第35話 雪辱戦
35話です。
いつも読んでくださってありがとうございます。
「はぁはぁ、ここまで来れば大丈夫かな……?」
ドキ先輩を小脇に抱えて実習棟の人気の居ない踊り場までやって来た。
途中結構人が居たなぁ~。
まぁ素早く駆け抜けたからぬいぐるみでも持ってると勘違いしてくれていることを願おうか。
ふとドキ先輩を見ると目を回して『きゅ~』とか言ってる。
かわいい……いやこりゃマズイ!
「千花先輩! すみません。 大丈夫ですか?」
一応女の子だし廊下に直置きも何なのでハンカチを敷き、その上に腰を下ろさせる。
いくらドキ先輩と言えども急に抱えられてぐるぐると走ったら目が回るのは当たり前か。
ほっぺをぷにぷにして様子を伺うと何とか気が付いたようだ。
「う、う~ん。はっ! あっ、あっあっ、キャッ、うぐぅぐぅ」
叫ばせませんよ!
気が付いた途端俺の顔を見るなり顔を真っ赤にして悲鳴を上げそうになったのでドキ先輩の口を塞いで阻止した。
いや、もうこれ傍から見ると完全に犯罪だよね。
でもこのままだと埒が明かないので何とか説得を試みる。
「千花先輩? 落ち着いてください。俺ですよ。牧野です」
あっ、よく考えたら俺だからビビってるんだっけ?
でもこう言う時は勢いで誤魔化そう。
「ほら、怖くないですよ? 俺が付いていますからね? もう大丈夫ですよ~?」
優しい笑顔で優しく声をかけ開いてる手で頭を優しく撫でる。
暫くすると落ち着いて来たみたいだ。
「千花先輩? もう大丈夫ですね?」
そう聞くとコクコクと頷いている。
ふぅ良かった。
俺は手を放し改めて振り回した事にお詫びをした。
「千花先輩。先程は急に抱えて走ったりして本当にごめんなさい」
そう言ってドキ先輩の顔を伺うと……あれれ?
目の前に居るのはポックル先輩?
なんで? いつの間に入れ替わったんですか?
イリュージョンじゃないですよね?
んん? ……いやいや、やっぱり髪型が違う。
これはドキ先輩で間違いない。
でも顔の険が取れてすっかり千林一族らしくあどけない妖精フェイス。
これが本当にあのドキ先輩とでも言うのか?
「あっあの、私は大丈夫です。急に声を上げたりして、こちらこそごめんなさい」
そう言って小さな頭をぺこりと下げるドキ先輩。
え? あれ? これってもしかして?
下げた頭を上げてこちらを見て優しくにっこり笑うドキ先輩。
あーーーーー! しまったーーーーーーー!!
どうやら先程の恐怖で人格を上書きしてしまってるみたいだよこれ!
いや千林フォーマットに初期化しちゃったのか?
先程までの俺を見て恥ずかしがるのも無くなっちゃってるし。
あちゃ~これは別の意味でやばいなぁ~。
ポックル先輩やウニ先輩、それにお母さんの千歳さんに申し訳が立たない。
あと学園内でも悪い意味で有名なドキ先輩をこんな風にしてしまったと言う事を知られると、どんな噂が流れるか……。
まぁ今回の件は全て俺の責任なんだけど。
「ち、千花先輩?」
「はい? なんですか?」
俺の問い掛けに小首を傾げて聞き返してくるドキ先輩。
やばい、かわいすぎる。
どうしよう俺?
「あのですね? いきなりそんな風に変わられると俺含めて周りが困惑しちゃいます。何とか元に戻って頂けないでしょうか?」
うん最低だな俺。
「もどる? 何の事でしょう?」
急に何を言い出すの? 的な顔をして困惑しているドキ先輩。
あーーーーちくしょう! かわいいなぁーーーーー!
もうこのままで良いんじゃないか? こっちの方が世の中平和だろ!
あっでもこんなお淑やかなドキ先輩を見たら今まで危害を加えられてた奴らが仕返しに来たりしないか?
それは許せないな! 俺が守ってやらなければ!
うん、そうしよう。
「ではドキ先輩、写真部まで行きましょうか」
新たな決意の元、当初の目的の写真部へドキ先輩(可憐)と共に向かう事にした。
ドキ先輩(可憐)は俺の後をトテトテと付いてくる。
トテトテトテトテ
ガッ
「キャッ」
バタッ
写真部が有ると言う階に着いた所で後ろから軽い悲鳴と誰かが倒れる音が聞こえてきた。
なんだろうと振り向くとドキ先輩(可憐)が豪快に地面に張り付いており、うめき声を上げている。
どうも何かに躓きコケてしまったようだ。
「千花先輩! 大丈夫ですか?」
慌てて近寄ろうとしたが、何とか自分で起き上がって来た。
「いつつつつ、あっ光一じゃねぇか」
んん? おやおや?
「丁度良かったぜ。千夏に言われてお前を探してたんだよ」
あれれれ? そんな?
「なんか助っ人をしてくれってな。おっもう写真部の近くじゃねえか」
そんなぁぁぁぁぁぁーーーー!!
今のショックで元に戻ってるーーーー!!
「ほら早く行こうぜ!」
あまりのショックに呆然としている俺の手を引いて歩き出す記憶が戻ったドキ先輩(悪鬼)。
しかも先程可憐モードの時に払拭した俺に対しての恐怖心と羞恥心はそのまま消えておりパーフェクトドキ先輩として帰って来てしまったようだ。
それにより俺のこの人を守ると言う決意は泡と消えてしまった。
ドキ先輩……可憐モードに戻ってください。ぐすん。
短い間の天国だった……。
「写真部はここだぜ!」
俺の手を引っ張って歩くドキ先輩。
途中すれ違う生徒達にぎょっとした顔で見られながらだったので少し恥ずかしかった。
ここが写真部か……。
教室窓は全て内側から黒い布で塞がれているようだ。
暗室って奴か。
そして扉には『現像中開けるべからず』って描かれている札が下がってる。
確か写真を現像する時って光が入ったらダメなんだよな。
「おーい、来たぞ~っておい! 光一何をする!」
ドキ先輩がお約束のようにそのまま扉を開けようとしたので後ろから両脇に手を通して本日二回目の高い高いをする。
下ろす時にやっぱり『何で下ろすの?』って顔で見上げるのは止めて下さい。かわいいです。
「千花先輩。ほらこの札を見て下さい。写真を現像する時に光が入るとダメなんですよ。まずノックをしましょうね」
まぁ仕方が無いな、なんせ札の位置は千花先輩の頭上30cmは上なので結構目線を上にしないといけないからね。
コンコン
『はーい、ちょっと待ってて。あとこの一枚を定着液に漬けるだけだから。そうだね4分程かな』
中からそんな声が聞こえてきた。
4分か~ちょっと長いね。
と言うかやっぱりフィルムなんだな。
最近はデジカメでカラー印刷とか簡単に出来るけど、やっぱり写真部なら個人的な感想だけどフィルムを自分で現像してて欲しいよな。
まぁ仕方無いドキ先輩と遊んどくか。
どうもパーフェクトドキ先輩は恐怖心とかが無くなったお陰か普通に接する事が出来るようになってる。
さっきもずっと手を引っ張ってたりしてたし今だって顔を近付けて『いっせーのせ』をしてるがさっきみたいに顔を真っ赤にして建物の影に隠れるなんて事はしなくなった。
ちょっと寂しいけどその分距離が近くなったと思っておこう。
……いつか返ってきてくださいねドキ先輩(可憐)。
「いっせーのせっ! やった!」
「う~ちくしょ~」
ガラッ
「おまたせ。って何やってるのかな? 君達は」
突然背後の扉が開き女性が声を掛けてきた。
振り返るとサイドアップな髪形にぐるぐる眼鏡をした女性が呆れたという仕草をして立っていた。
「時間潰そうと『いっせーのっせ』をやってました」
俺が素直にそう言うとその女性、スカーフから三年生の先輩は腹を抱えて笑い出した。
「アハハハッ。高校生にもなって廊下しゃがみ込んで『いっせーのっせ』って、君はやっぱり面白いな」
あれ? なんかその口振り、俺を知っている風だな。
「あの俺の事を知ってるんですか?」
俺の問いかけに先輩はにやっと笑う。
「何言ってるんだい有名人。朝にアレだけの生徒の目の前で大言壮語をぶちまけたんだ。名前自体は既に学園中に響き渡ってるさ。ね、牧野くん?」
大言壮語って…、いや間違ってないよな。
確かに不相応な発言だったわ。
しかしこの大胆不敵な物言いは相当な人物だよね。
何処と無く会計先輩と同じ人種な匂いがちらほら感じる。
「それで……あなたは?」
おそらく多分間違い無くとは思うけど一応聞いてみる。
「もう分ってるんだろ? 私が写真部部長の萱島 楠葉だよ」
やっぱりか。
しかも俺が気付いてる事にも気付いてる。
そりゃ機能停止していた当時の生徒会を上級生の生徒会長が居たとは言え、それ以外一年の女子で切り盛りしたって言うんだから並大抵の人物な訳が無いよな。
「始めまして萱島先輩。牧野 光一と言います」
あっそうだ朝の件はこの人が拍手してくれたお陰だったな。
「萱島先輩! 朝はありがとうございました。藤森先輩に聞きましたが、萱島先輩のお陰で無事乗り切る事が出来ました」
それを聞いてまた腹を抱えて笑い出す萱島先輩。
「いやいや、別に藤森ちゃんに言われなくても拍手したさ。正直朝のアレは久し振りに体の芯から震えたね。本当に良い物を見せてくれた。先程現像してた写真も朝の君を撮ったものだよ」
そうなのか、そう言って貰えて嬉しい。
うん、嬉しいんだけど……。
俺がそんな事を考えていると萱島先輩はにやりと笑った。
「フフフ、分っているようだね。そうだよ先程君は無事に切り抜けたと言ったけど?」
「はい、切り抜けるのはこれからです」
「よろしい。取り敢えず合格だよ。微力ながら私も力を貸すよ」
そう、先輩が言った通り俺の言葉が大言壮語で終わるのは切り抜けた事にはならない。
萱島先輩のアシストが有ったとは言え、それでも俺の言葉に期待してくれている人は居る。
生徒会室に向かう時だって何人も俺に対してエールを送ってくれた。
強い期待と言うのは得てして嫌悪より心が蝕まれる物だ。
俺がこの状況を切り抜けると言うのはその期待を実現するという事に他ならない。
……しかし本当にハードモードな学園生活だなぁ。
「じゃあ、まず私の部から取材を始めようか。あぁそこの君、ロッカーから三脚を取って来てくれないか? う~ん、場所はここが良いかな。あぁそっちの君はレフ板を牧野くんに渡して。ホリゾントを使うか? いやぁ部室のまんまがいいな」
おお、さすが部長だ。
他の部員にテキパキと指示を与えて準備に取り掛かった。
「まぁ主義に反するが今回は日が無いし、そのままデータで編集出来るようにデジカメにしようか」
やっぱりフィルム主義なんですね。
流石写真部部長!
なんか俺の中で写真部の部長はこんな感じ!って言う理想そのまんまなんだよね。
しかし、だからこそなんか悪いなぁ~。
「先輩すみません。先輩の大事な主義を曲げさせてしまって……」
「…………」
あれ? なんかビックリした顔してるぞ?
「アハハハ、やっぱり君は面白いな。自分の利便さよりまず相手の事の気持ちを考えてるのか。桃やんが言ってた事がわかる気がするよ」
? いやそんな特別な事でも無いと思うんだけど……。
それに桃やん? 会計先輩の事だろうけど何言ったんだろうか?
気になるなぁ。
「無自覚の全自動攻略機だから気を付けてって、なるほどねぇ~」
酷い!
それにそれ庶務先輩の毒舌言い出しっぺですから誤解です。
でも桃やんか。
ふむ、これから桃やん先輩と呼ぼう。
勿論俺の中でだけど。
「あっこれを持つんですね? すみません。こんな感じですかね?」
渡されたレフ板持って指示通りに光を当てる。
これちょっとやってみたかったんだよね。
こうかな? こう? いやこうだ!
え? 当てすぎだって? 結構難しいな。
「じゃっ撮るよ~」
準備が整い、萱島先輩は部員を並ばせカメラのタイマーをかける。
そして先輩もその並びに戻ろうとした所で、俺は部活紹介のページで引っ掛かっていた事に気付いた。
「あっ! そうか!」
「え?」
パシャリッ
俺が大声上げてしまったのでびっくりして振り返った先輩はえらく間抜けな状態で写真に写る事となった。
「何をするのかな? 牧野くんは?」
写真家の撮影を途中で止めるのはこんなに怒る物なのか。
言葉は丁寧っぽいけど目は笑ってないし、声もまさに怒りを体現したかのようなドスの利いた素晴らしい怖さだ。
「萱島先輩すみません! 集合写真に少し思う所が有ってそれで」
俺の言葉にピクリと眉を動かした萱島先輩は、今しがたの怒りは何処へやらなにやら興味深そうな顔をして俺の次の言葉を待っている。
「そんな大層な事じゃないんです、ただ部活紹介の集合写真って去年の号もそうだったんですがなんかズラっと並んでるだけじゃないですか。それがなんか気になるんですよね」
萱島先輩はにやにやとしながらふむふむと頷いている。
そして更に俺の次の言葉を待っているようだ。
「え~と、新一年生に向けての部の紹介の為の写真なので、ただ並んでるだけじゃなくて、その、もっと部の特色を出した方が良いと言うか、いつもの雰囲気を出して頂いた感じの方が紹介される側としても分りやすいと思うんですよ」
似たような表情で並んでるだけの写真では部内の中身が分らない。
来週の部活紹介でも生の先輩達の声が聞けるとは言え、その事前情報としてこの記事を使う手は無いと思う。
俺の少しぐだぐだした説明に萱島先輩は大きく頷いてる。
「うんうん、良く分るよその気持ち。でもね、これはこの学園でずっと続いて来たある意味伝統なんだよ。初代の学園長が『我が学園の生徒は部活動においても清廉たれ』とビシッと並んで写真を撮るのがね」
うっそうなんだ。
良い案だと思ったのになぁ。
「そうなんですか。すみません変な事言って止めてしまって」
俺の謝罪ににやにやとしている萱島先輩は更に悪巧みをしている風な良い笑顔になった。
「でもね。私も常々思っていたんだ。こんな雁首を並べた面白くも無い写真を見て何を分かれと言うんだとね。私が二年に上がる際に生徒会から離脱したのはこれが切っ掛けの一つでも有るんだよ」
最後の方は当時の事を思い出してるのか少し寂しそうな顔をしている。
「私が二年でも生徒会員になる条件としてこの写真を好きに撮らせてほしいと言ったんだけど上から却下されてね。当時私も青かったから写真家を目指す者がこんなつまらない写真撮れるかーーってね。まぁ、かと言って美佐都達とは今でも仲は良いよ」
職人肌と言うべきか、しかし萱島先輩も同じ事を思っていたのか。
まぁ俺が考え付く事なんだ当たり前か。
「でもこの一年で私も少しは成長したからね、今ではクライアントから望まれた被写体をどう最高に写すかと言う風に思うようになった。だから今回この取材の同行を受ける事にしたんだ」
そうなのか、これはまた悪い事をしちゃったかな?
どうやら萱島先輩の昔の禍根を引きずり出してしまったようだ。
先程のギャプ娘先輩の件と言い俺ってもう少し考えて喋らないと人をいけないな。
「けど、だけどね! やっぱり思うように撮りたいと言う気持ちは変わらないさ。私がこの仕事を受けた本当の理由はね。桃やんや藤森ちゃんに牧野くんの思うようにやらせて欲しいと言われたからなんだ。牧野くんなら何か仕出かすだろうから、何が有っても責任は私達が取るんで手伝ってやれってね」
え? そう言えばさっきもそんな事を言ってたな。
最初から俺が何かしようとする事を分かってたのか。
「何も言い出さないならそれまでだったけど、朝の君を見た時ピンと来たよ。やっぱりそう言うんじゃないかってね。さぁ、私の一年越しの雪辱戦の意味も含めたこの取材、一緒に最高の物にしようじゃないか!」
書き上がり次第投稿します。
皆様のご意見ご要望をお待ちしております。




