表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
71/156

第62話 始まりの鍵

分割分です

「牧野……光一……? コウイチ? ……そうか! お前コウなのか?」


 コウ、あぁそうだ、宗兄は俺の事をそう呼んでいた。

 はっきりと思い出した宗兄の顔。

 その顔の面影が今目の前に居る表情から険の取れた監督先輩の顔に重なった。

 いきなりあだ名で呼び合う俺達に周りは唖然としている。

 いや例外さんだけは変わらずパシャパシャと撮影を続けているな……。


「コウ! お前だったのか! 懐かしいな! いつから俺の事に気付いていたんだ? 何故早く言ってくれなかったんだよ」


 監督先輩……いや宗兄はとても嬉しそうな顔をしている。

 いや、してくれてる? この場の空気に合わせているだけだろうか?

 俺は再会の喜びは有るのだが、何故か心の奥がシクシクと痛みだした意味が分からずに少し混乱してしまっていた。


「久し振りだね、宗兄。正直思い出したのはさっきの口論の時だよ。宗兄が夢を諦めるなんて言うから思い出したんだ」


 心の痛みは取りあえず抑え込み、俺は話を続ける。

 今振り返ると最悪の出会い方をしたのに、何故か憎めず親近感が湧いていたのは、頭では忘れていても心は覚えていたのからなのか。


「そうか。俺もお前に昔のあだ名を呼ばれるまで気付かなかったよ。しかし、こりゃお前に恥ずかしい所見られたな」


「そうだよ。あんなに俺に何が何でも映画監督になるって熱弁していたのに」


「ははっそうだな。本当にすまん。しかし改めて見直すとお前あの頃と全然変らないな」


「宗兄は変りすぎてまるで別人だよ。でも今のその顔を見れば宗兄って分かるけど」


「違いない」


 あまりの懐かしさに俺達は苦笑とも取れる笑顔で笑い合った。


「ハァハァ……牧野くん? どう言う事か説明してくれるかな? ハァハァ」


 俺達が久々の再会で盛り上がっていた所に凄く興奮して息を荒げながら事情を聞いてくる萱島先輩。

 その様子だと恐らくただ単に事情が知りたいと言う事じゃなく、撮影した写真の物語としての意味付けを早くしたくて真相が知りたくなったと言う事かな?

 萱島先輩は本当写真の事となったらちょっと色々とアレな人だよね。


「う、鼻血が……」


 ちょっ、興奮しすぎでしょ……。周りもドン引きですよ。

 あぁドキ先輩がポケットティッシュを取り出して渡してる。

 ドキ先輩そんな気遣いがちゃんと出来る人だったんですね。

 あとで高い高いしてあげますね。


「あぁ、ありがとう千花。ズズッ、で、どう言う事なんだい?」


 なんかもう色々と台無しですね。

 尊敬する先輩像は影も形も無いですよ。


「え~とですね、この滝井先輩と俺は幼馴染なんですよ。と言っても今言った通り口論になるまでお互い忘れていたんですが」


 俺がそう言うと宗兄は俺の肩を嬉しそうに叩き皆への説明を続ける。


「コウは知り合ってすぐに引っ越してしまったんで遊んだ期間こそ短かったが、一緒に映画を見て熱く語り合った仲だ。……そしてその頃が一番夢に燃えていた時期だったな」


 そう言って、俺の肩に置いている手に力を込めた。

 当時を思い出しているのか? それとも夢を諦める事に後悔しているのだろうか?


「コウすまないな。お前には本当に酷い事をしてしまった」


 ん? 昨日の話かな? まぁ一番先頭に立って俺を罵っていたもんなぁ。

 でも事情を聞いたら気持ちは痛いほど分かる。

 それにある意味宗兄が父親にコンプレックスを持っているのが丸分かりで攻めて来てくれたお陰で周りを巻き込んでの説得をする事が出来たんだよ。

 あれでギャプ娘先輩への欲望だけの人達なら説得どころじゃ無く正直詰んでた。


「昨日の事なら気にしないで下さいよ。実際に宗兄の立場だったら俺も同じ事をしたと思いますし」


 俺のその言葉に宗兄は悲しそうな顔で首を振る。

 違うのか? ならなんだろう? さっき俺に怒鳴った事? いやそれは既に謝ってくれたし……。


「……手紙の事だよ」


「――――!!」


 宗兄の言葉で忘れていたナニ(・・)かが、記憶の底から姿を浮かび上がらせてきた。


 そうだ……、それは俺の中に残る、初めて立ち去った後に自分の居場所が無くなる事を実感した出来事。

 広く浅くな人間関係をモットーに生きる事を決意した最初の一歩。

 幼い俺の心に刻まれた原初の傷。

 心の扉に掛けられた始まりの鍵。


 宗兄が俺の根幹ついて謝った。

 そして、その言葉で心の奥底の更に深い場所に封印していた悲しい記憶が有る事を今思い出した。


 宗兄からの最後の手紙……。


 その記憶が、真っ暗な心の深淵から浮かび上がって来ると、俺はまるで貧血になったかのように目の前が真っ白になり、そして頭の中は最後の手紙の内容で埋め尽くされた。

 

「引っ越した後、お前は事有る毎に俺に手紙をくれていただろ? それこそ最初の頃は俺もちゃんと返してたんだけど、その内お前に中々返す事をしなくなった……。それどころか……。その頃なんだよ。父さんが変って俺が夢を見る事が出来なくなったのが……」


 宗兄の言葉が微かに俺の心に入ってくるが、その意味を理解するのに思考が追い付かない。


『ウザいんだよ!!』


 久々の宗兄からの手紙に心を弾ませて、封筒から取り出した便箋を見た瞬間に、その文字が俺の目に飛び込んで来た。

 そして、次に……。


『もう二度と手紙を送ってくるな!』


 無地の紙にその2行が書き殴られて送られてきた手紙。

 俺は忘れていたその記憶で胸が張り裂けそうになる。


「お前からの手紙に書かれていた楽しかったあの頃のままの熱い思いは、当時の俺にはとても眩しくて耐えれなかった。今更言い訳しても遅いんだが、父さんからの圧力にお前からの俺への期待。あの頃の俺にはその二つの想いはとても重すぎたんだ。だから俺は目の前の父さんに屈してお前の想いを捨てる為に酷い手紙を送ってしまった。本当にすまない」


 そう言って宗兄は悔恨の表情に涙を浮かべながら俺に深く頭を下げた。

 宗兄の言葉が少しづつ思考の隙間に広がり、そして今までの事が点から繋がり線になり始める。


 宗兄からの手紙内容の変遷。

 昨日の朝の宗兄の態度や言葉。

 お姉さんが言っていた宗兄が変わっていった話。

 そして、宗兄がさっき語ってくれたこの部に対する思い。


 ……俺の何も考えずただ夢を応援していた手紙が、そこまで宗兄を追い詰めて、そして苦しめてしまっていたのか。


 先程と同じ事だ。

 勝手な自分の気持ちの押し付けで相手を傷付ける。

 それに思い起こすと宗兄の手紙には、それを匂わす様な内容が書かれていたんじゃないか?

 そうだ……、手紙が来なくなる前から、忙しいと言う言葉が目立つようになっていた。

 幼かった俺にはその意図が全く分からなかったが、今思うとあれがおじさんが変わり、宗兄に勉強を強要する様になった頃なんだろう。

 しかし、当時の俺は何も気づかず、手紙に最近見た映画の話や、夢を応援する話などを思いっ切り詰め込んで送りつけていた。


 ……そりゃウザい。ウザすぎるよ。


 知らなかった事とは言え当時の宗兄の心中を思うと、俺のした事の大きさに愕然となる。

 その事に気付いた俺は、当時の悲しみと共に、新たに知った宗兄の悲しみの二つが交じり合い、湧き上がってくる感情に抗えず目から涙が零れ落ちる。


「宗兄! 良いんですよ。それに俺の方こそ宗兄を苦しめていたなんて!」


 俺は宗兄の元に駆け寄り、下げた頭を上げて貰うように肩に手をかけ体を引き起こす。

 宗兄の目と俺の目が合い、二人の心に張り巡らされていた茨のようなわだかまりは霞のように消えていく。


 俺の心は羽根の様に軽くなっていた。


 ……でも一つ言わせてもらうと、まだ小学生になったばかりなんだから、もう少し分かりやすく書いて欲しかったかな。


 それからまた当時の事を話し合う俺と宗兄だったがそろそろ下校時間もギリギリとなって来た為、今日はここまでと言う事になった。

 俺は最後にもう一度宗兄に尋ねてみた。


「宗兄? 夢はやっぱり諦めてしまうんですか?」


 追い詰めたこの言葉だけどそれでも確認しておきたかったんだ。

 俺のその問いに宗兄は熱く自信に満ちた笑顔で見つめてくる。


「いや、お前と再会して俺の夢はまた動き出した。もう夢を()()()()()()()()()。最後は継がなきゃならないだろうが、父さんはそんなにすぐ死ぬような玉じゃない。何とか説得して夢を追い続けさせてもらうさ!」


 その言葉に俺は胸が熱くなる。


「宗兄! 今度こそ心から応援させてもらうからね!」


 俺は宗兄からの熱い想いを受け取り映画研究部の部室を後にしようとした。


「それじゃあ、宗兄。俺たちは帰るね」


「ちょっと待ってくれ。コウ。忘れていた! もう少し時間をくれ」


 俺達が部室を出ようとしたところを、宗兄は慌てて止めて来た。


「どうしたんだよ宗兄? なんか忘れてた事って有ったっけ?」


「ああ、とっても大切な忘れ物だ」


 宗兄が満面の笑みで俺にそう答える。

 う~んと、部活一覧リストとボイスレコーダーは俺が持っているし、後は萱島先輩のカメラ……は、この人が忘れる筈も無いよね。

 俺の目線の先でカメラを抱き締めてホクホク顔の萱島先輩。

 普段の大人びたニヒルな感じは一切無く、なんか凄くぽやぽやな幸せオーラで溢れている。

 本当にこの人写真絡むとダメだよな。

 あっ! ドキ先輩忘れちゃったかな?

 そう思い下を見ると俺をキョトンと見上げてるドキ先輩。


 とても可愛い。うん大丈夫だ。他に何か有っただろうか?


「何ですか? その忘れ物って?」


()()()()だよ! 夢に燃えている今の俺じゃ、さっきの写真は我慢出来ない! おい! 皆! すぐに衣装の準備をしてくれ! 気合い入れたの撮るぞ!」


「「「「「おーーー!」」」」」

 

 その後、急いで準備を整えた宗兄率いる映画研究部の面々は各々とても気合いの入った衣装に身を包み新入生達を歓迎する思いを込めたポーズで萱島先輩が構えるカメラの前に立つ。


「よし! 凄く良いよ! じゃあ撮るよ~! はいチーズ!」


 これで全てのクラブの歓迎写真を撮る事が出来た。

 先輩達の想いを受け取り準備は万全だ。

 それに長年俺を締め付けていた心も解放された。

 もう怖い物は何にも無く後は本当に創始者を説得するだけだ。

 俺は熱くたぎる思いを胸に生徒会室へと足を踏み出す。



「いや~牧野くん。今日は本当に良い物を見せてくれたよ~」


 すっかり夕暮れとなり生徒たちの姿も見えなくなった廊下で萱島先輩がそんな事を言ってきた。

 相変わらずのポヤポヤ顔で俺の中の萱島先輩像が少し崩れてくる。


「しかし、私は牧野くんの事を思ったりより過小評価していたみたいだ。すまないね」


 にやにやと楽しそうに俺を見てそう言ってくるのだが意味が分からない。


「何のことです?」


「今まで牧野くんの攻略機振りを女性限定で語ってたけど、まさか性別問わずとは思わなかったよ。本当に恐れ入ったね。これからは全方位攻略機って呼ばなくちゃいけないな。ぷっくすすっ」


 最期は吹き出して笑い出す萱島先輩。


「なっ! 止めてください! これ以上俺に変な異名や属性を付けないで下さいよ!」


 そんな俺の魂からの叫びは、人気の無くなった廊下に響き渡るのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ