10 じょうっだんじゃないよっ
「……って。じょうっだんじゃないよっ」
万雷の拍手もを突き破らんばかりの大声を張り上げたのは、果たしてラティーファだった。
「あたしはあの男に絶対ここに帰って来いって、言ったんだからねっ。何? この終わり方? おじいちゃんもしんみりしてるんじゃないよっ」
そして、不意に坊っちゃんの方を振り向くと、
「坊っちゃん。あの男のありかを知っているんだったら、あたしはついて行くからねっ。そして、首根っこ掴んで、絶対連れ戻すっ」
余りの剣幕に絶句している坊っちゃん。長老は慌てて取りなしにかかる。
「ラティーファ。外部はまだ戦闘状態だ。それに旦那さんは私たちのことを覚えていないんじゃ、連れ戻しても、失望するだけだ」
「そんなのは関係ないっ」
ラティーファは一喝した。
「外部がどんなに危なかろうが、坊っちゃんの護衛があれば大丈夫って、あの男は言ってたでしょ。それにね……」
ラティーファの言葉に力がこもる。
「覚えてないんなら、何としても思い出させるっ。それでも思い出せなきゃ、もう一度、一から教え直すっ」
今度は長老が絶句した。ラティーファはそんなことにはお構いなしに坊っちゃんの所に駆け寄った。
「坊っちゃん。行くよっ。じゃあ、みんなっ、何としてもあのむさい男を連れ帰るからっ」
ラティーファは坊っちゃんの右肩に左手を置き、笑顔で群衆に右手を振った。
坊っちゃんの顔は硬直したままだった。
誰かが拍手をした。
程なくそれは万雷の拍手となった。
その万雷の拍手の下、ラティーファは左手で硬直した顔の坊っちゃんを押し、右手を振りながら、笑顔で拠点を出て行った。
二人が出て行っても、万雷の拍手はなかなか鳴り止まなかった。
(!)
拍手が鳴り止まない中、長老はようやく我に返った。
(これも若い世代が育っているってことで、いいんだろうか)
長老はふとそんなことを思った。
◇◇◇
旦那さんは、坊っちゃんの言ったとおり、ハサンの要塞の廃墟で、記憶を失い、あてどもなく彷徨っていた。
それは旦那さんにとって初めての経験ではないのだが、そんなことは当の本人には知る由もなかった。
だが、一つだけ今までとは違っていたことがあった。
頭の中を(むさいのを何とかしてくれる人の所に帰らなければならない)という言葉が繰り返し浮かんでくるのだ。
旦那さんは「帰らなければならない。帰らなければならない」と繰り返し呟きながら、廃墟を彷徨っていた。




