19 あたしはてめぇのっ何なの?
四人が部屋を去ると、ミッドラントCEOは声を潜め、長老に語りかけた。
「アブドゥル。君の軍需産業以外で豊かな惑星にしたいという理想を追い求める姿勢には、心から敬意を表する。しかし」
「……」
「残念ながら、どう見ても、それがうまく行っているとは言い難い。それはわかるな?」
「わかっている」
長老は力なく答えた。
「友人として忠告する。アブドゥル、君は天才的エンジニアだ。おまけに軍事的戦略のセンスもある。だが、政治家及び実業家としては落第点だ」
「……」
「残された時間は少ない。いやもうないかもしれん。一刻も早く航宙機工場の受け入れの決断を勧める。わが社は君をエンジニアとして迎えたいが、それは君が決めることだ。だが、航宙機工場の受け入れを拒み続けることは、この惑星の先行きを危うくするぞ」
「…… すまん、もうちょっとだけ考えさせてくれ」
「とどめを刺すようで悪いが、もう一点だけ言わせてくれ。君に預けてある青年と少年のことだが」
「旦那さんと坊っちゃんのことか?」
「そうだ。あの二人は私がある公的機関と契約して派遣して貰っている。君の孫娘が無理やり連れ帰ったようだが、本当はあの青年が独裁者を倒し、記憶を喪失した段階で、二人が所属する公的機関が回収する契約になっていた」
「!」
「そこのところ、私が無理を言って、契約を延長して貰ったんだが、契約料は安くはない。いつまでも二人に居て貰い、治安を保てるとは思わないでくれ」
「わかった」
長老は強いショックを受けた。それはハリルの指示で拠点の水源を爆破された時以上の衝撃だった。
(ラティーファに何と説明しようか)
長老はしばらく考えたが、すぐに答えは出なかった。
◇◇◇
シラネは応接室を出ると、すぐ素を出した。
やはり「有能美人秘書」は緊張するらしい。
「あんたらねぇ」
旦那さんと坊っちゃんに呼びかける。
「随分、離れているとは言え、一応は『公的機関』の人間なんだから、歓迎セレモニーで主賓より秘書へのコールをでかくするなんて、やめろよな」
「公的機関?」
例によって、旦那さんが聞き返す。
「出たっ! これはっ!」
シラネは思わず言った。
『記憶にございません』
シラネと旦那さんは図らずもハモった。
「てんめぇ、舐めてんのかっ!」
シラネは旦那さんの胸倉を掴んだ。
「うぐぐ。貴方だって、一緒に言ったじゃないですかぁ」
旦那さんは必死で弁明する。
「はあ。てめぇなあ」
シラネは胸倉を掴む手をいったん緩める。
「んなことばっかりやってると、いつか本当に記憶喪失で困っている人たちに怒られるぞ」
「はぁ、全く」
シラネは続ける。
「こんなことなら、あたしもチャージオンした時、記憶を喪失する体質なら良かった。何だ、あたしのこの方向オンチ体質てぇのは」
旦那さんが宥めにかかる。
「まあまあ。姐御」
しかし、それは地雷だった。シラネは再度旦那さんの胸倉を掴んだ。
「てんめぇっ、姐御って呼ぶんじゃねぇ。いいかっ、あたしはてめぇのっ!」
それまでそれとなしに聞いていたラティーファだが、ここで全身が耳になった。
(「あたしはてめぇのっ!」「あたしはてめぇのっ!」何なの?)
◇◇◇
「シラネ君」
応接の扉を開けたミッドラントCEOがシラネに声をかけた。
「はい。なんでしょう」
姐御は一瞬にして、有能美人秘書に戻った。
「客人はお疲れのようだ。寝室に案内してくれ。客人の護衛の方たちの分も頼む」
「かしこまりました」
「私は予定通り明朝本社への帰途につく。代わりにミラー君にここの業務を担当させる。ミラー君が来たら、また、アブドゥル議長たちと引き合わせてくれ」
「はい」
「私もこれで休むが、あと一つ」
「はい」
「古い知人と会った事情もわかるが、あまりはしゃぎ過ぎないでくれ。さすがに私も恥ずかしい」
「はい」
シラネは下を向いた。
◇◇◇
ミッドランドCEOの砂の惑星からの退去は、本人の強い要望により、セレモニー化されず、関係者のみの立ち合いで静かに行われた。
もちろん、シラネ、旦那さん、坊っちゃんは厳重な警戒態勢をとった。
しかし、小規模に実施されたせいか、テロリストの影も見られず、ミッドランドCEOは問題なく、砂の惑星を去って行った。
本来ならここで長老、ラティーファ、旦那さん、坊っちゃんも第12拠点へ帰るのが筋だ。
だが、5日後に砂の惑星に着任するミッドランドCEOの右腕と言われる男ミラー新駐在所長に面会してから、帰ってほしいと強く要望され、宙港付近の駐在所に滞在することにした。
その晩、第12拠点で留守を守っているアメルから通信が入った。
その内容は、航宙機工場受け入れ派の3名が「航宙機工場防衛隊」なるものを組織するという声明を一斉通信で出したとのことである。
組織の理由は2つ明示された。
一つは現行のラティーファ隊長率いる「砂の惑星治安回復部隊」はその役割を終えたためである。
既にハサンの残党はその殆どが掃討されている。数少ない残っている者は新組織「航宙機工場防衛隊」が全面的に受け入れる。
従って、「砂の惑星治安回復部隊」の仕事はもうない。
もう一つは、「砂の惑星治安回復部隊」は時代の変化で出来た新しい役割を全く果たしていないためである。
それは先日のミッドラントCEO狙撃事件で立証された。
ラティーファ隊長の祖父であるアブドゥル議長が航宙機工場受け入れ反対の急先鋒である以上、「砂の惑星治安回復部隊」が航宙機工場を守ることはできない。
その仕事を担う新組織「航宙機工場防衛隊」が必要になる。
「航宙機工場防衛隊」は既に軍事教練のための教官も招聘した。
入隊希望者は歓迎する。
アメルによると、「砂の惑星治安回復部隊」の隊員のうち、第11第12拠点以外の出身者は、即日辞表を提出し、「航宙機工場防衛隊」へ入隊希望しに行ったとのことであった。
◇◇◇
「よくまあ。わが社に何の断りもなく、『航宙機工場防衛隊』組織してくれたもんだね」
シラネは心底呆れたという調子で話す。
「どっ、どういうこと? 何で隊長のあたしと関係のないところで『砂の惑星治安回復部隊』が役割を終えたことになってる訳?」
ラティーファはかんかんになって怒っている。
「おじいちゃんっ! こんな好き勝手やらせていいのっ? やめさせようよっ」
怒りのラティーファは長老をけしかける。
「これはいかん。この惑星が群雄割拠状態になる。戦乱の種だ。だが……」
長老は言葉を選びながら答えている。
「これを止めるのは難しい。ミッドラントの演説は見事だった。ミッドラントが進めようとしている航宙機工場を防衛するという名目を出されたとなると止められん」
「おじいちゃん」
ラティーファは唇を噛んだ。
「アブドゥルさん」
シラネが声をかける。
「第12拠点のアメルさんからまた通信が入りました」
「繋いで下さい」
アメルの二度目の通信の内容は、第11第12拠点内部で大きな動揺が広がっている。一刻も早く戻ってほしい。第11拠点首長のナジーブもそれを強く望んでいるとのことだった。
長老はシラネに第12拠点あて通信の暗号化を依頼した。
内容は5日後に氏との面会を終えたら、早急に戻る。それまで持たせてくれというものだった。
だが、その暗号通信はどこかで漏洩してしまっていたらしい。




