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第106話 秘密兵器

加筆修正分割分です。

「え? そ、それは……」


 俺の問いに学園長が狼狽えている。

 その狼狽え振りはどちらの意味なんだろうか?

 真実を知った学園長は、和佐さんより親父と結婚したかったと思うのだろうか?

 その言葉は聞きたくない、それでも和佐さんと結婚出来て良かったと言って欲しい。


 俺の言葉で他の親族も少しざわめき出している。

 それはそうだろう、学園長と和佐さんの事は御陵家では十八年間タブーとされてきた事だ。

 美佐都さんが心を閉ざす状況を作った原因であり、現在も河内森家からの美佐都さんに対する誓約は続いている。

 親族からすると、和佐さんとの結婚は後悔の塊であると思っているんだ。

 それなのに俺は『後悔はしていないか』と尋ねたんだから、恐らく親族達は、『何も知らない部外者が』と憤っているかもしれない。

 肝心の学園長はと言うと、あからさまに顔を赤らめながらモジモジとしていた。


 あっ、何か大丈夫そう。


 その様に再び親族がざわめき立つ。

 隣の妹さん(仮)は『え? まさかお姉ちゃん?』とか言ってるんで、色々と察したようだ。

 ふむふむ、その言葉からすると、どうやら(仮)は外しても良さそうだな。


 学園長の照れ具合からすると、和佐さんとの結婚自体は後悔していないようだ。

 それを確認出来て本当に良かった。

 直ぐに言葉として出さないのは、やはり十八年間恥ずかしくて言えなかった事を、急に親族の前で言わされそうになっている状況に戸惑っているんだろう。


 そりゃ今更言い難いでしょうが、色々な人に迷惑を掛けた罰として皆の前で宣言して貰いますよ。

 俺は学園長を見詰め、今この場で言うべき言葉を促した。


 戸惑っていた学園長だが、ついに観念したのか、顔を真っ赤にしてため息をついた。

 どうやら、喋る決心がついたらしい。


「も、勿論、和佐さんとの結婚は後悔していないわ。とても愛していたし結婚出来て幸せだった。美佐都も二人の愛の結晶だもの、私の宝物よ」


「「「「「「「えぇぇぇぇ! 何だ、それぇぇぇぇ!」」」」」」」


 学園長の告白に妹さんと美幸さん家系の全員が、声を上げて驚いている。

 理事長夫婦は聞いていないまでも感付いてはいたのだろう。

『やっと言ったか』と言うような顔で学園長を見ていた。

 美都勢さんも嬉しそうに頷いている。


「一応、結婚決める前までは本当に嫌いだったのよ? でも、彼の想いを知って……コロッと……」


「「「「「「「なんじゃそりゃぁぁぁ!」」」」」」」


「ごめんなさ~い」


 知らなかった親族一同は、今まで気を使ったり、何度か今回の様に学園長が原因の親族会議が有ったりと迷惑被りまくりだっただろうから、とても綺麗にハモッてツッコミを入れた。

 それを皮切りに親族の皆から口々に文句を言われて涙目になっている学園長。

 仕方無いと思う反面、少し可哀想だな、この人はただ不器用なだけなんだ。


「ううぅ、でも、だから和佐さんが死んでしまった事は本当に悲しかったのよ。当時の噂みたいな事は絶対に無い! 本当に愛していたし、知らせを聞いた時は体が引き裂かれる思いだったのよ~」


 皆に責められた学園長は、とうとう泣き出してしまった。

 和佐さんが死んで悲しかったと言われたら、鬱憤が溜まっていた親族と言えども何も言えず、皆気まずそうに押し黙る。


 う~ん、さすがに泣かせるつもりで言った訳ではないので、かなり罪悪感があるな。


「学園長。ごめんなさい、責めるつもりで言ったんじゃないんです。あなたが現在後悔していない事を知りたかっただけなんです。それに学園長、ありがとうございます」


「え? 何が?」


 俺は泣いている学園長に頭を下げ、そして感謝の言葉を述べた。

 この言葉に学園長は泣き止み、俺にその感謝の言葉の意味を聞いて来る。

 また、親族一同、それどころか美都勢さんさえ目が点となって口を開けている。


「学園長だけではありません。美都勢さんにも感謝しています。お二人の頑固な性格のお陰で、俺はこの世に生まれてくる事が出来て、大切な皆に会える事が出来ました。本当にありがとうございます」


 そう言って、俺は改めて頭を下げた。

 美都勢さんへの感謝の気持ちは、橙子さん達に言った事は有ったけど、学園長の意地っ張りな性格が無かったら、俺が生まれて来る事は無かったんだろう。

 本当に二人には感謝してもしきれない。

 俺が今ここに居るのは二人のお陰なんだ。


「光一君、あなたと言う人は……」


「牧野く~ん! ありがと~大好き~! 私もあなたに会えてとっても感謝しているわ~本当にありがと~!」


「ぎゃぁぁぁーー! 痛い痛い! 学園長抱き付かないで! 死ぬ~!」


「あわわわ。あぁ、どうしましょう、ごめんなさい!」


 俺の言葉に感激した学園長は、事も有ろうか凄い勢いで抱き付いて来た。

 位置的に俺の怪我をしている側から抱きついて来た為、直接傷口を刺激してくるので、痛みで意識が飛びかけた。

 俺の叫びを聞いて慌てて離れた学園長は一人おろおろしている。


 本当にこの人は後先考えないよな!


『どうしたのコーくん? 大丈夫?』


「はぁはぁ、お、お姉さん大丈夫だよ。心配しないで……」


『本当? ううう凄く心配』


 先程の叫びに思わず声を掛けて来たお姉さんだったが、まだ全てが終わっていないので、心配掛けて悪いけどもう少し外で待っててもらおう。


「あぁぁ、光一君! 大丈夫? 誰か! 詰め所の医者を呼んで来て!」


 美都勢さんが、再び当時のような口調に戻り俺の事を心配して医者を呼ぶように誰かに声を掛ける。


「御母様、言い難い事なんですが、光善寺家の手の者は先程全て追い出したではないですか」


「あぁ、そうだったわ。どうしましょう? そうだ! 救急車! 救急車を呼んで!」


 理事長の説明で自分が光善寺家派遣の医療スタッフを追い出した事を思い出した様であたふたと焦っている。

 今の抱き付きで気力がごっそり剥ぎ取られ、姿勢をまっすぐにする事も出来なくなった俺だけど、まだ終わっていない。


「美都勢さん! まだです! もう少しお話を聞いてください! ぐっ……」


「な、何を? ……もしかして幸一さんの遺言である紹介写真の事ですか?」


 俺の言葉に込められた意味を察した美都勢さんは真剣な顔に戻り、俺にそう尋ねてきた。

 そう、俺がここに来た理由は二つ有る。

 一つは誤解により捕らえられた美佐都さんと橙子さんを助ける事。

 そしてもう一つは、遺言に囚われた美都勢さんの心の解放。

 いや、もはやそれだけじゃない、学園皆の想いを受けここに来たんだ。

 再び意識した痛みの奔流に身が裂かれる感覚に気を失いそうになっているが、このまま倒れるわけにはいかない。


「はぁ、はぁ……。はい、そうです。俺の話を聞いてください」


「駄目です。それだけは光一君。あなたでも聞けません」


 美都勢さんはきっぱりと言い切った。

 親父の時のように激怒する事は無かったが、絶対気持ちは揺るがないとの強い意思が顔に表れていた。


「先程までの話ならば全て許しましょう。美佐都も橙子もすぐに解放します。それに、もし二人の内どちらかがあなたと付き合いたいと言ったら喜んで歓迎します。しかしそれ以上、そう幸一さんの遺言である写真の件に関しては一切譲るつもりは有りませんよ」


「どうしてですか? あの死んだような悲しい写真を見て、一番悲しんでいるのは、創始者! あなたではないですか!」


『一番悲しんでいる』と言う言葉に一瞬顔を歪めた美都勢さんだったが、すぐに真剣な顔を戻した。

 やはり図星なのだろう。


「私の気持ち等はどうでもいいのです。大切なあの人の最後の望み以上に大事な事など有る訳無いでしょう」


 美都勢さんは、その表情とは裏腹に口から放たれた言葉は、どこか身体の奥から搾り出しているような苦しさを醸しだしていた。

 彼女は心の奥では、幸一さんの好きだった写真と今の写真の間に有る大きな溝に対して心を痛めているんだ。

 俺はその言葉に、心の中の何かが切れる音を感じた。


 美都勢さんの気持ちがどうでもいい? そんな訳無いだろう!


 生きている美都勢さんが苦しんでいる姿を見て、死んだ幸一さんはそれ以上に苦しんでいる筈だ!

 そう想った途端、怒りが全身を駆け抜けた。


「何を馬鹿な事言っているんですか! 死んだ人の言葉なんかより、今を生きている美都勢さん以上に大切な事など有る訳無いでしょう!」


 俺は怒りに任せて大声で吼える。

 その迫力に親族一同は、美都勢さんの殺気と同じ様に小さい悲鳴を上げ身を竦めた。

 美都勢さんも俺の迫力に言葉を失っている。

 しかし、すぐに気を取り直し搾り出すような声で喋り出す。


「あの人の言葉を、『死んだ人の言葉なんかより』だと? その言葉取り消せ!」


 大切な人を貶されたと思った美都勢さんは、背筋を曲げて下から値踏み上げる様に再び俺に対して憎悪の目を向ける。


 しかし、そんな事は関係無いし取り消さない!


「取り消しません! それに美都勢さん! あなたは幸一さんの言葉を誤解している!」


「な、何だと? それはどう言う……?」


「思い出して下さい! 幸一さんがあなたに写真の件を託した後、何て言ったのかを」


「な、何でその事を? いえ、そうね……」


 この俺の言葉に美都勢さんは、弾かれた様に姿勢が伸びてその目から憎悪の色が消えた。

 彼女の心は今、あの瞬間に戻っているのだろう。

 そしてその時の言葉を思い出し、心の中で反芻しているようだ。


「「『間違わないでね。大切なのは想いなんだ。忘れないで……』」」


 俺と美都勢さんはハモッて幸一さんの想いを言う。

 美都勢さんの顔が段々と破願して来た。


「それに、学園名を変えた時の事を思い出して下さい。大切なのは姿形を守る事では有りません! 想いを次の世代に繋げていく事なんです!」


「…………ええ、そうね。そうだったわね……」


 美都勢さんは、俺と言うより、俺の後ろを見ながら嬉しそうにそう言った。

 彼女の目には俺の後ろに幸一さんが立っているのが見えているのだろう。

 本当にそうかもしれない。

 今の発言は、俺の中と言うより、俺の背後から俺の身体を通して口から放たれたような感覚だった。


「私は今まで間違っていたのね……。やっぱり幸一さんが居ないと私は駄目なのね……」


 嬉しそうな顔をしていた美都勢さんだったが、急に顔を伏せて涙声で後悔の言葉を口にする。

 先程までの覇気が消え去り、とても小さく見える。

 まるでこのまま消えてしまいそうな……。


 違う! 美都勢さんは間違っていない!


「違いますよ! 美都勢さんは間違っていません! 悪いのはちゃんと想いを言葉として美都勢さんに託せなかった幸一さんの詰め()()()()です。あなたは立派にこの学園を幸一さんが羨むくらい、 大きくしてきたじゃないですか」


 俺の言葉に目を見開いている美都勢さん。

 消えていた覇気も徐々に戻り……、いいや、本来の元気の塊みたいなだった美都勢さんに戻っていっているようだ。


「ふふふ、そうね。あの人はいつも肝心な所で詰めが甘かったわね。光一君、ありがとう」


 涙は止まらないけれど、美都勢さんはあの太陽の様な笑顔で俺に微笑みかけてくれた。

 理事長夫婦も同じ様に涙を流しながら微笑みかけてくれる。


「あぁ、で、でも、私はとんでもない間違いをしてしまったわ」


 急に美都勢さんが思い出したようにそう言い出した。

 その顔は悲しみに染まっていく。

 何が間違ったんだ?


「美都勢さん、何を間違ったんですか? あっ、そうか」


「そうなの。私ったら、怒りに任せて折角あなたが撮った写真を全て消すように紅葉に頼んでしまっていたわ。紅葉から任務完了の報告を受けていたし、あの子ったら完璧主義者だから徹底してると思うのよね。どうしましょう」


 そうだった。データ全部消えていたんだった。説得してもそれは解決しないじゃないか。

 インタビューは生徒会室で言った通り、俺とポックル先輩で何とかなるだろう。

 しかし、写真に関してはどうしようもない。


「もう一度、先輩達に謝罪してもう一度撮らせて頂きます。それに今度は美都勢さんのお墨付きですので一日で回れると思います」


「その身体で? 無茶だわ! それに時間が……」


 美都勢さんは俺を心配してそう言ってくれるが、俺じゃないと駄目だ。

 先輩達は俺を認めて、写真を撮らせてくれたんだ。

 俺が直接謝罪してお願いしなければ、最初に撮れた様な幸一さんが望んでいた、想いを繋げる写真は撮れないだろう。


「大丈夫です。俺じゃないと駄目なんです。死ぬ気で頑張りますよ」


 口ではこう言っているけど、実際身体から発せられる危険信号は既に悲鳴を越えて断末魔の叫びに変わっている。

 今気絶すると、下手したら二~三日起きられない可能性もある。

 でも、俺が何とかしないと、全てが無駄になってしまうんだ。

 しかし、俺の想いを無視して急速に俺の身体から力が抜け、座っている事さえ既に難しくなってくる。

『はぁはぁ』と肩で大きく息をして、あまりの様子に周りの皆が心配そうに駆け寄ってくる。



『その必要は無いわ!!』


 突然大広間の障子の向こうから声が聞こえて来た。

 この声は……?


『牧野くん、本当に頑張ったわね。約束通り秘密兵器を持ってきたわ』


 その言葉と共に障子が開き、一人の少女が入ってきた。

 いや、違う。一見少女だけど少女じゃない。

 大広間に入ってきたのは、千林シスターズ+1の母親である千林 千歳さんだった。


「はぁはぁ、千歳さん。ぐっ、はぁはぁ、秘密兵器ってなんですか?」


「まっ、牧野くん。酷い怪我じゃない!」

「あ~マーちゃん! 大丈夫!」

「牧野くん! そんな~」


「ぎゃぁぁーー!! 抱き付かないで下さい! マジで死にます! それにこのやり取り既にさっきやったからぁぁーーー!」


 千歳さんだけじゃなく、その後ろから付いて来たポックル先輩とウニ先輩までが、俺の様子に驚いて慌てて抱きついて来た。

 俺の傷が心配なのは分かるけど、三人がかりで抱き付かれると死の秒読みマッハですよ。

 一瞬三途の川を半分まで渡りかけましたが、戻って行く俺を見ているお爺さんが、凄く悔しそうな顔をしていたのだけど、あれって本当にお爺さんなのか?


「はぁはぁはぁ、マ、マジで勘弁して下さい。 それより秘密兵器って?」


「ご、ごめんなさい。これを見て」


 千歳さんは俺に一冊の薄い本を渡してきた。

 それは薄いけど、きちんと装丁されたハードカバーな本その物と言った感じだ。

 緑一色で、特に絵やデザインと言った類は見当たらない。

 なんだろう? こんな物を今渡されても?

 表紙を見てみようか。ん? 何か書いてあるな。

 え~と、なになに?


「え? これって……」


 俺は表紙に書かれた文字を見て、慌てて中身を確認する。


「千歳さん! これどうやって?」


 そう、その本に書かれていたのは……。


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