょっ」
「おいおい。ラティーファ」
ラティーファが慌てて振り向くと、そこには長老が立っていた。
「おじいちゃんっ」
「そんな応接の前で、でかい声出さないでくれ。経緯は先に聞いているが、事情はどうあれ客人は客人だ。応接にお通ししてくれ」
「わかったよぉ」
ラティーファはしぶしぶ頷いた。
◇◇◇
「これは『茶』です。珍しいでしょう。この拠点に自生している樹木の中に茶の木があるんですよ」
長老が淹れてくれた「茶」は歩き続けてきた旦那さんと坊っちゃんの身に沁みた。
「有難うございます」そんな言葉が自然に出た。
「それと、ラティーファ」長老は孫娘の方を振り向いた。
「よくやったね。先に報告を受けたが、ラティーファの取った処置はベストだった。私でもそうしたろう。不運なアクシデントだったが、戦力になる客人を招き入れたのは大きな救いだ。また、下手にハサンの兵隊の死体を隠そうとしなかったのも良かった。隠ぺい工作をしたところで、大した時間稼ぎにもならないし、工作中に見つかったりしたら、それこそ、何の弁明もできないところだった」
「うん。あたし、頑張ったよ。おじいちゃん」
満面の笑みで答えるラティーファを見て、長老は思った。
(やれやれ。何だかんだ言って、まだ子どもだな。無理もない。19歳だったか)
長老は正面を向き直し、今度は旦那さんと坊っちゃんに問いかけた。
「ラティーファはいろいろ言ってくれたようですが、何、元エンジニアったって、ただのじじいです。アブドゥルといいますが、ここでは皆『長老』と呼んでくれている。ところで、お二人の名前を教えてくれますかな?」
「僕は坊っちゃん。この人は旦那さん」
全くの迷い無しに笑顔で答える坊っちゃん。
「いや、坊や。それは私のことを『長老』と呼ぶのと同じだよね。本当の名前を教えてほしいんだ。それとも、教えられない理由があるのかな?」
「だから、僕の本当の名前が坊やじゃなくて坊っちゃん。この人の本当の名前が旦那さん」
当惑の表情を隠せない長老。後ろではラティーファが笑いを噛み殺している。
(ふふふ。おじいちゃん。あいつらの洗礼受けてる)
さすが年の功というか、長老はすぐに気を取り直し、旦那さんの方を向く。
旦那さんはいつになく緊張した面持ちで口を開く。
「いや、実は本当の名前というか、その名前しか知らないんですよ」
「!」
長老とラティーファは同時に衝撃を受ける。
先に口を開いたのは、長老だった。
「あなたはまさか」
「そう。ある時以前の記憶が全くないんです。気が付いたら、この坊っちゃんと二人で歩いていた」
「…… そうでしたか……」
しばし、重い沈黙が流れる。
ラティーファは、やはり、長老より大きな衝撃を受けていた。
(記憶喪失…… だったんだ。それなのに、あたし、随分きついことを言って…… ??? ん?だけどだけど……)
旦那さんは嘘は言っていないと思う。記憶喪失なんだろう。でも、何かひっかかる。何だろう? このモヤモヤ感は?
ラティーファの葛藤を知ってか知らずか、長老は話題を切り替えていた。
「お気の毒な話です。だが、ラティーファの話したとおり、今、この拠点は大変な危機にある。あなたが記憶喪失だというのなら、尚更、今の状況の背景を知っておいてもらう必要がある。話は長くなるけれど、いいですか?」
「はい。よろしくお願いします」
旦那さんはいつになくしおらしい態度で答えた。
◇◇◇
この惑星は、かつて所属していた銀河同盟でもかなりの辺境にある。砂漠の惑星。人間は、水が出る拠点周辺で生産される僅かな農作物で養える範囲でしか居住できなかった。
産物はいくらかのレアメタルが採掘できる。だが、銀河同盟首都星系までの距離の遠さは本格的な開発を妨げてきた。あまりにも運送費が高くつき過ぎ、投資に見合う利益が望めないのだ。
だが、そんな閉塞状況を打破する郷土の英雄が現れた。ミッドラント卿である。
立志伝中の人物であるミッドラント卿は苦学の末、ミッドラント航宙機製作所を立ち上げた。
最初に首都星系に建設した航宙機工場で大成功をおさめ、銀河同盟の十大コンツェルンの一角にのし上がったミッドラント航宙機製作所は第二工場、そして、同社最大の航宙機工場をミッドラント卿の故郷の砂の惑星に建設したのである。
辺境の砂の惑星は一変した。
閉塞した環境下で鬱々とした日々を送っていた若者たちは、次々とミッドラント航宙機製作所航宙機工場の門を叩いた。
若き日の長老。アブドゥル・ラフマーンもその一人だった。
代々続く拠点の首長の家に生まれ、いずれ自分も首長になり、拠点を守り、死んでいくとばかり思っていた一人の若者の前に突然新しく輝ける道が開けたのだ。
銀河同盟軍部から要求される新型航宙機の性能水準は厳しいものばかりだったが、覇気溢れる他の若きエンジニアと激論を交わしながら、それをクリアしていく日々は、何物にも代えがたかった。
ミッドラント卿の嫡子、ミッドラント二世と一生ものの深い親交を結んだのもこの時期だった。
航宙機の生産販売は、砂の惑星に莫大な利益をもたらし、経済的繁栄を謳歌した。
だが、そこまで急速に経済成長したのは、それだけの理由があった。
航宙機の需要が増えていったのは、戦争が近かったからである。
そして、それは始まった。
新興の惑星・星系国家群「銀河同盟」と早くから発展した国家群「銀河連合」の全面戦争。
「大戦争」である。
緒戦は銀河同盟側が優勢だった。開戦は景気を更に押し上げ、砂の惑星の繁栄には拍車がかかった。既に50歳になっていた長老、アブドゥル・ラフマーンは夜も寝ずに、航宙機の生産を続け、代償に多額の給料を手にした。
しかし、それは長く続かなかった。早くから発展した「銀河連合」と新興と言えば聞こえはいいが、遅れて大慌てで産業を発展させた「銀河同盟」ではおおもとの国力が違ったのである。
戦況は日に日に劣勢になっていった。それでも、銀河同盟でも最も辺境である砂の惑星には戦火は及んでこず、航宙機の生産は続き、変わらぬ日常が続いていた。
ある日、それは破られた。
69年生きてきた長老にとって、最も忘れがたいその日。
この宇宙にはこれだけの数の爆撃機があったのかという数の銀河連合機が砂の惑星の空を覆いつくした。
後で知ったことだが、もう既に銀河同盟全土で稼働していた航宙機工場はここしか残っていなかったのである。
銀河連合はそこに大戦力を集中してきたのだ。
全ては一日で瓦礫と化した。ラティーファの両親もこの時死んだ。長老は生まれたばかりのラティーファを両手で抱え、茫然して立っていることしかできなかった。
だが、それでも人は生きていかなければならない。
乳飲み子であるラティーファを抱えた長老も、それ以外の人々も。
長老はラティーファを連れ、故郷の拠点に帰り、復興に努めた。長年勤めたエンジニアとしての知識と経験、その全てを注ぎ込んで。
だが、全ての者が長老のように生きられる訳ではなかった。食いっぱぐれた者たち、彼らはある兄弟の下に集まっていった。
急速な経済成長の陰で生まれた裏社会。そこのボス。ハサン・ハリル兄弟の下へ。
ハサンはかつての伝手をフル活用し、焼け残った銀河同盟駐留軍の武器を入手し、部隊を編成した。
そして、長老たちのような拠点に拠る者たちを恫喝し、生産物を提供させることで、生き残ろうとしたのである。
当然、幾つかある拠点の者は、初めはそれに抵抗した。
それに対し、ハサンは最寄りの一拠点に猛攻撃をかけ、住民を皆殺しにした。
残る拠点の者の態度は一変した。
生産物の提供により、ハサンとの友好を望むようになった。
ある拠点など、首長が、拠点全体を明け渡し、ハサンの傘下に入ることで、生き残ろうとした。
だが、その拠点に対し、ハサンが行ったことは、武装解除後の拠点住民全員の奴隷化だった。
その後、残る拠点はハサンにつけ入る隙を与えないよう生産物の提供を続け、安易な傘下入りに走ることなく、綱渡りの独立を保ってきたのである。
◇◇◇
「そこで俺らがやっちまったって訳ですか?」
旦那さんの問いに、長老はかぶりを振った。
「いや。いつかは来ることだったでしょう。それに……」
「それに?」
「ここのところ、今までとは違った徴候が見えていたのも事実なんです。水や生産物の提供の要求量がここへ来て、異様に増えてきた。うちはまだいいんですが、他の拠点では、このままでは殺されなくても、飢え死にすると言ってるところもある」
「ほう」
「あなた方が潰した分隊も、以前はあれほど細かくパトロールはしてなかった。何でもハサンの要塞から奴隷の脱走が相次いでるから、その対策だと説明はされているが」
「ふーむ」
旦那さんの眼が光った。
(これだ。これなんだ)
ラティーファは直感した。
(これがこの男、旦那さんに感じていた違和感の正体だ。記憶喪失は事実なんだろうけど、その反面、底知れぬところがある)
「もし、ご存知だったらでいいんですが……」
旦那さんはおもむろに質問する。
「そのボス、ハサンとやらは、最近、特に生活が豪勢になったとか、そういう噂は?」
「いや、そういうのは特に聞いてませんが……」
「もう一つだけ、確認なんですが、ハサンは自前の水源や生産施設はあまり持っていないんですね?」
「ええ。それは自分から明け渡された拠点のところしか持っていないはずです。いくらでもないはずだ」
「有難うございます。どこまでお役に立てるかわかりませんが、尽力させていただきます」
(おじいちゃんは、何も気が付かなかったんだろうか……)
ラティーファは、湧き出る複雑な感情を持て余していた。