第63話 先パイ
「な、なんだこの惨状は……?」
全ての部活歓迎写真を撮り終えた俺達は意気揚々と生徒会室に戻ってきたのだが目の前の惨状に生徒会室の扉の前で呆然と立ち竦む。
「「「「牧野くん!!」」」」
俺に気付いた皆が、立ち竦んでいる俺を見付けると次々と声を上げた。
何だ? 何だ?
「牧野くん! 助けて!!」
部屋の中央では学園長が土下座しながら俺に助けを求めている。
「コーくんは手出し無用だから!」
お姉さんが鬼の形相で腕を組んで立っている。
「そうよ、これは先生と大和田先輩、そして美都乃さんの3人の話なんだから」
野江先生は腰に両手を付きプリプリと頬を膨らませていた。
「牧野くん! これはどう言う事なの?」
別の場所ではギャプ娘先輩が乙女先輩を指さして叫んでいる。
「あっ、牧野くんお疲れさま。成果はどうだった?」
何故か乙女モードのままの乙女先輩が、俺に労いの言葉をかけてくれる。
……ただこの人がこんなに素直に労ってくれると言うのはちょっと怖いな。
「こーちゃん! 運命って抗う為に有るんだからね? ちょっとドラマティックだったからって簡単に流されたら駄目だからね?」
いきなりどうした宮之阪? いきなり運命に抗えって言われても何の事だか?
「「ずるいー! なんで藤森さんだけ抱き締めたのー!」」
千林姉弟が次は自分の番だと手を広げて待ち構えている。
あぁ出発前の乙女先輩の話が広まったのですね。
だけどその情報はちょっと古いですね。
ただ、あえて口にして自らを火口に投入するような真似を犯すのは愚者のする事なので、俺は沈黙を貫く。
桃やん先輩と八幡を見ると二人して困った顔をして首を振っていた。
訳が分からない、いったい俺が居ない間に何が有ったんだ?
俺は先程までの燃える気持ちは何処へやら今すぐにでも逃げ出したい気持ちでいっぱいになったが、俺のそんな心情を察したのか気付くと左右から萱島先パイとドキ先輩にホールドされており逃げられなくなっていた。
「本当に何があったんだよぉーーーー!」
――― 時は少し遡る。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「萱島先輩、顔緩みっぱなしですよ? 俺、萱島先輩ってもっとクールだと思っていましたんですが、そのだらしない顔見てイメージが変わりました」
俺は先程付けられようとしていた新たな異名を誰にも口外しないように、特に芸人先輩には絶対に言わないように釘を刺した後、相変わらずカメラを大事そうに胸に抱いてぽよよんとした表情の萱島先輩にそう言った。
芸人先輩に知られるとこれ幸いと勝手に勘違いして性別を問わないクリーチャーとか作り出しそうだしね。
しかし今のこの萱島先輩の姿なら学園長が写真馬鹿と言っていたのが理解出来るような気がする。
「だらしないとは酷いじゃないか。私は念願だった全てのクラブの歓迎写真を撮り終える事が出来て、更にあんな青臭い青春の一コマをリアルで思う存分写真に収める事が出来たんだよ? そりゃもう幸せの絶頂さ。私としてはこのまま歓迎写真がお蔵入りとなったとしても悔いはないね」
「いやいやいや、やめて下さいよ、そんな不吉な事言うのは! 変なフラグが立っちゃいそうじゃないですか!」
フラグ回収のプロは複数のフラグが立っていた場合、より酷い方を的確に拾いにいくから気を付けないといけないんだよ。
「フラグだなんて牧野くんはオカルト主義者かい? 高校生なんだからもっと現実を見なくちゃ」
何かとても小馬鹿にしたような顔で言ってくる萱島先輩だが、どの口がそんな事を言うのだろうか?
写真の魂とか色とかのたまう人にそんな事言われたくないかな?
この人は間違い無く写真馬鹿だ。
「しかし、本当に萱島先輩は写真が好きなんですね。でも、手伝ってくれてありがとうございます。助かりましたよ」
写真を撮りたいが為の頑張りだったような気がしないでもないが実際に何回か説得を手伝ってもらったりしたし、この人と周らなかったら恐らく成功しなかっただろう。
「いや良いんだよ。お陰で私も色々と勉強になった。こちらこそお礼を言いたいくらいさ」
先程までのぽやぽや顔は何処へやら、一転真面目な顔に戻り俺に頭を下げる萱島先輩。
もうっ! 不意打ちは卑怯だよなぁ~。
その顔を見て俺はずっと気になっていた事をこの際聞いてみたくなった。
「萱島先輩。結果的にもう終わった事なんですが、さっき俺一回歓迎写真を諦めましたよね。あの時の先輩の気持ちが知りたかったんです。……やはり失望しましたか?」
昨日萱島先輩は泣き言を言う俺に失望させないでくれと言っていた。
先程のアレは泣き言どころじゃない、完全に逃げたと思われてもおかしくないだろう。
それこそ、無事に映画研究部の写真を撮り直せたからこうして聞けるのであって、もしあの時二人とも昔の事を思い出せていなかったら写真はあのままだったんだろう。
もしそうなら今頃俺達はどんな気分でこの廊下を歩いていたんだろうか?
そして萱島先輩は今の様に俺の隣を歩いてくれていたのだろうか?
「あぁその事かい? まぁ確かに。ただ昨日の今日だろ? あの部長が牧野くんの言う事を素直に聞くとは思えないからね。ある程度の予想はしてたんで、それ程ショックでは無かったよ。とは言え、牧野くんがあんなに早々に諦めて普通の写真を撮ってくれと言った時は正直仕方無いと思う反面、少しがっかりしたのと創始者への説得の可能性が遠のいた、と思うところは有ったけどね」
萱島先輩は少し呆れた風な表情で俺にそう答えた。
そうか、やっぱりあのままでは愛想を尽かされいたのか……。
更に全員揃っていないと創始者にそこを指摘されて……、いやそうじゃないな。
あのくらいの相手に手間取っているようじゃ創始者を説得なんて出来ないぞ、と言うことなんだろう。
何とかなったのは相手が宗兄だったからに過ぎない。
あの時、この人となんとか仲良くなりたいと先の事を考えてしまい、今目の前に立ちはだかっている創始者の説得を完全に忘れて無理強いを諦め簡単に折れてしまった。
それは俺に期待してくれている人達に対しての裏切りじゃないのか?
既に俺の選択は俺だけの物じゃない。
学園長や美佐都さん、橙子さんに桃山先輩。
それに校長と理事長もそうだ。
この件で俺に期待してくれているのは、野江先生が言っていた通り、昨日と今日の部活顧問排除通達の署名からも分かる。
その野江先生、それにお姉さんも、ううん、それだけじゃない。
俺の提案に賛同して歓迎写真を撮らせてくれた先輩達だって俺に期待をして応援してくれていた。
俺はその想いを裏切ってしまっていたのか……。
俺が萱島先輩の言葉に激しく落ち込んで顔を伏せていると、何かが俺の首に絡み付き優しく頭を引き寄せようとする。
俺は『なんだ?』と顔を上げると……
ぅうっぷ!
何かとても柔らかい物が俺の顔全体を包み込んできた。
なっ! いったい何なんだ?
俺はこの顔を包んでいるこの柔らかな物の正体を確かめようと手で掴む。
ムニュ。
それはとても素敵な感触で、例えるなら時速100Kmで走る車から外に手を出したときに受ける風の抵抗感とでも言うべきか。
ムニュムニュ。
マシュマロのようでも有り、つきたてのお餅のような温かさ。
一度痛みによって上書きされた記憶にリブートがかかる。
えっ? もしかしてこれって……?
ムニュムニュムニュ。
「あんっ。こらこら牧野くん。あまり力を入れて揉まれると痛いんだけど。見掛けによらず結構大胆だな君は」
俺の頭のすぐ上から萱島先輩の声がした。
なぁーーーーーー!!
「い、いきなり何するんですか萱島先輩!」
俺は萱島先輩の突然の奇行に慌ててそう問い質した。
勿論顔や手の位置はそのままだ。
少し喋り難いが、なんのこれしきそれ位の苦労なんて大した事じゃない!
「なに、君が勝手に早合点して落ち込んでいるのを慰めようと思ってね。それにミッションを達成した君へのご褒美さ」
萱島先輩も俺の頭のホールドは緩めずにそのまま俺にそう言った。
早合点? 慰める?
「どう言う事ですか?」
俺は意図が分からないその発言に顔を包むこの至宝のマシュマロから断腸の思いで手を離し片側だけ顔を上げ萱島先輩を見上げる。
しかし萱島先輩はかなり着痩せするタイプだった事に驚いた。
片側の顔を上げるともう片側はこのマシュマロに沈み込むように包みこまれる。
この角度は少し首が痛いが、なんのこれしきこの程度の痛みなんて耐えてみせる!
「あのね、牧野くん。あの時私が君の指示に従って何も言わなかったのは、カメラを構えた時に直感したからなんだ。あぁ、私はこのメンバーの写真をもう一度撮るだろうなって。それもすぐにね」
どう言う事だろうか?
オカルトチックな回答に先程どの口がそんな事を言うのかと言う気持ちが再燃してきた。
「なんで撮る事になるって思ったんですか?」
「まぁ、感と言うより確信と言う方が正しいかな。君も気付いていただろ? 明らかに今撮っている写真の事より、君の説明した歓迎写真に思いを巡らせている彼のあの顔。彼も表現者だから私には分かったよ。余程の事が無い限り牧野くんとのインタビューを終えた後に先程と同じようになるだろうとね。そうでなければ私があの場で彼を説得していたさ」
その答えに俺は顔と手を収まるべき定めと言うべき元の位置へと戻した。
なるほど、そう言うことか。
それに宗兄は既に朝の演説の時から俺の事を認めているような事も言っていたな。
逆にそれが悔しかったとも。
萱島先輩……いやもうこの素晴らしい色々なアレに敬意を表して萱島先パイと呼ばせて頂こう。
萱島先パイはそこまで分かっていたんだろうな。
「ただ君とあの部長が幼馴染で想いのすれ違いから喧嘩別れをして、更にその数年後に敵として対峙し、あまつさえその衝突の最中にお互いを思い出して、過去の負債含めて和解するなんて言うドラマティックで私の大好物な展開は想定の枠を遥か彼方に置き去りにしていたけどね。だからこそのご褒美だよ」
萱島先パイは腕のホールドを強めグリグリと俺の顔をそのマシュマロに押し付ける。
「それは俺も同じですよ。まさか宗兄とこんな形で再会するとは思ってもいませんでした。でもまた昔のように仲良くなれて本当に良かったです」
本当に、本当に良かった。
ムニュ。
俺は今ずっと心を押さえつけていた枷が解き放たれてとても心が軽い。
ムニュムニュ。
まるで心に羽根が生えたよう……。
ぎゅぅぅぅぅぅ!
「い、痛たたっ!」
俺は突然の太ももの痛みに身が裂かれる思いで手と顔を離し痛みの原因を探るべくそちらに目を向ける。
そこには顔に影が差し、まさに暗黒と言うような表情で俺を見上げるドキ先輩が佇んでいた。
「コウイチ? チョウシノルナヨ?」
暗黒物質と化したドキ先輩は地獄の亡者の如く呻き声で俺の心を突き刺してくる。。
「ひぃぃ! すいませ~ん。俺調子乗ってました~!」
本気で怒ったドキ先輩めっちゃ怖ぇぇ!
初めてレッドキャップとしての本当の恐怖を肌で感じた俺は、先程の調子乗っていた自分に激しく後悔したのだった。




