第129話 親友
分割加筆修正分です。
いつも読んで下さってありがとうございます。
「あっ! 来た!」
会う為の心の準備がまだ十分とは言えない中、突然鳴り響いたチャイムに俺は心臓が跳ね上がった。
思わず走りかけたが、数歩動いた所で自分の足がまだ完全じゃない事に気付き、太ももに走った激しい痛みで顔を歪める。
どれだけ浮かれてるんだよ俺!
「はいはーい! ……って。あれ?」
急に無理した所為で、また痛み出した足を引き摺りながら玄関横のインターホンの前までなんとか辿り着き、モニターを覗いたが何故かそこには誰も映っていなかった。
隠れてるのかな?
「おーい、アキラ? 隠れてるのか?」
返事が無いな? アキラじゃなかったのか?
急に違う名前呼ばれてビビったのか?
「もしもし~。誰か~居ないのか~?」
あっ画面が消えた。
暫く問いかけたのだが、相変わらず画面には何も映らず、誰からの応答も無いまま、応答時間のタイムアウトでモニターの電源が落ちてしまった。
う~ん、近所の子供の悪戯?
それとも別の部屋の客が部屋番間違えて押してキャンセルの仕方が分からずに隠れたとかかな?
一応外を確かめるか。
「え~と……入り口には誰も居ないな? やっぱり悪戯か?」
部屋から出て廊下の手摺りから顔を出してマンションの入り口の方を覗き込んだが、モニターに映っていた通り、そこには誰も居なかった。
他の部屋の客でも無かったようだ。
「う~ん、悪戯だったら嫌だな。くそ~! 足怪我してる時を狙いやがって! こう言うのって一回やったら調子乗って何回もしてくるぞ。お姉さんに言っておくか……、ん?」
悪戯との結論に憤慨しながら部屋に戻ろうと振り返った際に視界の隅に何かが映った。
少し離れた曲がり角にチラッと見えたあの人影。 あれは……?
「今のって、もしかしてポックル先輩?」
いや、もしかしたらドキ先輩かも知れないけど、スカート姿だったからウニ先輩じゃないと思いたい。
そんな妖精みたいな小さな女の子が、マンション前の道路を通り過ぎた先にある曲がり角に消えて行く後姿が見えた……様な気がした。
入り口と逆方向だったから振り返るまで気付かなかったな、もう少し早く気付いたら全身を確認出来たのに!
「う~ん、まぁ今日は皆来ない筈だから気のせいかな?」
ポックル先輩達なら俺の家を素通りして行くことは無いだろうし、お姉さんの家に行く途中だったとしても、駅からわざわざこの道を通るなんて遠回りし過ぎだ。
一瞬だったから近所の小学生と間違っただけ?
もしそうだったら、タイミング的にその女の子が悪戯の犯人の可能性も否定出来ないな。
悪ガキ共と違って女の子なら許せるか……、いやいや性別は関係無いよね。
一応今のもお姉さんに報告しとくか。
そんな事を思いながら、部屋へと戻り課題の続きに取り掛かる。
残っている課題は作文だ。
テーマに沿った内容で原稿用紙二枚に纏めるって内容だ。
そして、そのテーマは『この学園に入学してきて』だった。
この二週間……、いやこの課題が授業で行われた時は一週間目になるのかな?
要するに『入学から今日まで学校で何をしましたか?』って言う内容で作文を書けと言う事らしい。
なかなか厳しいテーマだよな。
いや、俺は色々有ったよ?
書けない事も含めて本当に色々ね。
けど、先週って新入生は部活も無いし、授業は春休みの課題の提出や中学の復習みたいな小テストばかり、行事と言えば学園案内位で特にめぼしい出来事は無かったと思うんだけど。
他の生徒は大変だなと思いつつも、よく考えたら俺は逆に原稿用紙二枚に纏めるには色々有り過ぎた事に気付きちょっと笑いが込み上げて来た。
「ははっ、一体どう纏めたらいいんだ? さすがに創始者に喧嘩を売ってましたとは書けないよね。あっ水流ちゃんだから、それも有りっちゃ有りだよね?」
ピンポーン
またインターホンが鳴った。
今度こそアキラだよな?
さっきの件で足が痛いんで今度も違ったらマジムカつくんだけど。
少し傷が開いたのか、ズキズキと痛み出した足を引き摺って取りあえずモニターが見える居間から玄関の方を覗き込んだ。
さっきみたいにモニターの前まで行って誰も居ませんでしたとかなったら、さすがに怒りマッハだからね。
「あぁ良かった。今度はちゃんと人がいるよ」
居間からモニターに人が映っているのが見えたので俺はホッと胸を撫で下ろした。
ん? 八幡が一人?
モニターに近付くにつれて映っている人物がはっきりとして来たのだが、そこには八幡しか映ってなかった。
「え? 八幡だけ? アキラは?」
『いっちゃん! おはよ~! あっもうお昼か。突然の乱入が有ったから結構遅うなってもうたわ。ごめんごめん』
「乱入? 何か有ったのか?」
『いやいや、こっちの話。アキラもちゃんとおるよ。久し振りに会うから、先にモニター越しに見られるのは癪やって言いやって、直接会うまで顔を見せたないんやって』
「へぇ~。大げさだなぁ」
『……いっちゃんは本当ににぶちんやなぁ。その方が色々と好都合なんやけどな。まっ、どっちゃでもええわ。それより玄関開けて~』
「にぶちんって……。まぁいいか。じゃあ開けるぞ~」
『おっ! ほんまに鍵が開いたわ。オートロックっておもろいなぁ。ほな行くでアキラ』
『……う、うん。あ~ドキドキす……』 ぷつん。
ん? モニター切れる前に聞こえた声はアキラか?
ドキドキするって言葉もそうだけど、声色もなんか昨日の電話とイメージが違うんだけど。
あんな女の子っぽい声を聞いたのはドッキリの時以来か?
もしかして、またドッキリでもしようと思っているんだろうか?
いや、まさかそんな?
う~ん、だけど一応心の準備はしておこう。
ウィーン。
『ほらっ! アキラッ! 早く! ここまで来て何緊張してるん?』
『ちょっと待って! 心の準備が。深呼吸深呼吸、ヒッヒッフー! ヒッヒッフー!』
『……アキラ、それ違う奴なんちゃう?』
窓の外、廊下の向こうからエレベーターの扉が開く音と共に、そんな声が聞こえて来たけど、その様子だともしかしてアキラの奴緊張してるのか?
なるほど、さっきのインターホンの時も多分俺には聞こえてないと思ってるんだろうな。
このマンションって台所の窓が廊下に面してるんで、結構外の声が聞こえてくるんだよ。
特に今は玄関に居るし。
しかし、緊張してるのは俺だけじゃないのか。
それが分かってちょっと安心したよ。
渋るアキラを八幡が何とか説得した様で、台所の窓に通り過ぎる二人の影が見えた。
一人は八幡だ。
すりガラス越しのシルエットからでもそれは分かった。
もう一人がアキラの筈だけど……。
あれ? こんなんだったっけ?
それは俺が想像していた姿とは、かけ離れたシルエットだった。
少し遠目に歩いていたから、シルエットの輪郭がぼやけただけかな?
でも、髪型は昔の様なボサボサには見えなかったし、色の感じからすると、かなり長い髪のように見えた。
本当に本人なのか?
なんか当時の姿に結び付かないぞ?
ビィィィ――――
イメージと違ったシルエットに困惑していた俺をよそに玄関の呼び鈴が鳴り響く。
あっそうだ!今の内にドアの覗き窓から先にアキラを見ちゃおうか?
って、真っ暗で何も見えない! くそ! これ絶対指で隠してるぞ。
八幡め、徹底してるな!
仕方無いか、緊張するなぁ~。
「はいは~い。今開けるぞ……。!!」
俺がドアを開けるとそこには見知らぬ女の子が立っていた。
横には八幡も居たけど、その時の俺の視界には入って来なかったんだ。
その女の子は少し明るめな色をした胸元辺りまである綺麗なストレート。
服は今時のガーリーファッションと言う感じで、白いふわっとしたブラウスに、紺のヒラヒラとしたスカートがとても似合っている。
俺は一瞬で記憶を巻き戻し、あの日の姿から成長後を早送りで想像する。
それは別に難しい事じゃなかった。
だって、その女の子の髪には見覚えのある、星の髪飾りをしてあったからね。
「アキ……」
「牧野ぉっ!!」
うおっ! びっくりした!
俺の想像が目の前の女の子とやっと一致して名前を呼ぼうとした途端、その女の子……アキラは大声で俺の名前を呼んだと言うより叫んだ。
その顔は笑っているのか怒っているのか、それとも泣いているのか良く分からない複雑な顔をしていた。
不意を打たれて固まっている俺に、アキラはその表情のまま駆け寄って来た。
「え? アキラ……?」
一瞬、頭が真っ白になった。
駆け寄る姿がスローモーションの様に感じる。
目に映っているアキラは、両手を広げて俺に抱き付いて来ようとしていた。
えっ? えっ? どう言う事?
頭が混乱する。
固まった俺を尻目に、アキラの両手は俺の首を優しく包み込み、そのまま身体が密着した。
その感触は六年生の頃の引き締まった硬さとは全く異なり、年相応のとても柔らかい女性の物となって……。
えーーーー!
俺は今起こった事が理解出来ず、頭の中で驚愕の声を上げる。
いや感覚だけが暴走して叫ぼうとする電気信号が口に届く前に、意識がその事を認識しているに過ぎなかった。
現に、今まさに俺の身体は叫び出そうと息を吸い込みだしている。
その時突然、優しく包み込まれていると思っていた手に力が入り、アキラの右腕が俺の首を押していく形となり、なすがままに俺は身体ごとその方向に引っ張られて行った。
それに合わせてアキラの身体が回転していく。
痛たたたたた!! なになに?
そのまま俺の首は、アキラの腰の位置まで引きずり降ろされ、右手でガッチリ締め付けられる形にホールドされた。
あれ? あれれ? これってもしかしてヘッドロック?
いや、もしかしなくてもヘッドロックだ!
あぁ、そう言えばあの頃良く同じ事されたよな。
女の子と分かってからは同じように抱き付きか~ら~の~、ヘッドロック! の度にドキドキしたもんだ。
なんか懐かしいや。
あっ更に腕に力が入って来た! 痛いって!
「アキラ!! ギブギブギブ!」
「牧野! 久し振りやな! はっはっはっはっ!!」
俺のギブアップ宣言を無視してアキラは、少しおかしなテンションで笑いながら更に力を込める。
むっちゃ痛い! むっちゃ痛い! それに無理矢理体勢を変えられたので太ももへの負担が半端無い!
傷が開く~!
「アキラ! 怪我怪我! 痛い痛い!」
「アキラっ! 会えて嬉しいのは分かるけど、いっちゃん病み上がりなんやから気を付けなアカンって言ったやん!」
「え? あっ! そやった! ひゃっ! ご、ごめんなさいぃっ!」
俺の言葉にアキラは俺が怪我人だと言う事を思い出した様で、女の子の様な口調で謝りながら慌てて俺を解放した。
いや、『みたい』じゃなくて、本当に女の子なんだけどね、特に今は格好も。
そこで俺の驚きの為に止まっていた思考が再び回転を始めた。
『この格好で現れたと言う事は、やっぱりまたドッキリを仕掛けようとしているんだろうか?』
あの時の怒りが甦って来て、心が少し軋む音を発した。
心の軋みから黒い感情が噴き出し、その重さによって開きかけた傷の痛みと言うよりも、その感情を抑え込む為に俺はその場にしゃがみ込んだ。
「牧野! か、堪忍や! ほんまごめんって! だ、大丈夫? どうしよう、そんなつもりやなかったのに……」
アキラは、解放されてそのまましゃがんでいる俺に対して、泣きそうな声でオロオロと謝罪している。
その声には、本気で心配している気持ちと後悔の念が込められているのが分かった。
その途端、黒い感情の噴出が収まり、心が軽くなって行く。
『まっいっか』
そんな言葉が心に浮かんできた。
それより、久し振りに『親友』に会えた事の方が嬉しいや。
思ったよりも普通にそう思えた自分に驚いた。
懐かしのヘッドロックも味わえたし。
しかもぷにっと豪華な特典付きで。
いや、それが理由じゃないよ? ……多分。
「大丈夫だよ。アキラ。けど、もう勘弁な?」
俺の言葉にアキラは安堵の表情を浮かべ、『はぁ』安堵のため息をついていた。
「じゃあ、改めて、久し振り! 牧野!」
その言葉と共に満面の笑顔でアキラが笑い掛けてくる。
その笑顔は当時のまま元気いっぱいで、それでいて年相応の女らしさも合わさっていて、……とても素敵だった。
その時、俺は心の奥で『カチャン』と鍵が開く音が聞こえたような……。
「あぁ久し振り。アキラ」
俺は、久しぶりに再会した『親友』の、その素敵な笑顔に負けない位の笑顔を浮かべ、そう答えた。