神の声
傷が癒えないまま、数日が過ぎようとしていた。
例のチンピラの施しで生活はしばらくは安泰だけど、食料確保のため釣りでもしようと海に向かった。
海に着くなり、波打ち際に見知らぬ少女の姿を見つけた。
躊躇なく沖へ進む少女に不信感を抱いた俺は暫く様子を伺うことにした。
浜から数十メートルほど進んだ所で、少女は忽然と姿を消した。慌てて後を追いかけると溺れかけた少女を抱えて必死に浜へと上がった。
いつまでもジタバタと暴れる少女の足が俺の股間を直撃、情けないことに気絶する羽目になった。
◇◆◇◆
助かった少女は高い崖の上にいた。
少女は幼い頃に両親と妹を目の前で殺され、奴隷に落ちてしまったそうだ。この時代、両親がいても生活は苦しく、孤児に至っては餓死か奴隷かの2択しかなかった。
過酷な労働、執拗な体罰などで心も身体も壊れかけた少女は、子犬を拾い心の支えとしてきた。
そんな人間の多くは幸福とは無縁に報われることもなく、ずっと苦痛に耐えながら死んで行くしかなかった。
「神様、どうして私はこんなに苦しまなければならないのですか?両親や姉妹を失い、友達・・拾った子犬ですが、その子まで殺されてしまいました。死ぬまで辛い思いをしなければいけませんか?」
少女は生きる希望をなくし、もはや死ぬことしか考えられなくなっていた。その方が幸せとも言えた。
「神様、私は奴隷です。でも心だけは人であり続けたいです。やっぱり奴隷の言葉など、届くはずないですよね・・・」
涙が溢れ続ける少女は、高台から飛び降りようとした。
(なら死ねば良い。だがその前にひとつ尋ねる。お前にとって人であり続けるとはどういうことだ?)
少女の頭の中に柔らかい声が響いてきた。
「か、神様ですか?奴隷の言葉に耳をお貸し下さり感謝いたします。人であるとは、争わず、相手を思いやり、慈しみ、感謝の心を忘れない事だと思います。私などに話しかけて下さったこと、本当に感謝いたします」
人生の最後に神の言葉を聞いた少女は、思い残すことがなくなったようだ。涙を流していたが、その顔は笑顔に満ちていた。
「神様・・・ありがとう」
少女は崖から身を投げた。
(やはり死ぬのか。でも面白い)
辺りが目映い光に包まれ、少女は浜辺に倒れていた。
それを見守るように悶絶した後を浜辺に刻んだ男が倒れていた。
(もう一人、面白そうな奴がいるな)
◇◆◇◆
俺はどのくらい気絶していたのだろう。海に入ったから冷えたのだろう、急に寒気がして目が覚めた。
(人間、気が付いたか)
「寒くて目が覚めたよ・・・あれっ?いない。俺は誰と話してたんだろう」
「神様、ここは天国ですか?」
少女は身投げにより死んだと思っているのだ。
(では、場所を移そう)
俺たちは何が何やら分からないまま、場所を移すことになるそうだ。