11 第一章エピローグ
「長老。無線が入っています。あの『ミッドラント』という方から」
「二世から?今頃一体何の用だ?」
長老は不思議そうに受信機を受け取った。
「やあ。アブドゥル。久しぶりだな」
「二世か。全くだ。一体、何の用かね?」
「二世はよしてくれ。私はもうミッドラントの当主だよ」
「そうだったな。君と話していると、すぐ昔に帰ってしまうよ」
二人は大声で笑い合った。
「ところで、私の贈り物は役に立ってくれたようだね。君のところの独裁者の兄弟が死んだそうじゃないか?」
「相変わらず早耳だな。贈り物というのは何だ?」
「男の青年と少年の二人組だよ。随分、活躍したそうじゃないか?」
「!」
(こいつの差し金だったのか。それにしても、ミッドラントの奴、そこまで把握してやがるのか……)
長老は冷静さを保つため、一呼吸置き、それから、会話を再開した。
「あの二人のことか。今回は本当に救われたよ。素直に礼を言っておく。ありがとう」
「気にせんでくれ。せめてもの友情のしるしだ。私もあのマフィアもどきの兄弟のことは相当苦々しく思っていたからね」
長老は更に一呼吸置いた。これからが本題だ。
「ところで、君はさっき自分でも言ったとおり、もう二世じゃない。つまり、私と同じエンジニアではない。実業家だ。そうだね?」
「その通りだ」
「実業家は友情だけでは多額の投資はしない。株主に説明がつかないからね。あの二人をこの惑星に派遣するには相当の経費がかかっているはずだ。他の目的は何だ?」
「ふっ。やはり君は野に埋もれさすには惜しすぎる」
ミッドラントは笑い、そして、続けた。
「もう一度、君の惑星に航宙機工場を建設したい。君にはそこの責任者になってもらいたい」
「!」
(そういうことか。航宙機工場を作るのであれば、確かにハサンハリルは邪魔だ。しかし……)
長老は淡々と返した。
「ご冗談を。私がミッドラント航宙機製作所を退いて、19年になる。君も元エンジニアなら、この年月の長さが何を意味するかわかっているはずだ」
「隠さなくていい。君のエンジニアとしての腕は少しも錆びついてはいない」
「買いかぶりすぎだ」
「そうではない。エンジニアとしての腕が錆びついた者に、あれだけの垂直離着陸航宙機は整備できない」
「!」(どこまで知っているんだ。こいつは?)
長老は沈黙した。
沈黙を破ったのは、ミッドラントの方だった。
「すまない。君には不快な事実だが、君の惑星には、私の息のかかった諜報員が何人も潜入している」
「……」
「実業家として、新規工場建設のための事前調査だ。しかし……」
「……」
「彼らの名誉のため言っておくが、あの青年と少年は諜報員ではない。言っては何だが、あんなお人よしに諜報員は務まらない」
長老はやっと声を絞り出した。
「……するっ!」
「?」
「お断りするっ! 航宙機工場建設も、そこの責任者就任もだっ!」
「アブドゥルさん」
「君はあの大空襲の時、もう、この惑星にいなかった。先代のミッドラント卿が呼び戻したからな。だが、私はその時、この惑星にいた」
「……」
「私はあれは忘れられない。どうしても忘れることはできないっ。航宙機工場建設はお断りだっ」
叫ぶ長老の両眼には涙が浮かんでいた。
長い沈黙が訪れた。
ミッドラントは長老の気が静まるのを待って、会話を再開した。
長い友人なので、その辺の機微はわかっていた。
「アブドゥル。私は君を友人だと思っている。だから、これからのことは、君に絶交されても話し続ける」
「……」
「私が航宙機工場建設にこだわるのには二つ理由がある。一つは経済的なものだ。知っての通り、先の大戦争は『銀河連合』の勝利で終わった。『銀河同盟』は解体された」
「……」
「ところが、終戦後、『銀河連合』は『銀河帝国』と『銀河連邦』の二陣営に分かれて、対立している。
航宙機の需要が高まっている」
「だからと言って、この惑星に工場を作らなくてもよい。誘致先は幾らでもあるはずだ」
「君の言う通りだ。だが、実業家としてみると、君の惑星は実に魅力的だ。レアメタルの開発はまだ殆どが未着手だ。おまけに君のような優秀なエンジニアもいる」
「それは君の都合だろう。もう、戦争に巻き込まないでくれ」
「そう。今まで言った一つ目の理由はこちらの都合だ。だが、もう一つ理由がある」
「……」
「それは父の出身地への貢献だ。アブドゥル。君の惑星は長い間、何故あんなマフィアもどきの兄弟に牛耳られたと思う?」
「それは……」
ミッドラントはきっぱりと言った。
「それは『貧しい』からだ。『貧しい』からこそ、あんな力だけに物を言わす奴が権力を握る」
「……」
「アブドゥル。航宙機工場を受け入れろ。そのことで、君の惑星はまた豊かになる。豊かになれば、公正公平な公安機関も作れる。あんな非常識な奴が権力を握ることもなくなる」
「……」
「アブドゥル。豊かになれば、教育機関も作れる。君の孫娘は大層優秀だそうじゃないか。君の惑星で改めて基礎教育を受けさせたら、私が理事をしている大学に留学生として受け入れてもいい」
「それでも、それでも、私はこの惑星をもう戦争に巻き込みたくないんだっ」
長老は最後の声を絞り出した。
またも長い沈黙が訪れた。
ミッドラントは再度長老の気が静まるのを待って、最後の会話を再開した。
「最後に二つだけ情報を伝えよう。一つ目は今は我々は『銀河帝国』側だ。これは『銀河連邦』よりかなり国力で優越しており、今度は勝算が高い。もう一つは」
「……」
「死んだマフィアもどきの兄弟も『貧しさ』から逃れるため、ある施設を誘致しようとしていた。それは」
「……」
「極めて違法性の高い、最新式AI対応型のヴァーチャルリアリティ性的風俗施設だ」
「何!? それは本当か?」
「本当だ。契約直前まで行っていた。頭目が死んだので、話は流れたが」
「あんなものが出来たら、この惑星は廃人の巣にされちまう」
「その通りだ。私はあの施設の存在自体が許せん。大枚はたいて、例の青年と少年を送り込んだのは、君の、そして、私の父の惑星をそうして欲しくなかったのだ」
「そうだったのか」
「それだけではない。施設の機能を応用すれば性的欲求を満たすためなら、命を惜しまず命令を遂行する『洗脳部隊』も作れる。そして、現に頭目は試験的に作り始めていた」
「……」
「例の青年が全部潰してくれたがね。わかるか? アブドゥル。『貧しい』とこういうことが起こるんだ。航宙機工場と責任者就任を受け入れるんだ。そうすれば、こういうことは起こらなくなる」
「…… 考えさせてくれ」
「いい返事を期待している」
通信はそこまでで切れた。
◇◇◇
通信を終え、ぐったりした顔をしている長老を見かね、周囲の女性が声をかけた。
「長老。何かあったんですか?」
長老はかぶりを振った。
「いや、何でもない。すまんが少し休みたい。誰も部屋に入れないで貰えないか」
「分かりました」
長老は一人個室に入った。
(ミッドラントの言うことはもっともだ。だが、私にはあの大空襲を忘れることは出来ない)
長老は自分の両頬を手のひらで叩き、気合を入れた。
(要するに豊かになればいいんだろう。航宙機工場にも、ましてや、最新式AI対応型のヴァーチャルリアリティ性的風俗施設にも頼らずに、豊かにすればいいんだっ。若い奴に任せて隠居なんぞ、もうしばらく考えないぞ)
長老は自分の中で結論を出した。
チャージオン 第一章 (今度こそ本当に) 完




