時間遡行と恋愛の哲学-1-
(くそぉ。また駄目だったか)
僕はヘッドギアを外した。
VR技術と記憶の抽出化に成功した現代では、疑似的な"時間遡行"は盛んに行われていた。
最近では日常生活をヘッドギアを外さずに生活を行う "オレンジ・フィルム依存症"が社会問題となり、話題になった。
現代の息苦しい生活を逃れ、過去にあった輝かしい体験をリバイバルする。
僕はそれを非常に虚しい行為だと考えていた。
僕が今、行っていることはそれに近いとも言えるが、本質的には全然違う。
僕が行おうとしているのは、"過去改変"だ。
僕は深呼吸をして息を整えると、再びヘッドギアを頭に装着した。
"レジストメモリーからの再生を行いますか?"ヘッドギアの音声案内が入る。
僕は"1番で頼む。"と発声する。
"分かりました。それでは、レジスト1を再生します" ヘッドギアの両サイドのモーターがけたたましく回転する。
真っ黒な画面の中央に待機時間予測3分と表示が入る。
僕はその間に今から自身が行うことのシミュレーションを頭で組み立てた。
僕はあの日の記憶をすり替えようとしていた。
僕の人生を大きく変えてしまったターニングポイント。
今の僕の悲しみの源泉を断ち切る必要があるのだ。
待機時間予測2分
それは高校3年の夏。誰もいない教室。
僕は彼女に告白をした。
その事実を無かったことにするのだ。
待機時間予測1分
ヒントとなるのは、記憶というものの曖昧さ。そして、あの2人きりの教室。
僕と彼女以外に知る由のない時間。
妄想の抽出。
待機時間予測10秒。
視界は真っ白に変わる。
ガシャン ヘッドギアのモーターが一瞬止まると、静かでシャープな回転音に切り替わった。
リバイバルが始まる...
時間遡行と恋愛の哲学 -1- -終-