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ミニ閑話 Side O 懐かしの君に会いに

22話の後書きで書いたミニ閑話を本編に入れる事にしました。


なんか後書きは読みにくいとの話を聞きましたので持って来ました。

29話とリンクしていますのでどうぞ。

 

「おねえちゃんのごはんだいすき~」


 あぁこれは昔の夢……

 私がまだ小学校3年に上がる直前だった春休みの頃の夢。

 ふふっ、あの子ったらいつも私が作る料理を食べてはそう言って笑ってくれた。


 3歳年が離れた弟は生まれつき体が弱く赤ん坊の頃から入退院を繰り返していた。

 両親共働きで出張も多く、弟の面倒はまだ小学生の幼い私が見ることが多かった。

 しかしそれは苦ではなく、むしろこんなに可愛い弟と一緒に居れる事が私の楽しみであった。


 病弱な体の弟の為に私が作る食事は薄味の和食ばかりで中には子供にとって美味しくない物もあっただろう。

 小学生の私ではうまく作れない事も色々あったけど料理の本を見て一生懸命勉強した。

 少しでも美味しいものを食べさせてあげたいと、お医者様から許可を貰っている食材を何とか工夫して少しでも美味しくしてあげたかった。

 けれど幾ら私が工夫しようとも、所詮子供が作る料理なんて高が知れている。

 他の子供のようにハンバーグやカレーと言った味の濃い洋食も食べたかったはずだ。

 でも弟は文句も言わずそんな私の料理をいつも美味しい美味しいと嬉しそうに食べてくれた。

 とても幸せだったが、反面もっと美味しい物が食べさせてあげたいと弟の病魔を恨む日々だった。


 あれは私が3年生になってすぐに急に体調を崩して入院した弟に見舞いに行った時の事。


「げんきになったらおりょうりおしえてね」


 私はその言葉を神様に祈のりながら聞いた。

 どうか弟の願いを叶えさせて欲しいと……。

 その夢は叶わないと幼い私でも理解していた……なぜなら現実を信じたくない私の目から見ても、日々弟の体から生きる力がこぼれ落ちていくのが分かっていたからだ。


「任せて! なんでも教えてあげるわ! だから早く良くなってお姉ちゃんに美味しい料理をご馳走してね」


 私は溢れ出て来そうになる涙を何とか閉じ込め笑顔で応えた。


「おえねちゃんだいじょうぶ? なんかかなしそうなかおしてるよ? 」


 この言葉に一気に想いが溢れそうになった。

 弟は私の笑顔の仮面の裏を見抜いていたのだ。

 けれど私は手を後ろに回し弟に気付かれないように思いっ切り抓り、その痛みで溢れそうになる想いを吹き飛ばす。

 そうして弟の前では何とか気力を振り絞って泣かないと頑張ったが、それも家に帰るまでのこと。

 家着いた私は扉を閉めた瞬間、悲しみの重さに耐え切れずその場で崩れ落ちた。

 瞳からは体の水分が全て無くなるかと錯覚する程の涙が止まらず、母親が帰宅するまでその場から立ち上がる事が出来なかった。


 その夜中のこと、病院から弟の容体が急変したとの知らせがその日弟の病室に泊まりに行っていた母親から届いた。

 弟は意識が朦朧となりながらも私に会いたいとうなされていると言う。

 父は運悪く出張中で不在、バスや電車といった公共の交通機関も止まっている時間帯な事も有り、すぐさま私はタクシーを呼び病院に向かったのだが、悪いことは重なるもの。

 後もう少しで病院だと言う所まで来た時、向かう道路で大規模な交通事故が発生したらしく、その処理で交通規制が入り立往生してしまった。


 焦りだけがつのり身が張り裂けそうになる。

 今ならば小回りが利くバイクで、そんな場合でもすぐに横道を見つけて弟の病院に駆けつける事が出来たのだろうが、当時の私はまだ8歳、当たり前だが免許なんて望める訳も無く、自転車でさ校区内から出た事がなかった。

 焦る私を見兼ねた運転手さんが、料金は要らないからとこの場所から最短で病院までいける道を教えてもらい私は走る事にした。


 私は力の限り走った。


 幼い私では気だけが先走りあと少しだと言うのに病院までの距離はなかなか縮まらない。

 私は心の底から神様に祈った。


「神様お願いします。弟に会わせて下さい、弟を連れて行かないで」


 だけど神様は薄情だ。

 息が切れるのも忘れて病院に着いた時には既に弟は……。


 いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁー……



「はぁはぁ、夢……?」


 久し振りにこの夢を見た。

 そう言えば弟の命日が近いからなのか。

 私は流れる涙と悲しみを洗い流すためシャワーを浴びる。

 果たされなかった約束、今でも私の心に楔として突き刺さっていた。


 悲しみに沈む暗い心にふと明かりが灯るのを感じた。

 その明かりは心に広がり自然と頬が緩む。

 あれは先月の暮れ、相変わらず締め切りを守らない先生の家まで原稿を取りに行った時の事だ。


 私はその少年と出会った。


 その時は少年の部屋に入り込んでいた困った先生を連れ出すのに必死でしっかりとは見ていなかったが何か違和感を感じたのを覚えている。

 その少年から頂いた料理を食べた際、何故か不思議と心の奥の楔が緩んでいく感覚に囚われた。


 その翌日事情を知った私は先生を連れてお詫びに伺ったのだが、その少年の顔をしっかりと見た瞬間衝撃で体が崩れ落ちそうになった。

 いや隣りに先生が居なければ間違いなくその場で泣き崩れていただろう。

 その9歳年下の少年の顔は弟が16歳になったら、こんな感じになるのではないかと思わせる程、弟の面影を持っていたからだ。


 それから私は事有る毎にその少年に会いに行っている。

 少年は日々悩み、そして成長しているようだ。

 私はその少年を見守り助けたいと思っている。

 勿論こんな事が死の間際に会いたいと願っていたのに会いに行けなかった弟への罪滅ぼしにならない事は分かっているし、勝手に少年を弟に重ね合わせて罪悪感を消し去ろうとしている自分の愚かな我儘なのも分かっている。


 それでもその少年が弟の生まれ変わりの様に思えるのだ。

 神様が最後のお願いを叶えてくれたのではないだろうか。

 弟を生まれ変わらせ、また私と巡り合わせてくれたのではないだろうか……と。

 この不思議な縁を与えてくれた神様に感謝した。


 私は出社の用意を整え家を出る。

 また今晩もあの少年に会いに行こうか。

 バイクに跨りそんな事を思う。


 そう……あの少年の奥に隠れている懐かしの君に会いに……。


3章は書きあがり次第投稿します。

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