口論
暗いリビングで一人ボーっとする。
時計の音だけが聞こえてくる。
杏里はまだ帰ってこない。
遠藤と、きっと遠藤と一緒に……。
スマホを握り、遠藤にメッセージを送る。
『あのさ、今日放課後何していた? 今日も井上さんと走っていたのか?』
すぐに返事が来る。
『今日は結衣とは別行動。一人でトレーニングしていたけど?』
『そっか。ありがとう』
遠藤まで俺に嘘をつく。
俺が何も知らないとでも思っているのか?
見たんだ、二人で買い物をしているのを。
杏里の笑顔は俺ではなく遠藤に向けられていた、
新しい服を遠藤に合わせて、遠藤の顔を見ながら笑顔だった。
なんでだよ、なんで……。
暗い部屋で考え込んでしまう。
俺が何かしたのか? 何か悪いことしたのか?
杏里と話したい、なんでもいい杏里と話がしたい。
玄関から静かに戸の開く音が聞こえた。
いつもだったらもっと大きな音がする玄関の扉なのに、音があまりしない。
おそらく、ゆっくりと開き、音を殺しながら戸を開けているのだろう。
杏里が帰ってきたんだな。 でも、なんでそーっと入ってくるんだ?
玄関の閉まる音が聞こえ、そのまま二階に上がっていく音も聞こえた。
いつもなら台所かリビングに顔を出すのに、そのまま自分の部屋にまっすぐ。
絶対に何かやましいことがあったに違いない。
杏里にメッセを送る。
『お帰り、遅かったね。ご飯は?』
すぐに返事が来た。
『ただいま。夕飯はいらない。しばらく一人になりたいの』
なんだよ。このそっけない返事。
いつも杏里と違う。俺たち、もう話すこともできないのか?
杏里、何か言ってくれよ……。
自分の部屋にこもり、黙々とマフラーを編む。
杏里の為に編んでいるマフラー。
これって、編む意味あるのか?
そんなことを考えていても、手は勝手に動いている。
――
あれから数日経過し、杏里と元の関係に戻れるかと思ったがそうはならなかった。
ずっと平行線。一緒に住んでいるのに、会話らしい会話はない。
夕飯も別々。朝も登校する時間がずれ、帰りも別々。
すれ違いの生活ってやつだ。
そして、放課後。
それなりに形になったマフラーを手芸部に持ち込み、部長の辻本さんに見てもらう。
「どうですかね?」
「ずいぶん上達しましたね。あと半分、頑張ってくださいね」
お褒めの言葉をいただき。
ありがとうござます! 結構深夜まで起きて、頑張っているんですよ!
少し肩の荷が下りた。
このままいけばクリスマスに間に合う。
一人で家に帰り、自室でマフラーを編む。
杏里は今日も帰りが遅い。
それでもお腹は減る。夕飯の準備をしないと。
――ガララララ
杏里が帰ってきた。
もうまともに何日話をしていないだろう。
台所からホールに移動し、杏里に声をかける。
「お帰り。ごはん、できているけど」
「ただいま。ご飯はいら――」
「今日は肉じゃがにしたんだよ。一緒に、食べないか?」
しばらく、沈黙の時間が流れる。
杏里、なんで俺を避けるんだ?
「……。あとで、行きます」
そう俺に告げ、二階にさっさと行ってしまう。
どうしてこんな事になってしまったんだろうか。
そして、夕飯の準備をして、杏里が来るのを待つ。
少しドキドキするのはなんでだろう。
「お待たせしました」
杏里がやっと来た。
ご飯とみそ汁を準備し、配膳をする。
「いただきます」
俺だけ元気に言ってしまった。
杏里、どうしたんだろう……。
無言のまま食事が進み、結局何の会話もなく夕飯が終わる。
「ごちそうさまでした」
自分の食器をかたずけ、早々に出ていこうとしている。
俺は席を立ち、杏里の腕をつかむ。
「杏里、俺の事避けてないか?」
直球で聞いてみた。
「私が? 避けてない。いつも通り」
俺の目を見ないで話している杏里。
嘘だ。その仕草、杏里は嘘をついている。
「なんで避けるんだ? 俺が何かしたのか?」
「別に、なんでもないよ」
俺の手から逃げようとしてる杏里。
そこまでして、俺と一緒にいたくないのか?
「杏里、俺と話したくないのか?」
「そんなことはない、けど……」
「けど?」
杏里が少し目を吊り上げ、険しい顔つきになっている。
しかも、その瞼には少し涙を浮かべている。
「司君、辻本先輩の事気になっているでしょ? 最近ずっと手芸部に通っているし……」
確かにほぼ毎日通っている。
でも、それはマフラーの為、杏里の為に通っているんだよ。
「確かに通っているけど、やましいことは何もない!」
「嘘! 毎日毎日手芸部に行っている。私は何度も手芸部から出てくる司君を見た。あの嬉しそうな表情、きっと私よりも辻本先輩の事を……」
誤解! 誤解だよ!
編むのがうまくなっていって、杏里に渡せるかもって思うと、頬が緩むんです!
完全に誤解しているじゃないですか!
「そ、それには訳があるんだ! あ、杏里だって最近遠藤と仲がいいじゃないか」
「私が遠藤さんと?」
「あぁ、こないだ二人で仲良く買い物していただろ!」
杏里の表情が曇る。
ほら見ろ、やっぱり。
「そ、それは……。確かに買い物はしたけど、遠藤さんとは何もない。何にもないよ!」
「それにしちゃ、楽しそうに笑顔で服選んでたな」
「……何で知ってるの?」
「杏里の事が心配で探しに行ったんだよ」
「私を、心配して?」
「見つけたら遠藤とずいぶん楽しそうに服選んでたよな!」
「……」
杏里が黙ってしまった。
やっぱり何かやましいことがあるんだ。
信じていたのに、杏里の事信じていたのに!
「何か言えないのか? 言い訳でもなんでもいいよ、なんか言ってくれよ!」
杏里が手に力を入れ、肩を少し震わせている。
言うのか? ここで本当の事を言うのか?
「今は、言えない……。でも信じて、司君の事、裏切るようなことは何もないの!」
「だったらなんで言えないんだよ。俺だって杏里の事、信じてるのに! なんで言えないんだよ!」
「司君だって、辻本先輩となにかあるんでしょ! 何もないなら、言えるよね!」
い、言えない。
ここで杏里の為にマフラー編んでますとか言えないよ!
杏里、俺の事信じてくれ!
俺は杏里の為に……。
ん? ここまで来て俺は気が付く。
なんか俺たち二人して同じようなことしていないか?
「杏里、少し落ち着いて話そうか」
俺は少し冷静になり、杏里の手を握る。




