第68話 感染する暴走
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「千林さん達やお母さん、橙子達だけなんて不公平でずるい! だから私も抱き付いちゃうわ!」
「えぇぇぇぇぇーーーーーーーー!!!」x全員
ギャプ娘先輩のトンでも発言に俺だけじゃなく、その場の皆が完全シンクロしたかのハモリ具合で声を上げた。
そのあまりの内容に、俺は理解が追いつかず、一瞬頭の中が真っ白になり、体の反応が遅れてしまった。
迫り来るギャプ娘先輩に、為す術も無く抱き付かれる俺。
俺より背が高いギャプ娘先輩に抱きつかれると全身をとても柔らかい毛布に包まれたような錯覚に陥った。
その母なる太陽の暖かさにも似た感触に俺は激しく失望した。
いや抱き付かれた事では無く、むしろその逆。
嫌な予感しかしないと思った、とても愚かで、浅はかな俺に失望した。
嫌な予感? とんでもない!
自分の危険察知能力のポンコツ具合に反吐が出る!
俺は今、この世に生まれて来た事に、父と母と神に心から感謝した!
暴走状態のギャプ娘先輩は躊躇無く俺をぎゅうぎゅうと抱き締めてくる。
いや抱き締めるだけじゃなく、ホッペをスリスリやら至れり尽くせりだ。
俺はこの絶え間無い幸福感にこの身を委ねて、このまま時が止まればいいと願う。
だって、ほら、なんか正気に戻ったら恥ずかしさのあまりボコボコにして来そうじゃない?
だから、今の内にこの束の間の桃源郷を、十分に堪能しておかないとね。
俺はこの夢の終わりがいつ来るのかを内心脅えている最中、突如誰かが声を上げた。
「会長ばっかりずるい! 私にだって権利は有るわ!」
この声は宮之阪? 権利って急にどうしたんだ?
突然の宮之阪の宣言にギャプ娘先輩の動きが止まる。
あっ宮之阪のその目は……。
ギャプ娘先輩の肩越しから見える宮之阪の目は瞳孔が若干開いており、その瞳の奥には明らかに暴走色を孕んでいた。
これって……、もしかしてギャプ娘先輩の暴走が感染したんじゃ……?
場の異常な空気にギャプ娘先輩の異常な行動。
現在生徒会室には俺を含めて13人。
かなりの手狭になっており、ただでさえいつもより酸素が薄い気がする。
それに先程まで様々な感情で全員が極度の興奮状態に陥っていたんだ、集団催眠的に皆がおかしくなっても不思議じゃない。
ぞくり。
俺は背筋に冷たい物を感じた。
そして頭に浮かんできた言葉。
感染する暴走……。
俺はその浮かんできた言葉がただの妄想だと、祈る気持ちで他の人の様子を伺った。
しかしその気持ちを嘲笑うかの如く、明らかに誰もがギャプ娘先輩の行動、それに宮之阪の意味不明な権利主張の言葉に影響され、その瞳に狂気の種子が芽生えていくのが伺えた。
俺の危機察知能力はこの事を予感していたのか……。
ごめん! 俺の危機察知能力! ポンコツなんて思って。
お前は実はいい仕事をしてたんだな。
「「「そーだ、そーだ」」」
宮之阪に同調して千林姉妹+1も声を上げた。
いや、あなた達はギャプ娘先輩の暴走原因の一端ですからね?
特にポックル先輩のお姫様抱っこのドヤ顔はかなりの暴走ゲージを稼いだと思いますよ?
「「ならママにも権利は有るわよね?」」
この声はお姉さんと学園長? 息ぴったりだな。
と言うか学園長も原因の一端ですからね?
更に言うとあなた達はママじゃ有りませんよ?
「「ムムッ?!」」
ん? どうしたんだ?
気になってギャプ娘先輩の肩口から二人の様子を覗いてみると、どうやらお互いが俺に自分をママだと言う主張をしたのに対して牽制しあっているようだ。
「美都乃ちゃん? どう言う事? ママはあたしよ?」
「そう言うさっちゃんこそなんなの? 私を差し置いて牧野くんのママって認められないわね」
う~んとても不毛な戦いだ。
だから両方ともママじゃないですからね?
「もしかして、美都乃ちゃんもまだ光にぃの正妻の座を狙ってるの?」
お姉さん、正妻って俺の母さんだから今その座に居るのは。
「へっへ~ん。そんな事しなくても私には合法的にママになる方法が有るんですぅ~」
アラフォーが『ですぅ~』って……。
と言うか合法的にママになる方法ってどう言う事だ?
俺を養子にでも引き取るつもりか?
となるとギャプ娘先輩と俺が姉弟になると言うこと?
それはそれで複雑だなぁ~。
「あ~お姉さんと学園長? 皆の前でみっともない争いは止めて下さいよ」
俺の言葉に二人はハッとした顔をして俺を見てくる。
その顔は意表を突かれたと言う面持ちでポカーンと口を開け、瞳から暴走色が消えたかの様に見える。
これで暴走が解けたかな?
大人の二人が元に戻れば、学園長は、その肩書き通り学園の長として、お姉さんは俺の保護者として、この状況を収拾してくれるんではないだろうか?
俺はそんな期待を胸に二人の様子を伺っていると、どうやら神は俺を見放したらしい。
ポカーンと開いて口は徐々に口角が上がり、目は嬉しそうに細められる。
その細められた目から見える瞳には狂気の息吹が新たに宿っていた。
「「そうね、私たちが争ってても仕方が無いわね。仲良く半分こしましょう」」
打ち合わせも無く綺麗にハモるその様は、既に同一体と言うべきか、学園長は『プチ』でも『モドキ』でも無く、完全にお姉さん、いや『嵐を呼ぶ者』と化していた。
終わった……。
この二人なら半分こは言葉の通り物理的に半分こを意味している可能性が高い。
俺はその二人嵐を呼ぶ者の狂喜の笑みに、明日の太陽を五体満足でこの目で見ると言う望みを捨て去った。
「ちょっとまってや! 学園長だか保護者だか知らへんけど、いっちゃんが困った顔してるやん」
おお八幡! 俺を助けてくれるのか! でもその二人を止めようなんて、なんて命知らずな奴なんだ。
「いっちゃんだって若い子の方が嬉しいやんな? あたしみたいに!」
お前マジで命知らずだなっ!
と言うか、それを俺に振るな! どっち転んでも致命傷だろうが!
急に何を言い出すんだ……、あぁ……、その瞳は既に感染済みなんだな。
「そうなのコーくん? いつもハグしてあげたら嬉しそうにしてるじゃない!」
「牧野くんは若い子より年上の魅力的な女性が好きよね?」
ほら、どう答えても逃げ道が無いじゃないか。
「皆! 落ち着いて! そんなに牧野くんを虐めたら可哀想じゃないですか!」
俺が二人ストームブリンガーの|Dead or Dead《死亡確定》な質問への回答の言葉に窮していると乙女先輩が大声を上げて俺を庇ってくれた。
ありがとう! 乙女先輩!
俺は助け舟を出してくれた乙女先輩にお礼を言おうと顔を向けた。
………。
ダメだ。この人も既に感染済みだ。
張り付いた様な邪悪な笑みに俺は目の前が暗くなった。
「そうそう牧野くんは皆の共有財産だよ~」
ここで遅ればせながら桃やん先輩が参戦した。
勿論その瞳は暴走色に犯されている。
乙女先輩の傍に行き二人して顔を見合わせ頷いた。
「「……だから……、皆で一緒に楽しみましょ?」」
桃やん先輩と乙女先輩は呼吸を合わせて皆にそう言った。
俺はその言葉を何処か他人事の様に聞いていた。
もうどうにでもしてくれ。
心の中でそう呟いた。
「今日は皆に話を聞いて貰ったんだし仕方無いわね。じゃあ皆でシェアしましょう」
「おぉぉぉぉぉーーーーーーーー!!!」x全員
その声を合図に皆が一斉にやってくる。
肉食獣に襲われる草食獣の如く、俺は成す術無くその終わる事の無い抱擁の波にこの身を曝け出すしかなかった。
老……いやこれは思っただけで殺されるな。
実際、そう思っただけで何人かが俺に向けて殺気を放ってきたし。
若?若男女に次から次に抱き締められる俺。
萱島先パイでさえカメラを構えず俺に抱きついて来る事からもこの異常事態の深刻さが分かるだろう。
しかし……。
……あれ? あれ? これ天国じゃない?
そう、次から次に可愛い所、綺麗所が俺を抱き締めてくる。
痛ってぇ!
たまにこんな具合にお姉さんとドキ先輩が加減を間違えて絞め殺されかけるけど、まぁ誤差の範囲だ。
俺は実は今、幸福の絶頂に居るのではないだろうか?
「あっなんで野江先生まで並んでるんですか!」
「いや、なんか、乗るしかない! このビッグウェーブに! って感じで~」
「無いから! そんな波!」
ガラッ!
突然扉が開いた。
しかし皆は気にせず俺に群がっている。
誰だ? こんな様を誰かに見られたら大事だぞ?
「あはははははぁーーー! 何か面白い波動を感じて私が来たぁーーーー!」
「来んな! お笑い芸人!!」
「ふむふむ。なるほどなるほど。牧野くんに抱き付けばいいのか」
「話を聞けよ! そんなルール何処にもないから!」
「博士? 私もしなくちゃいけないですか?」
「うむ、今この部屋はそう言う事になっているらしい」
「そうですか。では仕方有りませんね」
「そんな事ないですから! え~っと、名前は……あれ? 聞いてないな。取りあえず表の部長さんも騙されないで!」
「あっ私の名前は樟葉 小鳥って言います。よろしくね」
「ご丁寧にどうも。って当たり前の顔して順番に並ばないで!」
この二人のノリの良さ、やっぱり生物部って実はお笑い研究部なんじゃないだろうか?
何かもうめちゃくちゃだよ。
そうして、乱入して来た生物部……、いやお笑い研究部の二人を加えた総勢14人の抱擁大会がいつ終わる事無く繰り広げられた。
良く知らない人も増えたので、恥ずかしさが込み上げて来て、ちょっぴり嬉しい気持ち反面、俺こんな事していて良いのだろうか? と言う冷静な気持ちが同居しているが、今は全てを忘れてこの身を委ねた。
「どうせ逃げ切れないからね!」
書きあがり次第投稿します。
皆様のご意見ご要望をお待ちしております。




