15 記憶にありません
緊張感は急に解けた。
シラネが急にレーザーセイバーを右手だけに持ち換え、下に向けたからである。
もっとも煌々とした光は変わらない。
まるで儀式のように、旦那さんもレーザーセイバーを右手だけに持ち換え、下に向けた。
先に口を開いたのはシラネだった。
「やはりてめぇだったか。相変わらずむさい野郎だな」
旦那さんも応じた。
「初対面でなかったらゴメンね。なにしろ記憶がないもんで、でも、それ差し引いても、貴方、口が悪いね」
シラネは激高した。
「何言ってやがるっ。てめぇのその『記憶にございません』のおかげで、こっちはどれだけ迷惑したと思ってんだっ!」
「ええーっ!」
ラティーファは思わず叫び、前のめりになった。
坊っちゃんはあわてて右手でラティーファの左肩を掴み、前に出ようとするのを制した。
坊っちゃんに左肩を掴まれながら、ラティーファは思った。
(この女の人の立場って、あたしと同じ~?)
また別の疑惑が鎌首をもたげてきた。
(この男、あちこちで記憶をなくして、女を振り回して来たんじゃあ?)
各人の思惑を知ってか知らずか、いや、知らないのだろうが、旦那さんは火に油を注いだ。
「貴方。口が悪いって言うか、がらっぱちなんだね。えーと、何だっけ? スケバンじゃなくて、あー、『姐御』って感じ?」
「この野郎ーっ。言うに事欠いて、あたしがてめぇの姐御だぁ? 許さんっ! 今回は仁義切るだけのつもりだったが、てめぇの水分、全部水蒸気にしてやるっ!」
シラネはレーザーセイバーを構え直し、大きく振りかぶった。
「わっ、わっ、ひょっとして地雷踏んじゃった? 俺?」
旦那さんはあわてて、レーザーセーバーを構えた。
シラネは一度後ずさると、助走で勢いをつけて、叫び声を上げて、旦那さんに斬りかかった。
「あたしの名前は『シラネ』だぁーっ、覚え直して、あの世に行きやがれーっ」
旦那さんは両手でレーザーセーバーをしっかり握り、シラネの斬撃を受け止めた。
シラネはそのまま力勝負に持ち込もうとせず、間合いを取った。
「シラネ……」
旦那さんは呟いた。
「そうだっ! 何か思い出したか?」
シラネは構え直しながら、問いかけた。
「…… ゴメン。何も思い出せない。姐御」
「この野郎ーっ」
シラネは再度助走で勢いをつけ、旦那さんに斬撃を加えた。
「むん」
旦那さんは今度も両手でレーザーセーバーをしっかり握り、斬撃を受け止める。
今度は力勝負になった。高揚したシラネと淡々とした旦那さんの表情は対照的である。
いや、対照的なのはむしろ斬撃ごとに光を増すシラネのレーザーセイバーと鈍い光のままの旦那さんのそれの方だろう。
斬撃を繰り返すうちに、シラネのレーザーセイバーは眩いばかりの光を放つようになった。
◇◇◇
シラネはいったんぶつかり合っているレーザーセイバーを外し、大きく間合いを取った。
「まずい」
坊っちゃんは直感した。
(このままじゃあ)
「うおぉぉぉーっ」
おたけびをあげたシラネはレーザーセイバーを大上段に構え、旦那さんに向けて突進した。
「チャージオォォー」
シラネの掛け声が終わる前に、坊っちゃんは行動に出た。
「お姉ちゃん。ごめん」
その声と共に、坊っちゃんはラティーファを前に突き飛ばした。
「えっ? えええーっ」
いきなり突き飛ばされたラティーファは旦那さんの前でシラネと相対する形となった。
「…… えーと」
シュンと音をたて、シラネのレーザーセイバーから光が消え、シラネも茫然として、立っているだけになってしまった。
ラティーファはようやく声を絞り出した。
「どっ、どどど、どーも。初めまして。ラティーファ・ラフマーンと言います」
「あ、ああ。こちらこそシラネ・スカイだよ。よろしくね」
柄だけになってしまったレーザーセイバーを持っていた右手を下に下げ、シラネも受ける。
ラティーファはおもむろに旦那さんを指差すと、
「あっ、あああ、あのですね。こんなんでも一応うちの拠点で飼っている訳でして……」
シラネも旦那さんを指差す。
「あ、こっ、これ飼ってんの? それはそれは、ご愁傷様じゃなかった。ご苦労様」
「ふぅーっ」
シラネは大きく息を吐くと、
「何だか白けちまったな。いいよいいよ。今日のことは貸しにしといてやる」
そう話すとゆっくり歩き出した。
「あっ、あーっ」
旦那さんが叫んだ。
「姐御-っ。そっちはー」
「うるせぇな。姐御って呼ぶんじゃねぇって、言ったろうがっ!」
シラネは早足で去って行った。
「あっちは一面の砂漠で何も無いのに。大丈夫かな? あの人」
旦那さんは呆れるように呟いた。
◇◇◇
シラネが去った後、
「さあて、寝直すか」
と言った旦那さんの左肩を右手でがっちり掴んだのは、果たしてラティーファだった。
「あ・ん・た・た・ち、まさかこれで終わりにするつもりじゃないでしょうね?」
ラティーファの剣幕に、旦那さんは恐る恐る口を開いた。
「あのもしかして、怒っていらっしゃいますか?」
「当たり前でしょう!」
旦那さんは小さく溜息をついた。
「ああ、やっぱり」
「お姉ちゃん。ごめんなさいっ」
坊っちゃんは直立不動で頭を下げた。
「ああでもしないと、姐御は絶対チャージオンしていたんだ。ここでチャージオンされたら、周りにどんな影響があるかわからないし、旦那さんもそうだけど、姐御もどんな副作用が出るか……」
ラティーファは下を見て、一瞬、溜息をつくと、続けた。
「それはわかったけど、何であそこであたしを突き飛ばす訳?」
「それはその……」
坊っちゃんはいったん口を濁したが、意を決したように、続けた。
「つまり、姐御から見て、旦那さんは倒し甲斐のある強敵だから、チャージオンする訳。そこにあんまり強くない人を挟むと……」
「チャージオンしなくなるって訳ね。全くぅ」
ラティーファは不機嫌そうに頷いた。
しばしの沈黙の後、旦那さんが口を開いた。
「えー。納得していただいたようですし、帰りますか?」
「待った」
ラティーファは旦那さんの提案を一刀両断にした。
「あんたには別に聞きたいことがあるんだぁ」
「ななな、何でしょう?」
緊張する旦那さんにラティーファは淡々と続けた。
「あんたとあのシラネさんの関係は何なのかな~って、あちらはあんたのこと、よっくご存知のようだったけど?」
「記憶にありません」
「あんたね~っ。それでさっきシラネさんを怒らせたばっかでしょうっ!」
ラティーファは旦那さんの胸倉を掴んだ。
「だっ、だってホントに憶えてないんだもん」
「あんたね~。前から思ってたけど、あんた、本当に記憶喪失っ? 都合の悪いことだけ、忘れてない~?」
「そっ、そのようなことは。本当に憶えてないんです~」
坊っちゃんは大きなあくびをした。
「旦那さん。お姉ちゃん。僕、もう眠いから寝るね」
「うん。おやすみ。坊っちゃん。あたしはもう少しこの男を締め上げるから」
「そ、そんな~。勘弁してくださいよ~」
砂漠の惑星の夜は更けていった。




