表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

人生の滑走路(リスタート)


ー 右も左も分からない私に教えてくれたのは街の方々でした ー


これは一人の20代社会人女性、神田優子が苦悩や挫折を経験し一つの「Passing point(通過点)」に辿り着くヒューマン・オフィス・ストーリー。彼女の本当の夢とは?彼女が選んだ人生とは?



第一話 人生の滑走路リスタート



「今日を持ちましてアナウンサーを辞めさせていただきます。」

バタバタしている毎日通う職場に私の声が響き渡る。約6年務めたテレビ局を辞めるからだ。プロデューサーの方が座るデスクに一日中文面に悩んだ辞表を提出した。"今日で"という突然の報告に目を丸くして首を傾げる。しかしこれは想定内の反応である。誰だって"今日で"という報告には腰を抜かすだろう。でも私だって"一度決心した事"は曲げたくない。この意志が伝わったのかプロデューサーの方からある提案を提示された。しかしその提案は少々時間が必要なものであった。


小学生の頃、あなたの夢は何ですか?というテーマに対して必ず「キラキラ輝くアナウンサーになりたい!」と今と変わらぬ眼差しで話したと母は楽しそうに話す。そんな母からは私の"20代の反抗期"に何も言って来なかった。家の家庭は父が3年前にがんで他界してから母と一つ上の兄の3人暮らしである。母は若い頃から足が不自由な為、仕事が出来ずにいた。「優子のやりたい事をやりなさい。後悔しないようにね。」これが母の口癖。私はそんな口癖に対して一つの嘘をついた。アナウンサーになるのが夢だと言ったがそれは嘘である。アナウンサーになりたいという夢は母の昔からの夢だったと幼少期から聞いていたので母の夢は私の夢だと思い大学に通わせてもらい、アナウンサー試験という狭き門をくぐり抜けていった。


二週間後、私は"あの日"と変わらぬ面持ちでテレビ局を訪れた。暫くは夏休み休暇として考える期間を設けてもらっていた。私の普段から働いているフロアへとエレベーターが上がる。エレベーター内の沈黙がこれ程にまで苦しいものとは思いもしなかったが、扉が開いてからというもの見慣れた光景が目の前に現れ静かに背中を押された。


「あの、すいません!少しお時間宜しいでしょうか?」


フロアを慌ただしく移動するプロデューサーの方を呼び止め簡易的に先日から求められていた"無謀なプロジェクト"の可否を答える。答えは「YES」だ。「やらなくて後悔より、やって後悔」が私ルールだからである。そしてプロデューサーの方から求められていた提案とは雪景色が美しい事で知られる村へ行きそこでお店を開くというものであった。最初はテレビ局のスタッフさんと一緒に村へと足を運び、リポーターとして番組の企画を成立させるものだと思っていた。しかし実際には私一人が村へと足を運びその地でお店を開くという一見目的の見えないものであった。どうりでテレビ局のカメラマンさん等のスタッフさんがついて来ない訳だ。以前から社内で私が会社を辞めるのではないかと噂されていたらしく自分自身の存在や在り方を見つめてもらう「自分磨きの旅」という名目の基、会社から提案されたものであった。しかしまだ、テレビ局の一スタッフとして働いている私はこれからどうなるのだろうという不安に襲われた。その頃はまだ村へと行く理由は知る由もなかった。


翌日私は空港のターミナルに一人と愛犬のロン、重く頑丈なキャリーケースを片手に春の温かな日差しの応援を受けつつ東京というホームを後に北海道へと飛び立った。北海道へと向かう機内では到着するまで眠る以前に不安が先立った。到着したら何をすればいいか右も左も分からないのだから。

昨日、プロデューサーの方からの提案に賛同した私は真っすぐに母と兄が待つ家へと足を向けた。会社へと向かう前、母と兄に「用事が終わったら送別会をやるから寄り道せず真っすぐ帰ってきて」と念押しされていたからである。帰り道にあるケーキ屋を素通りしようと思ったが、ふと買って帰りたくなった。恐らく気分というものだろう。いつもは買わないワンホールサイズを奮発した。


「ただいま~」


この言葉、この扉を開けるのも今日で暫く最後になるんだと寂しさを噛み締めていると目の前にはテーブルに座り食卓を囲んで待つ母と兄の姿があった。そこには私が買って帰ったものと同じワンホールサイズのケーキも並んでいる。兄に聞くとサプライズで驚かせようとケーキを買ってきたのだという。しかし私も同じケーキを買ってきてしまった。1ホールどころか2ホールになってしまったケーキをどうしようかと数分の間、沈黙が続くとその光景に微笑んでいるだけだった母が一言「まぁ、良いじゃないの。もう一つのケーキはお隣さんにでもあげましょう。」と正論を言ったかの様に満足気に放った。冷静に考えればその手もある。それに私の家族の良い所はどんな事でも後の笑い話になってしまう所であった。ケーキ事件は母の何気ない言葉で解決し、私は気を取り直すかのように一度咳払いをすると「ちょっと待って!」と座っていた席を勢いよく立ち上がると、流石の母もどこか驚いた表情をして硬直する。何年も住んでいて見慣れた風景、見慣れた顔ぶれだが立ち上がった瞬間動悸が激しくなった。それは勢いよく立ち上がったからではなく今から私は人生で巡り合うことのない片道チケットに等しい旅路を歩むのだから。

「あのね、私・・・」時が止まるように静まった。未開の地へ踏み出す頬には鳥肌が立っていた。



To be Continued・・・


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ