神様、ようこそ女神の国へ!
マーズ国に来て最初に驚かされたのは、帝国が宣戦布告をしたと言うのに、開戦の兆しなどまるでなく平和そのものだった。よもや帝国はこのマーズではなく他の国へと進軍しているのだろうか。あまりに情報が少なすぎる俺たちは、先ず街の様子を探ることにした。
「ミライ、俺たちはマーズ国のどの辺りに転移したか分かるか?」
「そうねぇ、ウジ虫。最後に言い残したことはあるか?」
「ほぇ?ミライ様、嫌だなぁ、冗談ですってば!つい呼び捨てにしてしまいました。どうもサーセン!!」
(ミライ、あまり大将をからかうな。それで今、マーズのどの辺りだ?)
「お兄様、マーズ教会とやらの本部前にいますわ!」
「なぁ彼方。殺されそうな俺に対して、からかうは無いだろうに」
(そうか、違ったか?)
敬虔な信者がたくさん教会を訪れるようで、周りは高級そうな店が軒を連ねていて、かなりの賑わいを見せていた。
「なぁ、そこのお兄さんがた。異国の人だろ?」
俺たちが立つ場所の近くで果物を扱っている店主が話しかけてきた。他と比較してこの店はあまり高級感がない気がする。所謂、庶民派と言うやつだろう。
「そうだ。しかしなぜ異国の者と分かるのだ?」
ユミが不思議そうに答える。
「そりゃ、見かけない服だしターバンもしてねぇ。おまけに肌も白いとくりゃ、この国の人間じゃないことくらい一目瞭然さぁ」
言われてみれば、周りの人々は褐色の肌をしており、男はターバンを、女は全身すっぽりと布を纏っている。
「あんたらも教会に懺悔しに来たのか?」
「なぜ懺悔?俺たちは何も悪さをしてないのにか?」
「違う、違う(笑)オイラも詳しくは知らんが、マーズ様の教えだとかで、人は生まれながらにして罪深き存在なんだと。だから懺悔することによって清らかな心となり幸運に恵まれんだとさ」
「懺悔は俺たちでも出来るのかい?」
「うーん。見たところ、あんたら金持ってなさそうだからムリムリ(笑)おっ、そこのスタイル抜群のお姉さん!何か買ってくれんか?美人には特別サービスしちゃうよ(笑)」
「要らぬ。それよりも貧乏で冴えないだと?どこまで若様を愚弄する気だ!」
「楓もいちいち相手に・・・って貧乏で冴えない?お前、俺に対してそんな風に思ってたのか?(笑)」
「ところで店主。先程の続きだが、教会は金を取るのか?」
ユミが脱線しかけた話を修正してくれた。
「おぉ、こっちのお姉ちゃんも美人だね!サービスしとくよ?」
「ええぃ、何も買わないと言ったろうが!早く質問に答えろ!」
「顔に似合わずおっかねぇ姉ちゃんだな。まぁ金なんだがお布施と言うらしい。これがかなりの大金でな、まぁ、お陰でここいらは金持ちがウジャウジャやって来て商売繁盛ってな訳だな(笑)」
何て奴等だ。少し腹立たしいが、早速俺たちは教会を覗くことにした。なかなかゴージャスな造りで、どれだけの時間と金がかかったのか計り知れないほどだ。
「そこの者、マーズ教会に何用かね?」
「俺たち心も身体も清らかですが懺悔に来ました(笑)」
「ふざけた奴め!見るからに信者ではないようだな。お布施はあるの・・・いや、こんな奴等にあるはずなかろう。さっさと立ち去れ!」
いきなりの門前払いに、取りつく島もないとはまさにこの事である。
「すごく嫌な感じでしたね。確かに私たち、大金なんて持ち合わせてませんけど・・・」
「彼方、俺たちを教会内に転移出来ないか?」
「若様、やはり潜入するのですか?では彼方様、転移に問題がおありのようですが・・・」
どうやら楓はこれ以上教会に関わりたくないようである。
(問題ない)
「では、お兄様。転移なら私にお任せください」
「やはり教会に行くことになるのですね・・・」
「入り口の男であれなのだから、中の連中は一体どんなだろうか!大将、楽しみだな(笑)」
ユミは間違った好奇心に満ちていた。
ミライの転移能力であっさり教会内に潜入した。辺りを見回しても人の気配はなく、礼拝堂には見慣れぬ像が祀られていた。
「お兄様。この下品な像はマーズですわ!」
「へぇ、やっぱり女神だけあって若くて美人だな」
俺はユミとは違う意味で楽しみだった。
「そこの女。今、我らが女神に暴言を吐いたな?」
どこからともなく司祭らしき中年男が現れたが、まるで気配を感じなかった。
「あら、あんなのは女神ではありませんのよ」
「貴様、まだ言うか!誰か、誰かマーズ様をお呼びしろ。この無礼者どもに神罰を与えてもらうのだ!」
何やら大事になりそうだが、女神マーズとやらに会えると思うとワクワクして仕方なかった。
「一体何事か?私は忙しいのだ。クダらないことでいちいち呼ぶでない!」
ようやくマーズ様の登場だ。先の女神像を見ていたから否応なしに期待が膨らむ。
「俺の妄想を返せ!」
期待はずれもいいとこで、はっきり言って不気味な魔女である。しかも、かなりお年を召してらっしゃるからたちが悪い。しかし、あの像は一体なんだったのだろうか。
「人間の小僧か。何を訳のわからぬことを」
「久しぶりね、マーズ。あなた、見違えたわよ。随分と偉く・・・違ったわね、汚らしく・・・じゃなくて老いて醜くなったものね?(笑)」
「はぁ?そこの小娘、一体誰に向かって口を聞いておる?!」
マーズは勢いにまかせて罵ったが、急に表情が強ばり始めると、後ずさりしながら恐れおののいていた。
「ま、まさか、そんな・・・」
「そこの小娘って、私の事かしら?それに誰に向かって口を聞いてるですって?あなたよ、そこの醜いお婆ちゃん!」
「ミ、ミライ様なのですか!?でもなぜミライ様がこんなところに?偽物か?この威圧感、やはり本物のミライ様!お、お許しください、どうか今の大言をお許しください!」
「私に歯向かわないだけ賢明ね、マーズ。あなたがこの地上で何を企んでるかなんて興味ないけど、帝国を滅ぼして世界征服しようだなんて、さぞ楽しいでしょうねぇ?」
「世界征服だなど、とんでもありません。人々を苦しみから救うためにマーズ教会を設立し、慎ましく過ごしております」
「あらそう、そう言うことにしておきましょう。では、お兄様。もうこんな所に用はありませんわ。行きましょう!」
「よくもこの俺の純情な心を弄んでくれたな!あばよ!」
「若様。今時、あばよ!などと言う方はいないと思いますが?」
とりあえず、大事に至らなかったが、これと言った収穫もなく、何だか和んだだけのような気がした俺は、捨て台詞と共に教会を後にした。
この屈辱を忘れないよう入念に日記に綴った。
◇◆◇◆
「おのれ、ミライめ!今に見てろ、神とて必ず報復してくれるわ!」
天界を追放されてからと言うもの、ずっとミライに対する憎悪を募らせていたようだった。
マーズは何かを企んでいるのだろうか、現状からは何も導き出せなかった。