第123話 祭りの後
分割加筆修正分です。
「なんですか? そのしみったれた部活紹介は! 我が校の生徒ならもっと元気良く楽しく語りなさい!」
突然現れたその人は、壇上のさわやか先輩率いる野球部の先輩達に向かって驚くべき内容の言葉を叩きつけた。
「「「「えええええええええーーーーーー!!!!」」」」
今までの学園の事情を知らない一年生以外の生徒達、それだけじゃない先生達が綺麗にハモッて驚きの声を上げる。
生徒会の皆も絶句している所を見ると突然のハプニングだったみたいだ。
水流ちゃんはズッコケてるな。
校長は呆れた顔をして額に手を当てていた。
ん? 学園長と理事長はにこやかに笑っている……と言う事は、この件に関してあなた達も一枚噛んでいるんですね。
それにしても……。
「美都勢さん、無茶苦茶ですよ。それ……」
そう、いきなり生徒集会に乱入して来てとんでもない事を言い出したのは美都勢さんだった。
いや、本来の美都勢さんなら、そう言いますよね。
心の中では、この説明会にも納得していなかったって事ですか。
『え? あのおばあさん誰?』
『あれって、もしかして創始者じゃね?』
『創始者って事は、俺の父さんが言っていた鬼の理事長ってあの人なの事なのか……ヒッ! こっち見た!』
生徒達が口々に突然現われた美都勢さんに対して生徒達がひそひそと話し合っている。
鬼の理事長って……、ほら、そんなこと言うから睨まれた。
「ちょっと、美都勢様。 そうは言いますが、一応これはあなたが決めた規則ではないですか」
「そんな昔の事は忘れました」
「忘れたって……、そんな」
校長が、体育館に広がった動揺を収めようと美都勢さんに進言したのだが、あまりもの回答に絶句している。
「時代は移ろい変っていくもの……、それを嘆くのでは無く、変らぬ想いを次の世代に託し伝えていく事が本当に大切な事なのだと、そう私に教えてくれた生徒が居ましてね。その言葉に応えて、私も変わる事を決意しました。それに今年は刻乃坂学園創立70周年と言う節目なのですし、丁度いいじゃありませんか」
美都勢さん……。
美都勢さんのその言葉に胸が熱い想いが込み上げてきた。
ありがとう美都勢さん。
心の中で感謝の言葉を思い浮かべていると、舞台の前で立っていた美都勢さんが俺の方を振り返って、微笑みかけ頷いた。
しかし、すぐさま全校生徒の方に顔を向ける。
「今年から紹介写真じゃなく、説明会も思う存分、自分達の部活に対する想いの丈を思いっ切り新入生にぶつけるといいでしょう。今から30分間の休憩を出します。各クラブはお互い相談して何をするか決めなさい」
その言葉に先輩達が皆弾ける様に立ち上がり、各々のクラブ代表の下へ走り出す。
そして、あちこちで悲鳴とも、歓喜の声とも取れる叫びが聞こえてきた。
『やったぜ!』
『ヒーー! 嬉しいけど時間が!!』
『何をする?』
『そりゃ、ずっとやりたかったアレでしょ』
『今すぐ衣装に着替えに戻るぞ!!』
幾つかのクラブは慌てて部室の方に準備のために走ってい行く。
同級生の新入生達だけは突然の事におろおろと周囲の有様に驚いている様だった。
『生物部としては秘蔵のアイツをお披露目せねばなるまいな』
『博士! 実験体Xの事ですか? アレはさすがに凶暴過ぎて生徒達に被害が出る可能性が……』
『うむ、その危険性もあるが、な~に我々には牧野くんが居る。安心したまえ』
『そうですね。彼ならXの荒ぶる魂さえ鎮めてくれると思います』
「こら~! 光善寺先輩と樟葉先輩! そんな事すると二度と口を利きませんからね~!」
『なななな何! それは不味い! 仕方が無いな。Xのお披露目はまたの機会にして別の事を考えよう』
『仕方有りませんね~』
本当にもう芸人先輩には困ったものだ。
『またの機会』なんてのも無いですからね?
それにしてもモグ以外にも危険な生物を創造しているなんて。
しかし、モグがZで、さっきの危険生物がXって、じゃあその間にYってのがいる事になるし、その以前のAからWまでの実験体って一体どんな危険生物なんだ?
見たいような見たくないような……。
それにしても芸人先輩がまた爆発博士頭になっているな。
萱島先パイの話だと、美少女モードから戻らないとか言っていたのになんでだろう?
まぁそっちの方が外見に騙されて犠牲者になる生徒が出なくて良いんだけどね。
「光一くん、これでいいかしら?」
いつの間にか美都勢さんが隣に来ており、優しく微笑みながら俺にそう尋ねてきた。
そして紅葉さんが何処からとも無くパイプ椅子を二つ持ってきて俺の横に当たり前のように並べ腰を掛ける。
え? あなたはどちらかと言うと向かい側の教員席側ではないですか?
生徒会側のしかも俺の隣って……、ほら美都勢さんの事を知っている人達が目を丸くしてびっくりしてるじゃないですか。
何人かの生徒が『もしかして、さっき創始者が言っていた生徒って牧野の事か?』とか『牧野が創始者を説得したのか? 写真だけじゃなく部活説明会も変えたのか?』と囁きながら驚きと羨望の目で見てくる。
宗兄や一部の先輩達は『やっぱりな』と言った顔でサムズアップして来た。
「美都勢さんありがとうございます。これで美佐都会長や桃山先輩達、それに新入生達皆に、楽しい部活紹介を見てもらう事が出来ます」
「ふふっ、やっぱりね。あなたならそう言うと思っていましたよ。でも、ごめんなさいね。折角のあなたの生徒会デビューの場なのに、こんな忙しい事になってしまいました」
「そんな! でもそれって、俺が昨日急に出席したいって言い出したからなんでしょ? 本当にありがとうございます。先輩達には悪い事しちゃったかな?」
「そんな事はありません。ほら、あの生徒達の嬉しそうな顔を見なさい。あれこそが幸一さんが求めていた我が学園が目指すべき、正しい生徒達の顔だわ」
美都勢さんは幸一さんの事を思い出しているのか、少し目頭にキラキラと光るものが見えた。
確かにそうだな。
先輩達は皆必死な顔をしているけど、誰も嫌な顔をしている人は居ない。
本当に嬉しそうだ。
「牧野く~ん! ありがとう~。そんな事を思っていてくれたんだねぇ~。本当に君のお陰で今年の生徒会は良い事尽くめさ~。良い子良い子~」
「ちょっ! 桃山先輩頭撫でるのはやめて下さいって。恥ずかしいですよ。あっ!千林先輩達は動かないで良いですよ」
隣に座っていた桃山先輩が俺の頭をまるで小さい子をあやすかの様に撫でて来た。
とっても恥ずかしいですって。
それを見たウニ先輩が飛びついて来ようとしてきたし、ポックル先輩は書記の仕事と言う事で少し離れた所に置かれていた速記用の席に座り、生徒集会の状況を書き留めていたのだが、ウニ先輩と同じ様に飛んできそうだったので一緒に止めておいた。
さすがに全校生徒の前でこの二人、いや、絶対ドキ先輩も来るだろうから三人か、それに抱き付かれるとシャレにならないよね。
ギャプ娘先輩と乙女先輩は鉄面皮モードに冷酷魔人モードの所為か、澄ました顔でこちらを見ている。
ん? よく見ると額に青筋が浮かんでいますね。乙女先輩は唇を噛みしめてますし。
なんでそんなに怒ってるんですか? う~ん集会が終わった後が怖いよ。
三十分後、先輩達が戻って来て部活説明会が再会される事になった。
それぞれのクラブが急な話だったのもなんのその、各々趣向を凝らした笑いあり涙ありの、とても楽しい時間が体育館に流れている。
途中、科学部の部活内容紹介の際に、テレビで良くやっている過酸化水素水の分解実験を行っていたのだけど、張り切りすぎて加える薬品の分量を盛りすぎた為に、舞台が泡塗れと言う大惨事が発生した為、来年は舞台を汚す様な紹介はしない事と言うルールが課せられたのは仕方無いよね。
それに細かいルールとかもこれから決めていこう。
生物部は、一年生からどよめきが上がっていた。
勿論『写真の美少女は何処にいった?』って言う内容だけど。
行われた内容はやはり即興漫才で、生物部の説明が一切無かったのはさすがと言うかなんと言うか。
……まぁいいか。
宗兄率いる映画研究部は持ち枠内で収まる超短編の自作映画を上映した。
エンドロールの字幕によると宗兄の作品の様だ。
本当に短い話なのに構成が良くて少し感動してしまったよ。
涙を流している生徒も沢山居たっけ。
宗兄が映画監督になる未来が来て欲しいと本当に思った。
先輩達の部活に掛ける想いは本当に素晴らしく、幸一さんが言っていた『変わらない想いを次の世代に伝えて行く』と言うのを実感する事が出来た。
天国から見てくれているだろうか?
そうだと良いな。
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「……では、これにて第一回生徒集会を終わります。各クラブの代表の方、途中ハプニングが有りながらも、とても素晴らしい紹介をありがとうございました。新入生の方々は先輩達の想いを受け止め、どのクラブに入るかの参考にして下さい。それでは三年生から順番に体育館より教室に戻って下さい」
ギャプ娘先輩の閉会の挨拶により、この楽しかった生徒集会も終わりを迎え、生徒達は順に体育館から退出していく。
俺はやり遂げた充実感と、やり終えたと言う淋しさの二つの想いが心の中で渦巻き、複雑な気持ちで退場していく生徒達を眺めていた。
例えるなら祭りの後のような寂しさだ。
入学してからの二週間、毎日毎日走り回って頑張って来たこと、それが今終わったんだと思うと、まるで心にぽっかりと穴が空いたかの様に感じる。
目標を持っていたから今日まで突っ走れたんだ。
明日から何を目標にしたら良いんだろう?
俺はそんな虚無感に苛まれながら生徒達を見送っていた。
『牧野~! これからも期待してるぞ~!』
『次は何をしてくれるんだ?』
『頑張れよ~!』
『頑張って~!』
突然、体育館の中に先輩達の声援と拍手の嵐が響き渡る。
打ち寄せる虚無感に、少し自分を見失いかけていた俺の心にそんな先輩達の声援が染み渡って行くのを感じた。
その想いによって、消えかけていた心の炉が再び熱を帯び出し始める。
そうだ! 俺の学園生活はまだ始まったばかり、今日で終わりじゃない。
乙女先輩も言っていたじゃないか。
本来俺の事を体育祭までに皆に認めさせるって、それまで広報の仕事は目白押しだって。
これから始まる学園生活、祭りはまだまだ続くんだ。
そう言えばお姉さんも言っていたっけ、『望まなくても面倒事が俺に助けを求めてやってくる』ってね。
今なら言える、どんな面倒事でもどんと来い、全て解決してやるさ。
俺はこんな所で黄昏ている場合じゃないんだ。
「ありがとうございます。これからも一生懸命頑張ります!」
俺は、俺に期待してくれている先輩達に元気良く答えた。