168 う~ わんわん
「もう、誰が来ようと止めねえからな。行くぞっ!」
シラネの怒鳴り声と共に「航宙艇」は離陸した。
(最初の『ビル・エル・ハルマート』では『指揮官』二人を旦那さん一人で倒せなかった。次の『アクア3』では間をおいて一人ずつ合計二人を倒した。いずれも『チャージオン』を使ってだ)
坊っちゃんは思いを馳せる。
(ところが今回は十五分もしないで三人を倒した。しかも『チャージオン』を使わないで……)
(旦那さんは強くなっている。それも急速に。何故だ……)
(考えられることは一つしかない。敵将パウリーネとの三度にわたる一騎打ち……)
(あれで急速に戦闘力が上昇した。今まで以上に。敵将の存在が限界突破に繋がった?)
坊っちゃんはふと旦那さんの方を見た。
「う~っ、足りねえっ! 足りねえっ! もっと、つええ奴はいねえのかあ~」
(うん。記憶喪失の症状は出ていないよね。やっぱり『チャージオン』してないよね。『チャージオン』しなくて、三人の『指揮官』を倒した……)
「旦那さんっっ! うるせえぞっ!」
坊っちゃんの思いをよそに、シラネは旦那さんを怒鳴る。
「エサが足りねぇイヌじゃあるまいし、ギャンギャン吠えるなっ! やかましいっ!」
「う~っ、わんわん」
「てんめぇ~。操縦で手が離せねぇと思って舐めてるな。おいっ、オキニィッっ! 操縦代われっ!」
「!」
「ふっふっふっ、知らなかったか。オキニィは『星間警察』で航宙隊にいたんだよ。これから、存分に締めてやる」
「記憶にありません」
「てんめぇ~。今回は『チャージオン』してねぇだろうがっ!」
シラネは旦那さんの胸倉を掴むと…… 後はお察しください。
◇◇◇
その男は普通に歩いていた。そう、まるでトイレに向かうかのように。
違和感は全くなかった。その扉をすばやく開けるまでは。
その扉の奥では、鎮静剤を投与されたルカイヤが独り静かに休んでいる筈だった。
男は暗殺用の針を音もなく、ポケットから取り出した。