予選始まる
『それでは、出場する選手はトラックに集合して下さーい』
夏休みも後半、ついに井上が参加する大会が始まった。
バイトが終わってからの数日間は俺達四人、課題に取り組んでいたが、井上と遠藤はそのまま合宿だった。
合宿が終わった後も、遠藤は個人的に井上と一緒に何かに取り組んでいたらしい。
ま、詳しくは聞いていないんだけどね!
「遠藤、井上さんは勝てそうなのか?」
隣の席に座っている遠藤はずっとトラックの方を眺め、井上が出てくるのを待っている。
「勝つに決まっているだろ? どれだけ僕が必死に……」
すっかり真っ黒になった男らしい姿の遠藤。
気のせいか少しガチっとした体格になっている気がする。
「そっか。初めは予選、その後は決勝でいいんだよな?」
「あぁ、恐らく予選は問題ない。メンバーを予め確認したが、タイムだけ見ると井上さんが負ける要素は一つも無い」
随分強気な発言するんだな。よっぽど自信があるんだろう。
「井上さん、きっと勝ちますよ」
遠藤とは反対の席に座っている杏里。
膝の上に手を乗せ、少し心配そうにトラックの方を眺めている。
選手達がトラックのスタート位置に移動し始めた。
たまたま俺達のいる応援席は選手の控えている所が近く、選手を見る事ができる。
最後に見えたのは井上。
「井上さん! 頑張れ!」
遠藤が大声で井上に声をかけている。
珍しいな、そんなに大声出すなんて。
「遠藤君! それに姫川さんも! 頑張って来るよ!」
井上が手を振りながら俺達に向かって返事をした。
そこに俺の名前がなかったことは気にしない。
そう、気になんかしない!
空いている席の関係で、高山と杉本は少し離れた所に二人並んで座っている。
ふと、そっちを見てみると、なんだかいちゃこらしてるな。
おい、しっかり応援しろよな!
「井上さん! 頑張ってね! 怪我しないようにね!」
杏里も声を出して励ましの声をかける。
俺も何か、声をかけた方がいいのかな?
「井上さん! 負けるなよっ!」
井上は、大きく手を振っていたが、最後に拳を大きく上にあげ、トラックに向かって颯爽と走り出した。
きっと、大丈夫。井上だって遠藤だってやる事はやったし、それに遠藤の自信。
予選は軽く突破するだろう。
選手がコースに着いた。
二百メートル。短いようで長い距離。
半分位がコーナーになっており、各選手が少し距離をおいてスタート位置についている。
後半はストレート。この、ストレートにどれくらいのトップスピードで入れるかがキーになるらしい。
と、遠藤がさっき解説していた。
選手が全員座り、スタートの準備が整う。
俺が走るわけではないのに、なぜか緊張する。
――パァァン
空砲の音がトラックに響き渡る。
井上は外側から三番目。見た感じ有利に見えるが、走る距離は皆同じ。
遠藤曰く、このコーナーをどうやって早く走るかがポイントらしい。
普通に全力で走るだけじゃダメなのか?
「いいスタートだ」
まるで監督のセリフのようだ。
しかし、その視線は熱い。遠藤ってこんなに熱い奴だっけ?
選手がどんどん近づき、ストレートに入る頃には四人くらい並んでいる。
しかし、ほんの数歩分、井上が飛び抜けている。
「井上さん、このままいけば予選突破だね」
杏里も手を握りしめ、井上に熱い視線を送っている。
「井上さんだったら大丈夫。ほら、もうゴールするよ」
トップで通過したのは予想通り井上だった。
「よし、いいタイムだ。この調子だったら優勝も狙えるぞ!」
ガッツポーズの遠藤。
「良かった、決勝進出だね!」
「だな! 井上なんだかんだ言って、ぶっちぎりだったじゃないか」
遠藤が俺の方を見ながら何やらニヤニヤしている。
「だろ? 彼女は彼女のスタイルがあるんだ。ただやみくもに走ってはいけない」
いったい何をどうしたのか?
俺はあまり詳しくはないが、遠藤は結構詳しいようだ。
「遠藤さん、井上さんは決勝でも勝てそうなの?」
少し遠藤の顔に雲がかかってくる。
「正直なところ相手次第。きっと、僕の予想するメンバーが決勝に来ると思う。二人、井上さんの自己ベスト以上の相手がいるんだ」
自己ベスト以上の相手。それはきっと、強敵に違いない。
なんせ、自分より速いと予めわかっているんだ。
「だったら……」
遠藤が走り終わった井上に向けて手を振っている。
井上も遠藤に応えるかのように大きく手を振っているのが見えた。
「本番は何が起きるか分からない。自己ベストを比べても本当に少しの差しかないんだ。運が味方をすれば……」
遠藤の目が少しつらそうに見える。
口では大きく言っているが、本当は心配しているんだろうな。
「運も実力のうち。今回は遠藤が一緒に練習したんだろ? きっと土壇場でブーストでもするさ」
「運か……。彼女の為に、会長の栄養たっぷりグリーンジュースまで共同開発していたのに、結局飲んでもらえないし、何としても勝ってもらいたいな……」
ちょ! 開発したのはお前か!
あれはダメだ、栄養があっても飲んじゃだめ!
「そ、そうか……」
そんな、話をしていると、近くまで井上が戻ってきた。
「突破したよ!」
笑顔を遠藤に向け、手を振っている。
「おめでとう! 次は決勝だなっ! 頑張れよ!」
「うん、頑張るよ!」
笑顔で控室に戻っていく井上。
ランニングに短パン、首にかけたタオルがいかにも陸上少女って感じがする。
あの細い脚に小さめの体格。でも、あの速さで走る事ができるのか。
「井上さん、笑顔だったね」
「決勝に行けるのが嬉しいんだろうな」
「決勝か……。なぁ、もしもだよ、もしも彼女がトップじゃなかったら、どう声をかければいいんだ?」
ここに来て弱気な発言をする遠藤。
「ここで、その発言か?」
「いや、万が一って事もありえるだろ?」
「その時はその時。遠藤が何とかすればいい。今は応援しようじゃないか」
「天童君……。まったく答えになってないね。ま、応援はしっかりするけどさ」
決勝進出、井上はトップでゴールできるのか?
もし、トップになれなかったら……。
今はそんな事考えたくないな。




